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6話。侯爵家の人々

文章修正の可能性有り

「あーなんだ? つまりそこにいる見た目40代の女性は神城の作った薬で若返った? ルイーザで、母上や姉上、ヒルダにアデリナは、私がその、肌を若返らせる? 薬を独占しようとしていると思った。もしくはその価値を理解してないから、私ではなく自分たちで管理したい。そう言いたいのですか?」


「それで間違いありません」

「その通りですね」

「そうね」

「そうだ! アレはお前には過ぎたるものだ!」


「おぉう……」


妙に殺気立った女性陣に囲まれたラインハルトは、彼女らから口々に言い放たれた言葉と、ルードルフや執事からの補足説明を受けてようやく現状を把握することができた。


ちなみに、この剣と魔法が存在する中世ヨーロッパ風の世界に於いて、女性というのはただ守られるだけの存在ではない。


まぁ普通に男尊女卑が一般的と言われていた地球の中世であっても『婿入りした当主の立場が弱い』だとか『母親に頭が上がらない』などと言ったように、家庭内での女性はしっかりとその立場を確立していたし、皇后のような存在にもしっかりと権力があったことから、言うほど男性が絶対優位の立場をもっていたわけではないのだが、それはまた別の機会に話すこともあるかもしれない。


つまり何が言いたいのかと言うと、女性でも男性に物申すことはできるのだ。


特にラインハルトが頭が上がらないのが、母であるフリーデリンデと姉であるアンネ。そして怒った時のルイーザであった。


やはり生まれた頃から面倒を見られているというのは大きいし、なにより姉という存在は弟にとって絶対に逆らえない相手である。(諸説有り)


さらにこのアンネ。普通にラインハルトよりも強いからタチが悪い。


いや、公的な立場という意味では、現役の軍務大臣で侯爵家の当主であるラインハルトのほうが上だ。しかしその程度の立場など、姉による弟への教育(家庭内暴力)の前にはなんの役にも立たないということは、ラインハルトが誰よりもよく理解し(魂に刻み込まれ)ている。


なにせこの姉、5歳の時の鑑定で【魔法騎士】という三次職を得た傑物なのだ。


このとき彼女の職業を見た父親は、この世界の常識の例に漏れず、彼女に対しては淑女としての教育よりも天職である騎士や魔道士としての教育を優先してしまう。


そのせいだろう、アンネは弟であるラインハルトを鍛えるという名目で、彼を闘技場へと連れ出し、周囲の人間が思わず目を伏せるほどの修練をラインハルトに課すようになった。


そのおかげ……と言えるかどうかは分からないが、ラインハルトも早いうちから【ナイトリーダー】という三次職に就くことができたし、少なくともその辺の賊や暗殺者に負けるようなことは無くなっている。


だが、だからこそ、と言うべきだろうか。ラインハルトの中にはアンネに対して『逃げない(逃げられない)逆らわない(逆らえない)敵対しない(敵対できない)』という、絶対遵守の理のようなものが出来上がってしまっていた。


そんな姉が怒り狂って「薬を出せ!」「薬を作っている男を隠すな!」「と言うかよこせ!」 と言ってきているのだから、今現在のラインハルトの胃を直撃しているストレスは如何程のものであろうか。


神城が造ると言っていた胃薬の完成を早くも心待ちにすることになったラインハルトであるが、今はそれどころではない。


「姉上、神城準男爵は国王陛下にも認められたローレン侯爵家の客人です。それを犯罪者のように引き渡すなどということはできませんぞ」


さすがの姉も陛下の名前を出せば少しは大人しくなるだろう。そう思っていたのだが……


「確かにルイーザからもそのようなことは言われたがな。そもそもそれは本当なのか?」


「は?」


まさかの大前提を疑う言葉である。


「あぁ勘違いするなよ? ルイーザが嘘を吐いているなどとは思っていない。しかし、お前がルイーザに嘘を教えていた場合は話が別だ」


「えぇぇぇぇ」


姉の中の自分にどれだけ信用が無いのか問い詰めたくなるラインハルトであったが、そんな彼女に対して援護射撃が入る。


「確かにそうですね」


「母上?」


軍人として訓練を受けてきた姉が疑いを持って接してくるのは、一応理解もできる。しかしここで母が自分の言葉を疑う理由が分からない。


困惑するラインハルトに対し、フリーデリンデはラインハルトの行動の不自然な点を挙げていく。


「まず、そもそも新興の準男爵というのがわかりません。その神城なる者は、どのような功績を成して貴族として取り立てられたのでしょうか?」


「それは……」


ちらりとルイーザを見ると、さすがにこの時ばかりはルイーザも申し訳なさそうな目を向けてくる。


それでラインハルトは『彼女が国家機密を明かすことはできないと判断して、薬の作り手である神城についての情報を敢えて暈して伝えたのだろう』と予想することができた。


ルイーザの忠誠心は見事と言ってもいい。

……それがなんの解決にも繋がらないという点に目を瞑れば、だが。


「答えられませんか? 実のところ最初に話を聞いたとき、私やヒルダは、貴方が愛人に産ませた子供を取り立てたと思ったのですよ? 正直に言えば、今もその思いが無いわけではありません」


「そんなことはしませんよ!」


さすがに斜め上の想像をされていたことに思わず声を荒らげるラインハルトであったが、フリーデリンデもヒルダも『冗談ではないぞ』と真顔で見つめてくる。


その視線に、思わず「うっ」と仰け反りそうになるラインハルトを見て、フリーデリンデは一つ溜息を吐くも、追撃を緩める気はなかった。


「そうでしょうか? 考えてもご覧なさい。どこの世界に『20になるかどうかの、これまで無名の若者を、いきなり準男爵に取り立てた挙句、無償で邸宅まで進呈する侯爵家の当主』がおりますか? しかもその若者は我々にも挨拶にも来ないし、我々から接触するのも禁止されています。これで疑うなと言うほうが難しいでしょう?」


「……あぁ」


(客観的に見れば、確かに自分の行動は怪しいことこの上ないな)


ラインハルトとて他の侯爵がそのようなことをしたら、間違いなく肉親か、もしくはなんらかの弱みを握られたと見て接触を試みるだろう。そう考えれば、母と妻が疑うのも分からないではない。


ちなみにルイーザは神城の年齢を知らないので、外見から見た感じの年齢をそのままフリーデリンデたちに伝えていたことも、このような誤解が生じる原因の一つであった。


それはそれとして、だ。これが他の貴族が勝手に勘違いする分には構わない。むしろそうやって勘違いされたところを罠に嵌めてやる。


そのようなことを考える程度には狡猾さも備えるラインハルトであるが、さすがに母や妻、さらに姉や娘からあらぬ疑いを掛けられるのは真っ平御免である。


そのため、なんとか公開できるギリギリのラインまでは情報を明かそうと決意した。

……そうしないと自分の身が危ないと判断したとも言うが、それはそれ。


「よろしいですか? 詳細はまだ語れませんが、この度準男爵となった神城は、()()()()()()()我が国を訪れることになった異国の貴族なのです。そしてこの度、私が陛下からその饗応役としての任を仰せつかっております。あの邸宅は目立つことを嫌った神城が最低限のモノを望んだためにこちらで見繕って進呈したのですよ」


嘘ではない。敢えて言うなら神城の饗応役の任は自分が立候補したことを言わなかったくらいだが、何一つ嘘は吐いていない。


「異国の貴族? 陛下からの勅命? ……ふむ。確かにそれなら我が侯爵家が客人として迎え入れるのも、客人用の邸宅を渡すのも一応の説明が付きますか」


「……ですがお義母様、それなら尚更挨拶が必要なのでは?」


「ですね。もしもラインハルトの言葉が本当なら、むしろこちらから挨拶をしに赴くべきではないでしょうか?」


王家の意志や侯爵家の品格を重んずるフリーデリンデが、ラインハルトの言葉に理解を示し「陛下が関わっているならこれ以上の詮索は止めるべきか?」となりそうなのを見たヒルダとアンネは、このまま話題を終わらせてはいけない! と言わんばかりに話を続けさせようとする。 


(まだ疑っているのか)


一応ヒルダやアンネも周囲に居る執事やルイーザがラインハルトの言葉の真贋を見抜くことができることは知っている。しかしながら探る相手が彼らの雇用主である以上、彼女たちとしても彼らの判定を完全に信用するわけにはいかないのだ。


それは理解できるのだが、さすがに長年連れ添った妻や生まれた時から知っている姉にここまで疑われてしまうとラインハルトとしても気が滅入るものがある。


しかし、ここで中途半端に終わると碌でもないことになるというのは理解しているので、しっかりと誤解を解くように話を続けることにした。


「姉上、向こうは異国からきたばかりで、我々の国の礼儀作法や常識を正しく理解できていないのです。そのため『こちらにとって普通のことでも相手にとっては無礼になる』という事柄が発生する恐れもありますし、良かれと思ってやったことでも相手を怒らせることに繋がる可能性もあるのですよ?」


「むぅ。それはそうかもしれんが……ルイーザ?」


「はい。確かに準男爵殿は我々の常識に疎いところがあります」


「なるほど。だからこそ、その秘薬も作れた、と?」


「はい。私はそう考えております」


「じゃあお父様が言うように、私たちはその準男爵さんとは接触をするべきじゃないってこと?」


「はい。少なくとも準男爵殿の好き嫌いを理解するまでは接触するべきではないかと」


「「「むぅ……」」」


常識がないからこそ常識に囚われない薬ができたのではないか。そして常識が違う以上、下手に接触して機嫌を損ねるよりは、放置して秘薬を作らせたほうが良いのではないか。

長年世話になったうえに、実際に準男爵と接してきたルイーザからそう言われてしまえば、女性陣としても納得をするしかない。


(よし、落ち着いたな!)


アンネやヒルダの問いに迷わず答えていくルイーザを見て、ラインハルトは「初めからそうしろよ」と思ったが、自身が彼女に与えた情報は紛うことなき国家機密であるということを考えれば、さすがにそれを口に出すことは憚られた。


しかしそんな彼の思いとは裏腹に、ルイーザの矛先は容赦なくラインハルトに突き刺さる。


「問題は準男爵殿が坊ちゃんにしっかりと『薬を作る』と言ったにもかかわらず、その薬についての詳細を確認しなかった坊ちゃんにあると思われます」


「何?!」


元侍女長の思わぬ裏切りに目を見開くラインハルトだが、目を見開いたのは彼だけではない。


「「「ほほう?」」」

「へぇ?」


母、姉、妻の三人がクワッと目を見開き、殺意に似た何かを向けてくる。特に姉のそれはラインハルトの記憶の中でも相当危険な部類のものであった。


「ま、待ってください! 彼から私が聞いたのは貴族用に胃薬などの薬を作りたいということだけでして!」


なんとかしてこの場を逃れようとしたラインハルトだったが、残念ながらお肌の曲がり角を二回ほど曲がっている姉(41歳)からは逃れられない。


「その『など』と言うのが貴族の女性向けの化粧品なのだろう? その準男爵殿はお前にそれを言っても歓心を買えないと理解した故に話さなかったのだろうよ」


「そ、それはそうなのかもしれませんが!」


確かにあの場で化粧品云々言われてもラインハルトにはピンと来なかっただろう。

と言うか鼻で笑っていた可能性もある。

それを考えれば神城の判断は間違ってはいない。

そしてラインハルトも話を聞いていなかったのだから仕方がないじゃないか。


そう話が進むかと思った、その時だった。


「だったらそれはお前の怠慢だろうがぁぁぁぁ!」


「ぐふっ!」



貴様が化粧品の重要性を理解できていればもっと早くこの秘薬に出会えたのだ! そういう意図を込めたボディーブローをくらい身悶えするラインハルトに対し、アンネは無慈悲に告げる。


「良いか。なんとしても準男爵殿を説得し、胃薬などよりも先に秘薬を作らせ……否、作っていただくよう依頼をするのだ。そしてその薬はお前ではなく我々が管理する。母上もヒルダもアデリナもそれで良いな?」


「問題ありません」

「義姉様の仰るようにするのが最良かと思われます」

「私は貰えれば良いからね」


胃薬? アホか。そんなことより秘薬を作れ。

アンネの言葉を受けた三人は彼女の提案に一も二もなく頷いた。


「聞いたなルイーザ?」


「はい」


「金に糸目は付けん。必要なものはいくらでも用意すると準男爵殿にお伝えしろ」


「はい」


「で? いつまで寝ているつもりだラインハルト。さっさと起きて準男爵殿へ正式に秘薬の作成を依頼をするのだ」


「……はい」


――アンネが侯爵家傘下の準男爵に敬称を付けるなど、本来は有り得ないことであるが、今回は話が別。大統領でも医者に対して『先生』という敬称を付けるように、彼女は当たり前に神城に対して敬称を付けていた。


このことが『後日()()アンネが敬称を付ける若者が居る!』という噂となり、その対象である準男爵が軍部からも目をつけられることになるのだが、それはまた別のお話である。



これから神城君と絡むことになるであろう侯爵家の人々の会話です。

5・5話に近いですが、なぜか文字数が多くなった件について。


姉の結婚相手などはいずれ登場する……かも?


みんなお姉ちゃん系武闘派ヒロイン好きだろ?ってお話 


―――




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