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16話。メイドさんのリクルート

「そもそも。現在住所不定無職の私に「仕えないか?」と言われて頷く人間が居るとは私も思ってはいないんだ。なにせ私は君たちの常識で言えば普通職の【薬師】に過ぎないのだからね」


「……そうですね」


俺の言葉を受けて、メイドさんは無表情のまま頷く。


実際問題、普通に考えれば今の俺には経済基盤が無いから、俺に仕えたところで給金を支払えるとは思えないからな。夢では飯を食えないし、身売りに近い状態に身を落とすほどの状況なら、金が無いと話にならんだろうよ。


せめて俺が自分の薬局とか工房を持っていたり、相当レア度の高い職業だったらその将来性を担保にできたのだろうが、それもない。そんな俺に仕える事になったとして、自分にいったいどんな得が有るんだ? と疑問に思うのは当然だ。


だからまずはその前提を覆させていただこうじゃないか。


「だが、その前提は明日には覆ることが確定している」


「明日? 覆る?」


訝し気に首を傾げるメイドさんに、俺は更なる追撃を行う。


「そうだ。今の私は住所不定の無職だが、明日には準男爵に叙せられることが確定している」


「なっ?! ……流石に冗談では済みませんよ?」


あぁうん。目の前の男からいきなり「貴族になる!」なんて言われても信用できんわな。


「疑うのは当然だと思う」


だが事実だ。


「具体的に言えば、私はローレン侯爵閣下の寄子となることになったんだよ」


「ローレン侯爵閣下の……」


俺がローレンと長時間会談をしていたことを知っているメイドさんは、俺の話がただの妄想や与太話ではないということに気付き、真剣な表情で考え込み始めた。


「そうだ。そこで国家の客人であり、侯爵閣下の後ろ盾を得ることになった私に、なんの立場も与えないというのは外聞が悪いだろう? そのため、閣下が自分の裁量で用意できる準男爵の地位を私に用立ててくれたのだよ」


「……確かに、侯爵閣下であれば自己の判断で騎士や準男爵を任命できます。それにお客様の立場を加えて考えれば、今の時点でそのお話を荒唐無稽と断言するのは難しいですね」


「だろう? その真偽は明日になれば分かるのだから、明日にでも確認してくれたまえ」


「明日? お客様はそれでよろしいのですか?」


「ん?」


メイドさんは即答しなくていいのか? という顔をするが、そりゃそうだろ。


「ある意味で君の人生を決める決断だからね。君だって情報が欲しいだろう?」


「それは確かにそうですが」


不安そうな顔をするメイドさんだが、俺だってここで真偽の確認もしないで「俺に仕えます!」なんて奴は信用できんよ。能力的にもスパイって意味でもな。


あぁ、あとはあれを心配しているのか?


「不安そうな顔をしているな? だが、先ほども言ったがどうせ明日になれば分かることだし、特に秘密にするようなことでもないから、これを知ったからと言って消されるようなことは無いぞ?」


「そ、そうですか!」


俺がフォローを入れると、メイドさんは目に見えてホッとしたような顔をする。うん。()()()()の家の人間でしかないメイドさんが、侯爵に関わる情報なんか入手したって困るわな。


「俺が君を誘うのは、俺にはこの世界の常識が無いからだ」


「それは、そうでしょう。ですがそれなら私に拘る必要は無いのでは?」


上手い話には裏が有ると考えているのだろう。俺の事情は理解しているが、本当に準男爵になるなら寄親のローレンから人が遣わされてくるだろうし、その気になればいくらでも探せるだろう? とでも言いたいんだろう。それは確かにその通りではあるんだがな。


「勿論閣下からも人材は送られてくるだろう。新興の準男爵に仕えたいと思う人間も居るだろう。だがその裏を探るのが面倒だ」


「面倒……ですか?」


メイドさんはそんなことで? という顔をしてくるが、それこそが重要なんだろうが。


「私はこの世界の人間の繋がりが分からないからね。明日になって私が準男爵になることが知られた場合。私に仕えたいと言ってくる人間が誰の紐付きなのかも分からないし、場合によっては派閥の調整の関係でローレン閣下とは仲がよろしくない人間を薦められるかもしれないだろう? だがその点、今の君はどうだ?」


ローレンが人を出してくるのは良い。彼はそれなりに信用できる人間を送ってくるだろう。だがそれはあくまでローレンの配下だ。


俺よりもローレンを優先するだろうし、本当に日陰に生きる人間ってのは、場合によっては数十年、数代に亘って相手に仕える場合もあるらしいからな。


聞きかじった知識でしか無いが、それが本当だった場合、ローレンが送ってきた人間が王家や他国に仕える影である可能性もあるわけだ。そういった連中から教えられる常識には必ず色が着く。


……考えすぎかもしれんが、そもそも俺たちは異世界から来た特別な存在であることを考えれば、己の身を護るためにできることはなんでもするべきだろうよ。


このように考えた神城は、今の段階で王家と実家以外の色が着いていない彼女を勧誘しているのだ。


「……何もありませんね」




~~~



悔しいことではあるが、エレンにしてみれば確たる後ろ盾があるならこんな立場にはなっていないし、これから自分に接触してくる貴族が居たとしても、そいつよりもローレンを頼るだろう。


ここまで考えてエレンは、自分は神城にとって稀少な存在なのだと理解することができた。


ただしそれはエレンに限った話ではない。言ってしまえば、今の段階で神城のことを知らない侍女全員に言えることだ。……今のところ神城にそのつもりは無いのだが、エレンはもしも自分がこの提案を断ったなら目の前の男は他の侍女に話を持っていくのではないか? と考えた。


もしも彼が言っていることが本当だったなら、彼に仕えることでエレンはローレン侯爵の庇護下にある準男爵の下で働くことになる。それは彼女にとって、娼婦の真似事をするよりもよっぽど良いことだ。


ちなみに王国の制度では準男爵という爵位は一代限りの叙爵の場合が多いのだが、実際に一代限りで終わるのは相当稀なことであった。


何故かと言うと、そもそも叙爵を受けた人物は、一代限りとは言え、貴族に名を連ねることを許されるだけのナニカを持っている人間であるからだ。


分かりやすいのは商人だ。この場合、商人が持つナニカは莫大な資金だということは言うまでもない。では、一代限りの貴族となったその商人が死んだら、その資金が無くなるのか? という話である。


資金を生み出すのは商人個人ではなく、商人が作り上げた商会だ。その商会がある以上「父親が死んだから、これからお前はただの商人な」などと言って商人の子供を切り捨てるだろうか?


答えは否。 


無論、一代で商会を大きくした商人の息子がボンクラで、引き継いだ商会を潰すこともある。しかしそうでない限りは、その商会が生み出す資金を宛にして子供にも一代の貴族位を継承させるのが常となっている。


それを考えれば、エレンの目の前に居る男は、一代で、否、一日で貴族に名を連ねることを認められるナニカを持っていることになる。


そのナニカの内容にもよるが、彼に仕えることで得られるモノは少なくとも娼婦としての給金や、エレンが当初考えていたような薬の横流しなどよりもよっぽど実入りが良いものになるだろうことは想像に難くない。


ならばここは乗るべきだ。そう考えたエレンは一つ決意をして神城に問いかける。


「こちらからもお客様にお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「なんだろうか? 答えられることならお答えしよう」


先程自分が言った言葉をそのまま返され「性格は悪いのね」と頭の中で神城に対する評価を一つ書き足すも、そんなことはおくびにも出さずに(神城にはバレバレだったが)聞きたいことを聞くことにした。


「もしも私がお客様に仕えることになった場合の話です。お客様は私にどのような待遇を下さる予定なのでしょうか?」


もしもただの側女扱いであるならば、彼に仕えても良いことは無い。いや、給金を貰えることは確実だし、ローレンという大貴族とも薄いながらも縁ができるのだから、決して得が無いわけではないが、それでも待遇が良いことに越したことは無い。


「あぁ、なるほど。それは重要なことだな」


そんなエレンの考えを読み取ったのか、神城もまだ就労条件を提示していなかったことに気付いて、頬を掻きながら一度頷いて腹案を述べる。


「こちらの文化をよく理解できていないからね。とりあえずはメイド長とか筆頭侍女みたいな女官の筆頭のような扱いだね。勿論給金は相場に多少色を付けることになるだろう」


「筆頭女官……ですか」


それは娼婦もどきの仕事を強要される今の状態と比べて格段に上の扱いである。


思った以上の好待遇に思わず笑顔を見せそうになるエレンであったが、ここで足元を見られては困る! と考え直し、なんとか笑顔を見せることを堪えることに成功した。


……その結果、顰めっ面になったのは御愛嬌と言ったところだろうか。しかしそんな彼女の表情を見た神城は「扱いが軽かったか?」と思いながら言葉を紡ぐ。


「貴族の令嬢である君には不満があるかも知れないが、今の私にはそれが精一杯でね。ただ、金銭的には苦労させないということは約束しよう」


「い、いえ。立場についての不満はありません。……無論貰えるものは頂きますが」


自分が不満を抱いていると思われていることを自覚したエレンは、むしろそれでお願いします! と言いたくなる気持ちを抑えながらも、しっかりと自己主張することを忘れなかった。 彼女からすれば、待遇もそうだが後半の金銭的な援助が何よりも大事なことなのだ。


「では?」


「はい。お客様が準男爵に叙せられるということが本当であったなら、お客様にお仕え致したいと思います。人事に関してはお客様がなんとかしてくださるのでしょう?」


「無論だ」


現在接待役の侍女でしかないエレンには、自分の意志で勝手に仕える主を代える権利など無い。


だからこそ「ローレンの力を使って自分を引き抜いてくれ」と告げると、神城はそんな彼女に対して苦笑いをしながら、了解の意を示すと同時にエレンの手を軽く握り、彼女を寝台へと導く。


「えっと?」


今までそんな素振りを見せなかった神城が急に自分に接触をしてきたことに目をパチクリさせるエレンであったが、神城からすれば、リクルートに成功した時点でエレンはハニトラや美人局(つつもたせ)を警戒する相手ではない。


ならば何を遠慮することがあろう。


「これも君の仕事だろ?」


「……そうでしたね」


そもそも夜の世話もエレンの仕事であるのは事実だし、神城も一度も「シない」とは言っていない。


「あの、さ、先ほども言いましたが」


「うん?」


「は、初めてですので、何卒よろしくお願いします……ご主人様」


さっきほどは『仕事』と割り切ったうえで勢いで済ませようとしていたが、いざこうなると気恥ずかしさが前に出てしまう。


「……善処する」


クールなリアルメイドさんからそんな態度を取られた神城は、なんとかその一言だけを絞り出すことに成功するも……善処は所詮善処でしかなかったとだけ明記しておこう。







翌朝、侍女たちが集まる中で『痛かった』とか『早かった』だとか『勢いだけね』などと言う声が上がる中、同僚に尋ねられたエレンはただ一言『凄かった』と答えたと言う。

神城=サン。色々とご立派な大人だったもよう。


ちなみに、黒髪で真面目系なメイドさんと聞いて作者がイメージするのはナーベラル=サンです。


ちなみにメイドさんと侍女さんは職責も立場も勿論給料等の待遇も全然違います。


お手付きになった場合ですが……奥さんが居なければ特に問題ありませんね。


特に今回の場合は国からの要請なので、誉められることはあっても怒られることはありません。


エレンさんだのローレン侯爵だの、どんだけ作者にネーミングセンスが無いんだってお話。



―――




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