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4話。侍女長、忠誠を誓う?

文章修正の可能性有り

「旦那様、このお屋敷は侯爵閣下より旦那様に進呈されたものです。よってこのお屋敷の所有者である旦那様が部屋を汚したところで、私が旦那様を叱るようなことは致しません。……尤も、悪戯や面白半分で我々の仕事を増やすようなら話は別ですが」


少しの間、私は彼を叱るか諭すか悩みましたが、まずは彼の抱いている誤解を解くことを優先しました。


なぜならば、彼から『部屋を汚したことで怒られる』という発想が出るということは、彼はこのお屋敷を自分の所有物であると思っていないということだからです。


ある意味では好都合なのでしょう。


このまま侯爵家に負い目を抱いてもらえば、有事の際にはその負い目を利用することもできるのでしょう。


ですがそのようなことはできません。


それは侯爵である坊ちゃんのみならず、国王陛下までもが正式に『神城準男爵は王国の客人であり正式な貴族である』と認めた相手に対し『この国はこの程度の建物を惜しむような国だ』と思われることを意味するのです。


故に、です。今ここで彼にこの国の常識を教える立場であるこの私がそのようなことをしては、ローレン侯爵家の、ひいてはフェイル=アスト王国の名折れとなりましょう。


そう考えた私は、あえて彼に真実を告げ『貴族らしく在りなさい』と告げます。それが彼の為でもあり、彼を客とした坊ちゃんや、国王陛下の御心に沿う行為だと思っているからです。


「そ、そうか? この邸宅は侯爵閣下から貸与されていたと思っていたのが、よもや頂いていたとはな。閣下には後で感謝の意をお伝えせねばなるまいよ」


そのような私の意図を汲んだのかどうかはわかりませんが、彼は一度咳払いをすると、坊ちゃんに対しての感謝の意を示しました。


えぇ。それで良いのです。たとえ坊ちゃんからみたら大したことのない建物であっても、正当な形で恩を売れるならなんの問題もありません。


「そうですね。旦那様からお礼を言われれば、このお屋敷を進呈した侯爵閣下もお慶びになるでしょう」


「で、あるか。あぁそうだ。ルイーザ殿にも私の勘違いを(ただ)してくれたことに感謝をせねばならんな」


「いえ。これもお役目ですので」


……なるほど。確かにただの庶民であるならば、このお屋敷を頂戴したと分かれば、喜色を浮かべるか恐縮するでしょう。しかし彼はそのような態度を見せず、ただ『感謝』するに留まり、さらに私にも褒美を授けるという発想に至りましたか。


これだけで彼がその辺の庶民ではないということは分かります。


ならば先程までの態度はやはり借り物だと萎縮していたからでしょうか? それとも彼の国の貴族は邸宅を貸すのが普通で、進呈まではしないのでしょうか? ……現状ではさすがに情報が足りませんのでなんとも言えませんが、とりあえずは勘違いを(ただ)せたようで何よりです。


――無事に誤解を解いたルイーザは、これまでの神城の一挙一動に鑑みて、神城への評価や接し方を修正していく。


基本的には自国とは価値観の異なる異国の貴族であり、国家の賓客として扱うべき存在なのだが、向こうもフェイル=アスト王国の常識を理解していないことは自覚しており、さりとてこちらに元の国の常識を押し付けようとはしてこない。


それらを考慮した結果、導き出される答えは『この国の常識を学ぼうとしているお客様として扱うべき』というものであった。


当然のことながら、神城としてもそれを望んでいるので、ルイーザの人を見る目は確かということだろう。


そんな侍女長の人を見る目はともかくとして、今重要なのは、彼女がタイミングよく神城の下に現れたことと、神城の誤解を解いたことである。


「ふむ。侯爵閣下へのご厚意の返礼もあるが、ルイーザ殿にも何か用意せねばならんな」


「お気持ちはありがたいのですが、先程も言いましたがお役目ですので」


「いやいや。それを言うなら、お役目を果たした者に褒美を取らせるのは主君の役目ではないかね?」


「それは、そうですが」


言っていることは正しい。非の打ち所もありません。しかし、今のこの方には私に与えられるモノなど無いということは、私がよく知っています。にもかかわらずいったい何を?


――ルイーザが考えているように、現在神城の手元にはこの屋敷と屋敷に付随している家具。さらにはルイーザが持ってきた手付金として与えられている分の現金といった、最低限のものしかない。そんな中でいったい何を自分に与えようというのか? 


もしも侯爵家の威を使って何かしらの空約束をするようなら彼女は『坊ちゃんに直談判をし、侯爵家と縁を切らせる必要がある』と言う覚悟を決める。


しかし、漠然とではあるが貴族に借りを作ることの怖さを理解している神城が、安易にそのような真似をするはずもない。


「うむ。先ほど製造に成功した新薬だ。まだどこにも売っていない貴重品だぞ」


「く、薬ですか?」


実のところルイーザに諭されて萎縮する理由がなくなった神城は、予定通り彼女に褒美という名目で実験の協力をさせようとしていたのだ。


しかし、さほど親しくない人間が作ったばかりの薬(つまりまだ誰も試したことがない薬)を渡されて、喜ぶ人間は稀である。と言うかそんな人間は居ない。


現代の日本であっても、最初に『大丈夫か?』と疑うし、当然ルイーザも同じ気持ちである。


「あぁ、貴女の気持ちはわかるぞ」


「ふ、不安と申しますか、なんと申しますか……」


まさか客人から貰ったものに文句を付けるわけにもいかないので、しどろもどろになるルイーザ。しかしながら、さっさと実……治験を行いたい神城としても当然ここで折れる気はない。


だが無理に押して薬を持たせても使わずに捨てられる可能性もある。そう考えた神城は一歩引いて向こうから関心を向けるように仕向けることにした。


「本来なら誰かに試してから使うべきだというのはわかる。しかし、だ」


「しかし……なんですか?」


「この机の上を見ればわかると思うが、見ての通り作るのに色々な材料が必要でな。さらに相応に手間もかかる。つまりは貴重品だ」


神城は鍋の中にあるベットリとした何かを指さす。


これは決して嘘ではない。時間的には小一時間でできているのだが、それは先日回復薬から必要な成分を摘出していたからであり、もしも『浸透』や『代謝向上』や『品質保持』の成分を取り出すことから始めたら間違いなく魔力が持たなかったということは、神城が一番よく理解していた。


「はぁ」


しかしながらルイーザからすれば、神城がどれだけ労力を割いたモノであっても、机の上に置いてある豚の足や鳥の死骸が原料と聞かされている以上、尚更この『薬』が危うく見えて仕方がないのだ。


そんな思いを抱くルイーザに対し、朗らかに笑いかけながら説明を続ける神城の様子は、まさしく怪しい化粧品の訪問販売である。否、上司が無理やり怪しい薬を買わせようとしているのだから、それ以上にたちが悪いと言っても良いかもしれない。


ただ、ここからが長年の営業で磨いた商品説明の腕の見せ所だ。神城は数日ぶりに思考を研究や考察から、営業に切り替え、ルイーザを説得することにした。



~~~



「ふむ。どうも不安が消えない様子。説明が足りなかったかな?」


「……えぇっと」


そうですね。とは言えませんが、本当にそう思います。そんな私の心境を理解したのか、準男爵殿は薬の前に、ご自身の説明から始めました。


うん、そうですね。作った人間が信用できないとどうしようもないですよね。


「大前提になるのだが、ルイーザ殿は私が【薬師】であることは知っているかね」


「は、はい」


勿論知っていますとも。


「それは重畳。ではこの【薬師】が持つスキルの中に『薬品鑑定』というのがあるのは?」


「……初耳です」


「そうか知らないか。では、あるということを覚えてくれ」


「……はい」


基本的にスキルは同一の職業の人間以外には明かしませんからね。とは言いましても【薬師】に薬品を鑑定するためのスキルがあるのは、納得できます。


「そのうえで私がこれを鑑定したところ、しっかりと薬の効果が確認されているのだよ」


「な、なるほど」


本当に【薬師】である準男爵殿が鑑定し、その効果が確認されていると言うのなら、確かにこのお鍋の中にあるモノは薬なのでしょう。それに、いくらなんでも危険物を私に下賜した結果、坊ちゃんに睨まれてしまっては本末転倒も良いところ。……そう考えればこの薬は、本心から準男爵殿が『褒美に相応しいモノ』として判断している。ということでしょうか?


――順序立てて説明されることで、少しずつ警戒心が薄れてきたルイーザはようやく薬に忌避感以外の感情を抱いた。そんな彼女の心の動きを敏感に察した神城はさらに追撃を行う。


「先程も言ったが、本来ならば他の誰か、例えば奴隷などを買ってきて、効果を試したあとで下賜するのが正しい流れなのは理解している」


「……そうですね」


それはそうでしょう。奴隷の使い方としては多少思うところもありますが、実際に新しい薬などは犯罪奴隷や死刑囚のような者に試してから市販されるのです。


それをしていない薬に「恐怖心を抱くな」と言うほうが無理な話なのですよね。


「だがこの薬は先程も言ったように貴重品でな。おいそれと奴隷に使ってやるわけにもいかん」


「なるほど」


そうは言っても、薬が貴重品となるのは確かな効果が発揮されてからです。そうじゃない薬はただの用途不明品でしかありません。言ってしまえば、詐欺師が自身が作った二束三文の薬を『不老不死の薬』と言って売りさばくのと同じですよね。


「それにこの薬の効果はあまり吹聴して回りたくはないのだ」


「……何故です?」


【薬師】が本当に素晴らしい薬を開発したと言うのなら、それを量産して売りに出すのが当然なのではないのでしょうか?


目の前の準男爵殿が何を考えているのかわからなくなってきましたが、私の疑問に対する答えは、非常に単純かつ説得力に溢れるものでした。


「これは作るのに疲れるのだ。大量生産などしたくない」


「……そうですか」


そういえば先程も手間がかかると言ってましたね。故にその薬は大量生産をするような品ではなく、限られた方にだけ渡す、贈答用の薬ということでしょうか。


それならば最初に私に試させると言うのもわからないではありませんね。


――実際に侯爵夫人などに何かを渡す場合は、鑑定をしたあとであっても毒見役のような者がその効果を確認するものなので、神城から放たれたある意味貴族らしい発言に、ルイーザは思わず納得してしまう。


納得したなら次にすることは、その効果の確認である。


「旦那様の様子では、そのお鍋の底にある薬に対して絶対の自信がある様子。それはいったいどのような薬なのでしょうか?」


貴族に対する贈答を前提としているのなら、ただの回復薬ではないのでしょう?


そう思っていた時期が私にもありました。


「ん? あぁ、言ってなかったか?」


「えぇ」


「簡単に言えば肌を若返らせる……は言い過ぎかな? まぁ肌にハリとツヤを与える薬だ」


「……はい?」


今なんと?


「肌にハリとツヤを与えることで、実質的に肌を若返らせる効果がある薬なんだが」


「……ご主人様」


「ん? ご主人様?」


まったく。この方はいったい何を考えているのやら。


「そのような貴重品は罪人に使って良いものではございません。えぇ。むしろ市販してもいけません。大量に作って限られた方にのみ贈答するべきです」


まったく嘆かわしい。そのような危険な薬は、私が、しっかりと、入念に、効果を試してから、他者に贈答するべきでしょうに。これだから常識の無い殿方はダメなのです。


「……いや、大量に作る気は無いんだが」


あーあー。聞こえません。


「それで、これはどのように使うのですか? 塗るのですか? 一回の分量は? この量は何日分なのですか? そもそもこれだけの秘薬をお鍋に入れるなんて、何を考えているのです? 秘薬にはそれに見合った容器というものがございますよね? それで、量産についてはどのようにお考えで? え? 掃除? どうでも良いですよ。部屋が汚れる? 関係ありません。 材料? 豚ですか? 鳥ですか? すぐに用意いたしますので、ご主人様は無駄に動かず秘薬のことだけをお考えください。そもそもこの秘薬の扱いについて一言言わせていただければですね……………聞いてますか?」


「お、おう」


「そうですか、では続けますね。この……で……が……となりますので…………」


「……」






――最初は侯爵の信頼厚いテスターをゲットするぜ! と気合を入れてセールストークをしようとしていた神城であったが、ルイーザの予想以上の食い付きに内心で『早まった』と後悔することになる。


たとえ魔法がある世界であっても、魔王の軍勢との戦争もあれば国家間での紛争もある世界だ。そのような中で、化粧品にまでリソースを回す余裕が無かったのだろう。


しかし、だ。いつの世も女性は己を美しく保つことを望むものである。そんな中、ある意味で斬新で、そして画期的な秘薬が世に生み出されてしまう。


「さぁご主人様、この私めになんなりとご命令ください」


「……いや、態度変わりすぎだろう」


将来この薬が、大国から財を根こそぎ吸収し、国を傾ける要因となった麻薬のようになるのか。それとも肌に悩む女性の救世主として世界に君臨することになるのか。


その鍵を握るのは、新たな主人に対して(かしず)く老齢の侍女と、彼女の態度の急変に口元をヒクつかせている若い準男爵であった。


お肌の回復薬。現在57歳の侍女長からすれば、同じ重さの黄金の鉄の塊よりも貴重な薬です。


そんな秘薬を貸された彼女の現時点での忠誠心は

侯爵家≧神城君>王家 となりました。


ただし侯爵家は家全体なのに対し、神城君は個人ですので、色々と融通は効きますってお話。


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