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3話。侍女長が見た風景

短めです。

文章修正の可能性有り

お部屋の掃除が終わったことを知らせるという名目で、彼が何をしているのか確認するため、『この部屋は薬品の研究をするため立ち入り禁止だ』と言われていたお部屋に顔を出したのですが、いったい何をしているのやら。


「こ、ここは研究室兼実験室だから汚すのは仕方ないんだぞ!」


つい口元をヒクつかせるのを我慢できなくなった私を見て、彼はなにやら『散らかっているところを見られたこと』に狼狽していますけど、元々この屋敷は坊ちゃんから彼に進呈されたものだし、建物の主である彼が建物を汚すことに対しては文句は……無いわけではありませんが、今はそんなことはどうでも良いのです。


問題なのは『彼が何を研究していたか』これに尽きます。


彼の目の前の机の上に置かれているのは、鳥の死骸と豚の足。いくつかの果物、さらに調味料と匂いからするとお酒? でしょうか。


これで調理器具があるなら『料理の下ごしらえ』と言われても違和感はないのですが、あるのはいくつかのコップに容器。そしてお鍋ですか。どうもお鍋の中になにやらあるようですが、よく見えませんね。


……この方が薬師だとは聞いていますが、いったい何を作っているのやら。


――自分の眼前で狼狽する神城を余所に、ルイーザはローレン侯爵から神城について聞かされた情報を再度振り返る。



~~~



「私を新興の準男爵家に出向させる?」


「そうだ」


急の用事ということで坊ちゃんから呼び出され、なんの用かと確認を取った私に、坊ちゃんは私が予想もしていなかったことを言ってきました。


曰く『新たに準男爵となることが決まった神城準男爵の下に出向し、彼が雇い入れた侍女を鍛えつつ貴族としての常識を教えよ』とのこと。


これを聞いた時は思わず頭が真っ白になったものです。 


なにせ私も私が教育した侍女も特に何か粗相をしたわけでもありませんし、機嫌を損ねて左遷させるにしてもあからさま過ぎますからね。


ですが、私にそれを告げた坊ちゃんの表情が真剣そのものでしたので、何か深い訳があると思い、続く言葉を待ちました。


すると坊ちゃんはおもむろにその事情を語りだしたのです。


「ルイーザが考えているように、当然ワケありだ。だが、そのワケを吹聴できない理由があってな。こうして来てもらったわけだ」


「そうですか」


わざわざ護衛を外してまで話すのだから、そのワケというのは相当重要なことなのでしょう。そう確信して身構えた私に告げられたのは、予想以上の内容でした。


「本来ならば、誰に頼まれたとてお前を他家に貸し出すなど有り得ん」


「それはそうでしょうね」


私は侯爵家の情報を知りすぎています。もしも今回の人事を恨みに思い、私が持つ情報を他家に渡されては困るのは坊ちゃん、否、ローレン侯爵家ですものね。だからこそこの人事の意味がわからないのですけど。


「だが彼は例外だ」


「例外?」


万が一私が拷問されたりして情報を取られても構わないということ? それともそのような真似をしないという確信がある? あるいは私を貸し出すということで誠意を見せる必要がある相手ということ?


「うむ。まず彼は今回の【勇者召喚】によって異世界から召喚された者でな」


「それは……」


(いにしえ)より伝わる秘術を用いて神と大地の力を借り、異世界から【勇者】を召喚するという、伝説の秘術にして禁呪【勇者召喚】。


今回我がフェイル=アスト王国がそれを行うのは、今まで他の国家がそれを行い、その代償として大地の力を落としてしまったが故。ある意味では『順番が回ってきた』と言っても良いのかもしれません。


そして【勇者】を呼び出した国は、国土の疲弊と引き換えに彼らから齎される技術や、戦力を得ます。それにより疲弊した国土を回復させたり、魔王が率いる魔物との戦いに勝利して土地を得ることで、なんとか釣り合いをとるのです。


坊ちゃんは「そのようなことをしてまで異世界の【勇者】に縋る必要は無い」と考えておりましたが、陛下には陛下のお考えがあったのでしょう。


結果として先日【勇者召喚】が行われ、数十人の少年少女が異世界から召喚されたということは、王城での晩餐会に参加した女官から聞き及んでいます。


しかし、その中で準男爵に叙せられた者が居るという情報はありませんでした。

これは本当に限られた者しか知らないことなのでしょう。


「……だからこそ私なのですね」


ですが、それがそのままことの重大さを表しています。


確かに異世界からの客人の相手となれば、未熟者に任せるわけにはいきません。すでにお手付きの侍女がいるそうですがフェイル=アスト王国の、いいえ、ローレン侯爵家の誇りに懸けて、その侍女を鍛える必要があります。


そして坊ちゃんは『それができるのが私しかいない』と確信しているのですね。


「そうだ。さらに言えば、彼は異世界から来た他の者たちとは違い、異世界の貴族でな」


「異世界の、貴族?」


そのような方が居たなんて思ってもみませんでした。


「あぁ。近く国王陛下から男爵の位を授与されることも決まっている」


「男爵。それも決定済み。ですか……」


「うむ。彼は有事の際に外交官としての役割を持つことになる故な。つまり彼は我がローレン侯爵家の客人にしてフェイル=アスト王国の正式な貴族でもある」


「……なるほど」


異世界から召喚されて僅か数日でそこまでの立場を得るほどの方ですか。お会いしたこともない私には、どれほどの方かはわかりません。


しかしご本人とお話をしたであろう坊ちゃんがそう確信し、国王陛下も認めたと言うのならば私に何が言えましょうか。


(ならば尚更恥ずかしい姿を見せるわけにはいきませんね)


事の重大さに私は内心で震えを感じていましたが、この震えは怯えなのか、それとも坊ちゃんからの全幅の信頼を預けていただいていることに対する歓喜の表れなのかは自分にもわかりませんでした。


――こうして私は神城準男爵家に出向することになりました。




ここでの当座の私の仕事は、彼の常識と価値観を理解し、彼にこちらの常識と価値観を教えること。さらに彼の行動の監視と、彼に仕える侍女の教育です。


どれもこれも手を抜けるものではなく、坊ちゃんの期待に応えつつ我が国の恥とならぬよう、全身全霊を以て神城準男爵にお仕えしよう! 


……そう思っていたのですけどねぇ。


ルイーザは今も己の眼前で『まるで立場の弱い居候や婿養子が、不当に部屋を汚したことを気に病んでいるような態度』を取っている異世界の貴族に対し、叱るべきか諭すべきかと頭を悩ませていた。


結局のところ、価値観の違う相手との距離感を測り兼ねているのは、神城だけでなくルイーザも一緒であったというだけの話である。



侍女長の仕事は神城君との折衝になるので、侯爵家としてはかなり本気の人材を送り込んでおりますので、侯爵の期待に添えるように頑張ろうとする侍女長の忠誠は、侯爵家>王家>神城君と言った感じです。


つまり、おかしなことをしたら即通報からのタイーホ待った無し。

まぁ所詮は一時的な雇用主でしかありませんからねぇってお話。



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