5話。侯爵家の乱
文章修正の可能性とパク……オマージュ有り。
それは、どこぞの準男爵が画期的な薬を開発したものの、その扱いについてブチ切れた侍女長によってありがたい説教をされた日の翌日のこと。
王都にあるローレン侯爵家の邸宅では、侯爵家当主であるラインハルトを叩き潰す計画が立案され、実行に移されようとしていた。
とは言っても、それは家臣による謀叛や下剋上ではない。その計画の首謀者は、侯爵家の中でもラインハルトに次ぐ実力者であり、場合によってはラインハルトでさえ迷わず無条件降伏を選択するような存在である。
そんな実力者が相手では、所詮使用人でしかない執事や侍女に抗う術はなく、ラインハルト個人はもとより『侯爵家』に忠義を誓う彼らは、泣く泣くラインハルトに対して危害を加えんとする計画に加担せざるを得ない状況となっていた。
~~~
ローレン侯爵夫人、つまりラインハルトの妻であるヒルダ(38歳)は激怒していた。
「ふ、ふふふ。初めてですよ……この私をここまでコケにしてくれた旦那様は」
彼女は必ず、かの邪知暴虐の旦那を叩き潰し、秘薬を得ねばならぬ。と決意した。
「そうね。全くその通り。秘薬を得るのは私たちです。断じてラインハルトのような男性ではありません」
先代ローレン夫人、つまりラインハルトの母であるフリーデリンデ(59歳)も激怒していた。冷静に見えるが『男性』の部分を『下等生物』と言い換えそうな勢いで激怒していた。
「絶対に許さんぞラインハルト! じわじわと嬲り殺しにしてくれる!」
今は他家に嫁いでいるラインハルトの姉、アンネ(41歳)も激怒した。もしも目の前にラインハルトが居たら、その視線だけで殺せそうなくらい激怒していた。
「あ、あぁぁぁぁぁ……」
背後に炎が幻視できるほどの怒りのオーラを放つ3人に対して、ラインハルトの息子であるルードルフ(19歳)でさえ声を掛けることはできず、何かを言われるたびに「ソウデスネ」としか言えない状況に陥っていた。
そんな中、怒りに震える3人に対し1人の女性が、何処か余裕を持って諭すように話しかける。
「まぁまぁ皆様。断罪はラインハルトの釈明を聞いてからでも遅くはありませんよ」
一人冷静に見える彼女こそ、侯爵家に長年仕え、新興の準男爵家に出向するも変わらぬ忠義を誓う侍女長こと、ルイーザ(57歳)である。
普通に考えれば、ルイーザの言葉はここに居ないラインハルトを庇っているようにも聞こえる。しかし彼女の言葉を聞いたルードルフは全く別の感想を抱いていた。
何故かと言えば、ルイーザの眼光や声色から「もし自分が居なければ、この情報と秘薬は闇に葬られていたか、他の誰かに流れていたかも知れない」ということに対する怒りがヒシヒシと感じられたからだ。
「…………」
伊達に生まれた時から面倒を見られてきたわけではない。ルードルフは、ある意味では肉親である祖母や母、伯母よりも怒らせたら怖い存在であるルイーザに対して、なんら声を掛けることができなかった。
(このままでは父上が屋敷に帰ってきたら血を見ることになるぞ)
時間に比例して女性陣の怒りのオーラが可視化できそうなほどに膨れ上がっていく様子に戦々恐々とするルードルフであったが、そんな彼とは対照的な、やや疲れ気味の声が部屋の中に響く。
「いや、御婆様もお母様も伯母様もルイーザもちょっと怒りすぎじゃない?」
それはルードルフの妹、つまりラインハルトの娘であるアデリナ(15歳)が上げた声だ。
まだ若い彼女は問題の中心となっている秘薬の意味に懐疑的であるからこそ、このような言葉を放つことができたのだろう。
しかし、そのある意味で常識的な発言は、これまたある意味常識的な発言によって潰されることになる。
「アデリナ。貴女はまだ若いからわからないだけよ」
「そうね。あと10年。いえ5年もすれば理解できるわ」
「まったくだ。近い未来に訪れるであろう事案に対して備えをしないのは愚か者のすることだぞ?」
「そ、そこまで言うの?」
母、祖母、伯母と言った3人から真顔でツッコミを受けたアデリナは己の考えがおかしいのか? と思い始めた。そして次に続く侍女長の言葉を受けて、その認識を確かなものにしてしまう。
「お嬢様。この秘薬は通常の肌荒れやニキビなどにも劇的な効果がございます」
「「「なんですって?」」」
「……ほう。それは本当かルイーザ?」
年頃の娘さんにとっても肌荒れやニキビは恐怖の対象である。それが一定以上の年齢を重ねた女性なら猶更の話であろう。
一気に興味を惹かれた妹を見て、完全に孤立無援となったルードルフは頭を抱えた。
だが、当然のことながらそんなルードルフを放置して彼女らの会話は続いていく。
証拠を求めるアンネに対し、ルイーザは「その言葉を待っていました」と言わんばかりに一つ頷き、それまで白手袋で隠していた己の手を露出させた。
「無論ですアンネ様。皆様も、私の手をご覧ください」
「「「「…………」」」」
4人はそう言って差し出されたルイーザの手を、穴が開くかと思うほど凝視する。それから数秒後。ルイーザの言いたいことを理解した4人は、ほぼ同時に溜息を吐いた。
「……まるで20代の肌ね」
同年代のフリーデリンデがそう告げると、ヒルダも神妙な顔をして頷く。
「……お義母様の言う通り、肌の張りとツヤが表情の比じゃない」
ヒルダを始めとした女性陣がルイーザを見たとき、思わず「誰?」と呟くほど、彼女の表情からは皺が薄れており、じっくり確認をしたフリーデリンデは「まるで40代の肌じゃない!」と声を上げて驚いたものだが、手の肌はそれ以上に張りやツヤを取り戻しているのが分かる。
そしてそれは、これまでの忠勤でできたであろう肌荒れや罅割れなどが無くなっていることを意味していた。
「皆様。これは秘薬を顔に塗る前に、手のひらにしっかり染み込ませてから顔に塗るという過程で得られた効果なのです」
「うむ。このようなものを見せられては信じざるを得ん」
「そうね。つまりこのお薬があれば……」
無骨なアンネが秘薬の効果に素直に感嘆すれば、これまで懐疑的な思いを抱いていたアデリナも、その秘薬の重要性を理解するに至る。
(ち、父上ぇぇぇ! 早く、早く帰ってきてくださいっ!)
この時、ルードルフは内心で「肌などどうでも良いではないか」と思っていたのだが、この期に及んでそのようなことを口に出せるはずも無かった。
そんな彼が、自分が助かるために尊敬する父親を悪魔に売り払おうとしていたことを誰が咎められようか。
少なくとも、今現在ローレン侯爵家の屋敷に居た人間の中に、王城にて職務に励むラインハルトへと警告を送ることができた者は一人も居なかったということは確かである。
――そんな家族会議から数時間後。ラインハルトは休憩中に自宅に居る執事から『大奥様と奥様より伝言をお預かりしております。『今日は邸宅に戻ってきてほしい』とのことでした。もしもご多忙でしたら日を改めるとのことですが、いかがなさいますか?』という連絡を受けていた。
「ふむ」
当然のことながら、己の邸宅でとある騒動が引き起こされつつあることなど露とも知らないラインハルトは、自身に帰宅を促す提案に裏を感じることも無く、
「いや、今日は邸宅に戻るとしよう。母上やヒルダにもそう伝えてくれ」
「は、はい。畏まりました!」
執事の言い様は『日を改めた方が良い』と言っているように聞こえなくも無い。
しかしこのときラインハルトは(……そう言えば最近は自宅に戻っていなかったな)と、ここ数日多忙にかまけて王城に滞在していたせいで、家族との触れ合いを軽んじていたことを反省していたうえ、ようやく【勇者】召喚からのゴタゴタも一段落着いていたこともあり、久々に自宅へと帰ることを決めたのだ。
決めてしまったのだ。
結果として、通信を行なっていた執事の背後でじっとラインハルトとの会話を聞いていた女性陣全員が『ニヤリ』と笑ったかと思ったら、皆が無言で立ち上がり、粛々と出迎えの準備を始めていくことになった。
このとき男性陣は、ただただ震えながら彼女たちの準備を眺めることしかできなかったという。
「さて、そうと決まれば頑張るか!」
妻や母が自分にどのような用があるのかは知らないが、執事がそれを伝えないということは悪いことではないだろう。もしかしたら何かのサプライズでも用意してくれているのかもしれない。
そう考えたラインハルトは機嫌を良くして、執務をこなしていく。
それから数時間後、帰宅したラインハルトは己の考えが如何に甘かったかを知ることになる。
「おかえりなさいませ……旦那様」
「おかえりなさい。ラインハルト」
「おかえりなさい……お父様」
「久しいなぁ、ラインハルトよ」
「母上、只今戻りました……え? 姉上?」
母と妻は分かる。娘のアデリナも良い。しかし何故他家に嫁いだ姉上が居るのだ?
しかも心なしか怒っていないか?
それに4人の傍に控える40前後の女性はいったい誰だ? 姉上の付き人か?
……結局ラインハルトは、己の出迎えに現れた妻や母や娘や姉の顔を見るまで、自宅に於いて準備万端待ち構えていた悪意の存在に気付くことは無かった。
この日、ローレン侯爵家で何があり、どのような話し合いがあったのか。それを口にできた者は誰一人存在しない。
女性は変身して戦闘力()を増しますからね。
場合によっては二段階、三段階と……
彼女たちの名前? 作者にネーミングセンスを求めてはいけませんってお話。
今回の話の時系列としては
前話で侍女長が秘を試し、効果を実感。
それを緊急事態として侯爵家の女性陣に報告。
(この時秘薬扱いをしている)
報告を受けた女性陣はラインハルトが準男爵の
存在を隠している理由がその秘薬にあると判断。
吊るし揚げ←いまここ。です
敢えてぼかしている部分は有りますが、大体このような感じです