20話。お金は大事。古事記にも書いている可能性がある
銀魂的なサブタイですけど、実際大事ですよね。
「おはようエレン」
「おかえりなさいませ……ご主人様」
侯爵との会談を終え、部屋に戻った俺を待っていたのは俺付きのメイドさんこと、エレンだ。さりげなく、かつ恥ずかしそうにご主人様呼びしてくるところが男心をくすぐってくる。
思わず某怪盗のように飛びつくところだったが「昨日の今日で無理をさせるわけにはいかん」と考えた俺は、黄金でできた鉄の塊のような精神でなんとか頭を撫でるだけにとどまることに成功した。
うむ、今の俺はまさしく伝説の紳士にして騎士。自分の精神力を褒めながら、俺はエレンに語りかける。
「とりあえず立ったままはキツいだろ? 別に誰も見てないんだから、座って休むといい」
ある意味セクハラ発言だが、このくらいは勘弁してくれ。
「は、はい。ではお言葉に甘えさせていただきます……」
そう思いながらソファーへと誘うと、向こうは向こうでやはりきつかったのか、彼女は遠慮をすることなくソファーに腰掛ける。俺の隣に。それも寄り添うように。
……自然な形で破壊力ばつ牛ンの仕草をしてくるエレンに、あわや俺の理性は致命的な致命傷を受けるところであったが、彼女が望んでいるのはまったりとした空気と接触であることを理解している(つもりの)俺は、再度己の中で暴れ狂うナニカを抑える!
覚えたての猿じゃねぇんだ! 衝動は理性で抑えこめ! 思い描くのは最強のお局っ!
思い出せ、あのデフォルト厚化粧を。
思い出せ、あのしつこくネチネチと嫌味を言われた日々を!
思い出せ、あのお局に目を付けられた若手の末路を!
思い出せ、「合コンに行くから」と言って早退した時のあの顔をっ!
思い出せ、次の日遅刻してきたお局の酒臭さと、ニタァと思い出し笑いをした時のあの顔をっっ!
…………ふぅ。
色々思い出すことで無事に迸る熱いナニカを抑えることに成功した俺は、俺に寄りかかるエレンの頭を優しく撫でるだけに留めることに成功した。
……あのお局様め。糞の役にも立たんと思っていたが、まさかこんなところで役に立つとはな。
世の中何が救いになるかわからんな。そう思いながら、若返ったせいかいつもより元気な自分に嬉しいやら悲しいやら。
なにやら微妙な気分になりながらも傍から見たらピンクな空間を形成すること数分。エレンも少し落ち着いたのか俺に預けていた体を、すっと離して俺に向き直る。
「それで、ご主人様?」
「ん?」
「監督官様から、ご主人様が正式に準男爵になられることは聞きました。お約束通りご主人様にお仕えしたいと思うのですが、その……」
なにやら言いづらそうにしているが、これはあれだな。引き抜きが成功したかどうかや、待遇についての話だろう。そう判断した俺は敢えて軽い口調で話しかけた。
「そうか。こちらも今朝ローレン侯爵閣下にエレンの引き抜きを願い出たところでな。もしもエレンから嫌だと言われていたら面目丸潰れだったな」
「そ、そうですか!……よかった」
「ど、どうした急に?」
ハハハと笑う俺に、エレンが抱きついてくる。いったい何があったのやら?
「い、いえ。他の侍女たちから話を聞いたのですが、みんな『痛かった』とかしか言わなかったり、人によっては『反応が面白くないから他の人にしてくれ』って言われたりしていたらしいんです」
「おぉう」
ま、まぁ向こうは高校生だからな。女性の反応に夢を見てるところもあるだろうし、自分は特別だからって調子に乗ってるところもあるのだろう。
いや、別に俺がフォローする必要はないんだが。
「それで、もしかしたら昨夜の私がご主人様に嫌われるような態度を取っていて「気に入らない」と思われて担当を外されたりするのも怖かったですし。担当を外された後でそんな人の担当にされるのも怖かったです。それに……」
「それに?」
「監督官様からも『国王陛下とローレン閣下に特に認められて準男爵となったお客様に無礼があったら、ただではすまない』と言われておりまして」
「あぁ。なるほど」
実際に俺の立場はかなり特殊だからな。
下手をしたらエレンの実家や監督官様とやらにも何かしらの飛び火はある可能性が無いわけじゃないのは事実ではある。そんでもってエレンはエレンで初めてだったから色々と不安になったわけだ。
ん~しかしこれまた微妙だな。この場合は脅しという意味もあるが、周囲からの嫉妬を防ぐためとも考えられるんだよな。敢えて厳しいことを言うことでエレンを守ったと見るべきだろうか?
結局まだ会ったこともない人間への評価は下せないと判断した俺は、まずは腕の中で震えるエレンに優しく接することにした。
「さっきも言ったが、侯爵閣下に頼み込むくらいはエレンのことを気に入っている。昨夜の態度も、好意を抱くことはあっても嫌うことはないよ」
「……ご主人様……ンっ」
向こうに居たら絶対に言えないような歯が浮くセリフを、内心のむず痒さをこらえて言えば、その言葉に感動したのかエレンはウルウルした目で俺を見てきた。
……さすがに我慢できずにキスしたのは悪くないと思う。と言うか、ここは男としてキスするべきところだったと断言しよう。
そのままエレンが落ち着くまで頭や背中を撫でること数分。俺の理性が限界を迎える前になんとかエレンが落ち着いたので、とりあえず話すべきことを話すことにした。
「君の待遇については、とりあえず初任給で年200万シェンを予定している」
「に、200万シェンですか?」
通常男爵家の使用人は最低100万シェンらしいし、こうして身売りするような状況なら実家への仕送りも必要だろうと多めに渡すことにしたんだが、どうも俺が考えている以上に驚いているな? もしかして俺の価値観と相場が違うのか?
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大体の物価などに鑑みて金銭的な価値観を日本の五分の一で計算している神城は、エレンに対して年収1000万円を提示したつもりであった。
これがもしも大貴族の家で数人の使用人を統べる執事や侍女長のような立場なら、この金額でも多すぎるということはない。
しかし、エレンはまだ17になったばかりの少女である。侍女としては未熟も未熟。この王城での勤めでも教育実習生のような扱いであり、その給料は年10万シェンである。(衣食住の保障有り)
それに通常は年収300万シェン前後しかない準男爵が、一人しかいない侍女に200万シェンを支払うなどありえないことであった。
エレンとて貰えるものは貰うつもりであったが、そのせいで神城の身代が傾き、家が取り潰されては意味がない。さらに社交界などで『客人に家を潰させた女』として自分の悪評が広まってしまえば、自分の立場だけでなく、兄や妹の立場まで悪くなってしまう。
そういった事情から、考え直せ! と迫るエレンに、神城は笑ってこう答えた。
「安心しろ。俺の年収は二千万シェンだ。もちろん全額を人件費に使うつもりはない」
「なん……ですって?」
本当ならば神城はここで『俺の年収は5300万だ』と言って見たかったのだが、さすがに真面目に自分を心配してくれているエレンに対して不誠実だと考え、自分の年収を告げることにした。
「ついでに言えば、すでに男爵への陞爵も決まっているらしい。時期はまだ不明だが、ローレン侯爵閣下が国王陛下とお話ししたことらしいから、これも確定情報だな」
「ご、ご主人様が男爵に?!」
エレンは生まれて初めて心から震え上がった。
真の幸運と、決定的な玉の輿に乗れたことに。(結婚したわけではない)
嬉しさと幸せな未来を想像し、涙すら流した。
これも初めてのことだった……。
ちなみにエレンの家の収入は、父親が生きていたときは、父が400万シェンで兄が100万シェンの合計500万シェンであり、使用人が二人居たのでマイナス200万シェンして手取りが300万シェンであった。
それが今では、男爵になった兄の収入が400万シェンだけとなっていたので、使用人の分を差し引けば200万シェンしかない。
この中で借金返済のために売り払った調度品を買ったり(客人が来た時に無様を晒せない)エレンと妹の分のドレスを買ったり(少しでも良いところに嫁いでもらわないと詰む)していたので、エレンが身売りして借金の返済の必要がなくなった(実際はまだ少し残っているので、その分も返済中)今でも彼女の実家の生活は本当にカツカツなのだ。
そんな中、侍女として未熟なエレンに対して200万シェンの賃金を支払うと言ってくれる貴族が何処に居ると言うのか。しかもその人は国王陛下からも覚えがよく、侯爵閣下の食客にして寄子なのだ!
今日も優しくしてくれたことや、昨夜は色々凄かったことも含めて考えれば、これほどの物件は他にはいない! 純粋な恋心と各種打算が入り混じった結果、エレンは『絶対に離さない!』とばかりに神城にしがみつく。
そしてしがみつかれた神城は神城で、これまで短時間で二回我慢していたことやさっきまでの桃色な空気もあり、もはや我慢の限界を迎えていた。
「……エレン」
「はい。ご主人様」
その後、二人は昼食も忘れて盛りに盛ることになる。その激しさはエレンが顔を見せないことを訝しんだ監督役が神城に用意された部屋の前に来た際に、遠い目をしながら『これが若さか』と呟くほどであったと言う。
ちなみにその報告を受けたラインハルトは「彼にも人間味があったか」と、満更でもない顔をしたとかしなかったとか。
……こうして神城の異世界生活二日目は過ぎ去っていった。
背中が!背中が痒い!
かゆ……うま……ネタを書かなきゃやってられんわ!
作者に純愛だのなんだのがかけると思っては行けませんってお話。
文中にブロント様が使う言語が多数ありますが、誤字や脱字ではありません。仕様です。具体的には『破壊力バツ牛ン』や『黄金で出来た鉄の塊』や『致命的な致命傷』ですね。
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