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21話。引越しというよりは移動

――エレンの協力で自分の耐久限界を知ることができた、いや、正確には限界を知ることができなかったが、自分の体がただ若返っただけじゃないことを確認した次の日の朝のこと。


色々なマッサージの影響か、未だに足腰がガクガクしていたエレンと一緒に引越しの準備(俺の持ち物は王家から貰ったこの世界の衣類数着しか無いので、主にエレンのための準備)を終わらせた俺たちは、王城から移動するため、侯爵が用意した馬車が待機している場所にたどり着いた。


「お待たせしましたか?」


指示された場所で待っていた馬車の近くにいた人に声をかけると、見た目40代くらいの男性が背筋を伸ばして俺に頭を下げてくる。


「いえ、予定時間よりも早いですので、お待ちはしておりませんよ」


う~む。確かに俺が来たのは予定より早いが、それよりも早く待機しているところに一流の従者としてのプライドを感じるな。


実際俺とエレンが侯爵から指定された馬車の下にたどり着いたのは予定の30分前だ。そんな大幅に時間前であるにもかかわらず男性や馬に慌てた様子はない。つまりこの男性は最低でも40分以上前から待機していたことになるわけだ。


(もしかして貴族に仕える人たちってのは一時間前行動が当たり前なのか?)


当たり前にブラックな環境に居る従者に対して、内心で『従者を雇ったら優しくしてやろう』と心に決めた俺は、とりあえず彼が用意してくれた馬車に乗ることにした。


「エレン、大丈夫か?」


「は、はい。だ、大丈夫です!」


「はぁ……」


「ご、ご主人様?」


「じっとしてろ」


「あっ」


なんかダメそうだったので、エレンをお姫様だっこのように持ち上げて馬車へと歩を進めると、心なしか男性従者(この場合は御者か?)の視線が生暖かいものになった気がするが、とりあえず放置してそのまま彼女と共に馬車に乗り込む。


「ではお願いできますか?」


「かしこまりました」


そんな感じでエレンを抱えたまま馬車に乗り込み、従者に馬車を出すように促すと、馬車はゆっくりと動き出した。


……本来は客人であり、小なりとも貴族家の当主なのだから従者に対してへりくだる必要はない。と言うか、へりくだっては駄目なのだろうが、家臣も居なければ碌な基盤も持たない俺が、今の段階で寄親である侯爵を不快にさせるのはまずい。


そう考えて敢えて下手に出たのだが、元々侯爵家の従者に対して萎縮していたエレンの存在もあり、向こうの従者はそういったのを全部理解したうえで何もツッコミを入れてこなかったのだろう。


もしかしたら異世界の貴族の流儀と思われているかもしれないが、それならそれで問題ない。まずは無礼と思われないこと、それからこちらの常識的な態度を身に付ければ良いのだ。


とは言っても態度は自身の立場や階級、相手の立場や階級によって変わるので結局は慣れていくしかないのだが、向こうもそれなりに時間をくれるようなので、なんとかしていこうと思う。


それはさておき、王城から出たことで王都の町並みを観察……といきたいところであったが、馬車から風景は見えなかった。


何故かと言えば、王城がある区画の付近と言うのは当然のことながら上級貴族が住む区画だからだ。つまり、それぞれの邸宅には外から中が見えないように高くて立派な壁がある。そのため馬車の窓からは綺麗な道と綺麗な壁しか見えないのだ。


ちなみに、こうして王城から移動することになっているのは俺だけではない。俺が一番早いのは確かだが、そのほかの連中も随時移動することが決定している。


これは「俺だけを移動するとなるとどうしても目立つが、どうしたものか?」と侯爵に聞かれたので、侯爵に「俺以外の人間も移動させたら良い」と言った案が採用されたからだ。


付け加えるなら【勇者】のようなレアモノや戦闘職の大部分は王家が確保するので、それ以外の人間……主に生産職の人間が、彼らのスキルを必要とする地を治める貴族のもとへと移動することになっているというわけだ。


これは俺の移動を隠すだけではなく、王家で召喚者を独占しないというメッセージにもなるし、管理にかかる労力を各貴族に分散させることで、王家が【勇者】たちの育成に集中できるようにするための下準備でもある。


まぁ、王城で生産系のスキル保持者を大量に抱え込んでいてもしょうがないというのもあったと思う。


あとは、必ず出るであろう不穏分子を殺すためだろう。今回の召喚はそもそもが誘拐紛いの召喚のうえに、召喚されて来たのは社会を知らず、学校という狭い社会で育てられてきた生徒である。


彼らは上司に無条件で従うことも知らなければ、社会の不条理を経験したわけでもない。結果として上司の顔色を伺うことや危機感というものを理解できず、絶対君主制や貴族制に対して文句をつけたり、嫌悪感を抱いて逃げ出そうとするかもしれない。


それ以前に「異世界チートでハーレムを目指す!」とか言い出して自由を得ようとして逃亡を企てる奴も出てくるかもしれないけど、それはレアなケースだろうから考えないことにする。


そんな連中を逃がした挙げ句、そのまま他国に渡られたら王家の面目丸潰れとなる。故に『逃がすくらいなら殺す』くらいはするはずだ。その粛清を王城で行なった場合、他の転生者にもその情報は伝わることは確実だ。


どんなにうまく誤魔化しても、バレるものはバレる。


バレなくても、そういった疑惑を持たれてしまえば『そんなことはしていない』という証拠を提示出来ない以上、どんな弁明をしても言葉に信憑性は無いし、万が一それで【勇者】御一行様に敵意を抱かれては本末転倒だからな。


だから不穏分子とみなされた生徒は遠くに飛ばして『不幸な事故』に遭ってもらうというわけだ。


一応担当することになる貴族の責任問題にならないよう、護衛の兵士も何人か一緒に死んでもらい、それを魔物のせいにして魔王に敵意を抱かせることに成功すれば最高だろうよ。


……そんな黒い思惑があるかどうかはともかくとして、王家は召喚された人間の仕分けを始めることになった。その第一号が『早急に薬師を必要としている侯爵の下に派遣された俺』というわけだ。


これは性急に思えるかもしれないが【薬師】という役職上、それを必要とするのは患者であることは予想できるし、そのことに他の召喚者も性急であることを咎めるようなことはできない。


また、親しくもない相手に対して仮病を疑い、症状だの病状を問い詰めるような不調法もできるはずもないしな。


このような諸事情を利用し俺は自然な形で王城から一抜けし、侯爵の世話になる大義名分を手に入れたわけだ。


ちなみに分散されることになる生徒たちであったが、少年少女たちは特に反対しなかったらしい。強硬に反対したのは唯一の大人である木之内先生だけだったとか。


しかしそんな彼女は、当の生徒たちから『保護者ぶるな』だの『なら代案はあるのか?』だの『せめて働かなきゃ駄目だろ』だのと言われてしまったようだ。


恐らく生徒たちは王家の命を受けた侍女や執事っぽい連中から、そのように話すように仕込まれたのだろう。もしくは『王城に居ても退屈だ』程度の気持ちだったのかもしれない。


だが言っていること自体は(中身は伴ってなくとも)正論なので、木ノ内先生は返す言葉もなく沈黙せざるを得なかった。これにより彼らは分散することになったんだと。


アホな連中だと思うが、俺からは「精々お国のために働いてくれ」としか言えない。


「お客様。到着いたしました」


侯爵が用意した高級馬車に揺られていることに緊張しているエレンを撫でながら彼らのことを考えていたら、御者からそんな声が掛かってきた。


時間にしておおよそ20分。侯爵という立場を考えればこの距離が近いのか遠いのかはわからない。しかし向こうがここだと言うのなら間違いなくここなのだろう。


「本来お客様をお迎えするにあたっては、従者やご家族一同がお迎えするのが礼儀なのですが……」


御者の男性は申し訳なさそうにそう言ってくるが、それは別に謝罪されることではない。


「いやなに。私は食客ではありますが寄子ですからね。それに、極力目立たぬようにと依頼したのも私ですので、謝罪の必要はありませんよ」


そう。エレンのこともあるが、俺自身が侯爵家の人間との距離を掴み兼ねているし、この世界に於いては右も左もわからないので何が不調法になるのかわからないという不安がある。そのため、常識の擦り合せが終わるまでは公的な挨拶を差し控えさせてもらったのだ。


「……恐れ入ります」


向こうは自分の常識では無礼を働いたと思っているようだが、これで良いのだ。


「いえ、ご案内ありがとうございました」


頭を下げる男性に謝辞を述べ、馬車を降りた俺の前にあるのは、二階建ての豪奢な建物であった。……侯爵が言うには『急な来客を滞在させるための質素な建物』とのことだったが、俺からすれば十分豪邸だ。


「ご主人様、ここが……」


「そうだ。これから俺たちが過ごすことになる屋敷だ」


男爵家の人間だったエレンから見ても、十分に大きな建物なのだろう。思ってたのと違う……とか小声で言っているのは聞こえないことにした。


異世界で手に入れた新居。

ここに長く住むことになるのか。

それともすぐに出ていくことになるのか。

出ていくとしたらどのような立場になっているのか。


期待と不安、様々な思いを胸に秘め、俺はエレンを伴って屋敷の中へと足を踏み入れたのだった。




サブタイ通りですね。普通にお引越しです。


豪邸の詳細などは次回の予定。

なんか黒い話が多い気がしないでもないですが、作者が思い描くナーロッパの貴族はこんな感じです!(強行する)ってお話。



―――


くっ。伝説の騎士の言語についてのツッコミはあれど、エレンさんのベジータ化についてのツッコミがないだと?!


これはアレですかね? 作者のパク……オマージュが中途半端だったからでしょうか? 


……恋愛っぽく書くのが恥ずかしくてネタに走った結果、見事に滑って転んだ愚かな作者と笑いなさい。




気になったことなどは感想欄に書いてもらっても大丈夫なのですが、展開予想は勘弁願います。



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