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27話。ある男爵家でのお話①

「はぁ~」


王都の法衣男爵であるトロスト男爵家の屋敷では、今年15になる少女が侍女の仕事をしている。

その少女は使用人の家族ではなく、先年男爵となった青年当主の妹であった。


本来この年頃の王都の貴族の娘ならば、他家で婿探しと花嫁修業を兼ねた行儀見習いの修業をしているのだが、彼女は家の諸事情により修業先が見つかっておらず、今は已む無く自宅で修業をしているところであった。


「はぁ~」


そんな彼女は仕事中だと分かっていても、どうしても己の内から込み上げてくる溜息を堪えることができずにいた。


「お嬢様……」


彼女の修業を見ている使用人としても、本当なら叱るべきだと分かっているのだが、相手は雇い人の妹であり、生まれた頃から知っている相手だし、溜息を吐きたくなる気持ちも理解しているのでどうしても厳しく当たれなかったのだ。


こういった感情が修業の邪魔になるからこそ、貴族の令嬢は他家で修業をするのだが、今の男爵家にはそれができない事情があるので、結局少女は自分の家で修業せざるを得ない。


だが、この王国に於いて最低限の技能を修めていない娘というのは、貴族の中で認められることはない。故に少女はまともな相手と結婚することはできず、どこぞの貴族の妾にしかなれないのだ。


もしも、万が一にも結婚してくれる相手が見つかったとしても、相手の家での立場はすこぶる悪くなることは目に見えている。


姑然り、小姑然り、相手の家の従者然り。嫁ぎ先の女性全員に軽んじられるのだ。


それはもはや技能の有無ではなく『他家で修業する』という常識的な義務を果たしていないことから発生するものなので、少女が自分の家でどれだけ真面目にやって、どれだけ優れた技能を身に付けようともその未来を避けることはできない。


つまり現在の少女に残されている道は、それなりの家の人間から妾や愛人として養われるか、男爵家と同等か下の家に嫁いで嫌がらせを受けるか。の二択しか無いのだ。


ちなみに妾や愛人になっても正妻や側室から嫌がらせを受けることはほぼ確実である。


更にタチが悪いのは、それが目の前に見えていることだろう。


少女にしてみたら現時点でさえ『いくら頑張っても自分は目の前にあるお先真っ暗な穴に落ちるしか無い』と分かっているのだ。


このように、穴に向かって歩いている最中であることを自覚している少女は、このような状況でも「良し! 頑張ろう!」などと言えるような楽観的な人間ではなかったし、少女に教えを授けている使用人も、この状況で少女に対し「不貞腐れずに頑張りなさい」と言えるほど強い人間ではなかった。


「はぁ~」


だからと言って、今も懸命に働く兄や、父を失い気を落としている母に文句を言うわけにもいかず、さらに自分の姉が家と家族を守るために身売り同然の真似をしたことも知っているので、弱音を吐くことも憚られる。


結果として少女は今日も溜息を吐きながら、代わり映えのしない、暗闇に向けて歩くだけの日々を送るのだ。


……そう思っていたある日のこと。トロスト男爵家の屋敷に誰もが予期せぬ客人が訪れた。



~~



「ただいま」


「へ?」


前触れもなく突然に家を訪問してきた客人を出迎えることになった少女は、その客人が自分がドアを開ける前に勝手にドアを開けたかと思ったら、開口一番に言い放った一言でその動きと思考を止めてしまう。


……少女の耳に、聞こえるはずがない人からの、聞こえるはずが無い言葉が聞こえてきたのだからそれも仕方のないことかもしれない。


しかしながら、客人を前に思考停止をしては侍女失格である。


故に、自身も侍女としての教えを受けている客人は、自分を目にしてポカンと口を開ける少女に、気さくに声を掛けた。


「ほらほら。『お帰りなさい』とか『いらっしゃいませ』は無いの?」


「え? お、お姉ちゃん? ナンデ?!」


「なんでって、私が実家に帰ってきたらおかしいのかしら?」


「い、いや、おかしくはないけど……って違う! や、やっぱりおかしいでしょ!」


少女の目の前で朗らかに笑う客人は、少女の二歳年上の姉、エレンであった。そしてそんなエレンにからかわれている少女の名は、エレンの妹で名をヘレナと言った。


ヘレナは姉が元兄嫁が作った借金を返済するために、王家から依頼された特殊任務に就いていることを知っている。さらに暫く王城から出られないはずであるということも、だ。


だからこそあの日、姉が王城へ上がる日に『これが今生の別れになるかもしれない』と考え、家のために己の身を捨てた姉の背を涙を流しながらを見送ったのだ。


それ以来、ヘレナは姉を失った悲しさや、今もって何もできない無力な自分への憤りと約束された暗い未来。


さらには贅沢ではないが幸せだった家庭を崩壊させた元兄嫁への恨みなど、様々な思いを胸の奥で燻らせながら日々を過ごしていた。


そんなところに、別れた時とは全然違う、痩せ我慢ではなく本当の笑顔を向けてくる姉が現れたのだ。それを驚くなと言うほうが無理だし、それにもうひとつ思うところがある。


(なんかお姉ちゃん、前より綺麗になってない?)


元々彼女は王城から特殊任務の依頼が来るほどには見目麗しかったのだが、それが半年足らずで自分の記憶以上に綺麗になっていたことで、一瞬本物かどうかを疑ったというのもヘレナがエレンを前にして思考停止した一因であった。


なんやかんや言ってヘレナもエレンの妹なので磨けば光る珠ではあるのだが、今のトロスト男爵家には彼女の美貌を磨くだけの金銭的な余裕がないし、何より彼女自身が鬱屈した日々を送っていることで性格にも陰ができてしまっていたため、どうしてもマイナス補正が掛かってしまっていた。


そのおかげと言うかなんというか。


最近の彼女はこのようにやさぐれた感じだったので、花嫁修業先として彼女を迎え入れた後で彼女を食い物にしようとしていた貴族たちも、今はその数を減らしていると言うのだから一概に『悪影響しか無い』とは言い切れないところがあった。


だが、それも今までの話。


(良かった。まだ家に居てくれた)


エレンは今、妹がそんな貴族たちの毒牙にかかっていないことを心から安堵していた。


「私の事情は後で話すわね。まずはお兄様とお話ししたいのだけど、今いらっしゃるかしら?」


「え? あぁお兄ちゃんなら今日はお休みだから、書斎に居るけど」


「そう? じゃあ案内してもらえるかしら?」


「案内?」


「……貴女、侍女の修業中なんじゃないの?」


自分の言葉に「何故自分が家の中を知り尽くしている姉を兄のところに案内するの?」と心から不思議そうにしている妹に対して、エレンは溜息を堪えながらツッコミを入れる。


「あっ!」


姉とは言え今は客人だし、その客人が会いに来たのは兄とは言え男爵家の当主である。ならば使用人は当主に客人の来訪を伝え、案内する必要があるのだ。


当主への連絡は、すでにヘレナの面倒を見ていた使用人が行っているだろうから、ヘレナの仕事はエレンを案内することである。


それを思い出したヘレナは、神妙な顔を取り繕って客人に頭を下げる。


「失礼致しました。只今ご当主様へお伺いを立てさせますので、こちらで少々お待ちいただけますでしょうか」


そう言って応接間へと案内しようとするヘレナに対し、エレンは柔らかい笑みを浮かべて頭を下げながら、承諾の意を示す。


「えぇ。急な来訪で申し訳ございませんが、何卒よろしくお願いいたします」


「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」


「失礼します」


家族内のおままごとのようなモノではあるが、だからこそ真剣にやる必要がある。失敗しても笑って許される接客の経験など早々得られるものではないのだから。


そうして応接間に入った後、客人から侍女見習いの少女に対して大量のダメ出しが入り、侍女見習いの少女が半泣きになることになる。


しかしその涙が客人からの容赦のない指摘のせいなのか、それとも他に理由があるのか。それを知るのは少女本人と、涙を堪えながら様々な指摘をしていた客人だけであった。




エレンさん、実家に帰る。


三行どころか一行で終わったぜ!ってお話。


有能無能に関わらず最低限の義務を果たさないといじめられるのです。女の戦いなので当主も下手に口を挟めませんし、実家の力も弱いので味方になってくれる人が居ないと言う、ルナティックモードが確定してるんですね。


そりゃ妹さんもやさぐれますわってお話。



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