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13話。交渉終了

「あぁ無論私とて既存のギルドがあることは承知しております」


「うむ」


既得権益を侵す新規参入者はどこの世界でも邪魔者扱いされるのが常である。そして侯爵であるローレンとて、国中に存在するギルドの存在を軽視することはできない。


そのため神城に薬を造りたいと言われたローレンは「どうやってやめさせようか?」と考えたのだが、当の神城は既得権益に関しても理解しているというではないか。


彼の態度から何の考えも無く囀っているわけではないと理解したローレンは、その提案の内容を細かく聞くことにした。


「そこで私は彼らにも利益を与え、閣下にも利益を出す提案をご用意させて頂きました」


「……そのようなことが可能だと?」


「えぇ。それも比較的簡単にできることです」


「……」


無言のローレンから「焦らさなくて良いからさっさと話せ!」という目を向けられ、神城は内心で浮かべた笑みを隠しつつ、話を進めていく。


「簡単な話なのですけどね? 各家庭に常備薬を用意することは可能ですか?」


「常備薬? 各家庭に薬を用意すると?」


「えぇ。それぞれの家に火傷用の薬や熱が出た時の解熱剤、簡単な頭痛薬等を置かせます」


「置かせる?」


「はい。買わせるのではなく、最初は置かせるのです」


「買わせない? しかしそれでは利益にならぬのでは?」


「いえ、これから利益を出す方法があるのですよ」


「……聞かせていただこう。あぁ、その前に。おい、人払いを」


「はっ!」


話が本題に近付くにつれて二人の距離は縮まり、その距離に比例して声量も低くなっていく。


傍から見れば悪巧みをする貴族と商人の図である。当の二人はお互いの見た目を気にせずに話を進めていく中、執事っぽい男性は二人の会話が余人に聞かれることが無いよう、命令通り人払いを行う。


「お待たせした。では続きを」


「はっ」


室内の人間と一定の距離ができたことを確認した二人は会話を再開する。


「まず第一の利益。人頭税を上げることができます。もしくは新たに薬税という税を設定しても良いかもしれません」


「……増税? 貴殿は簡単に言うが、税とは簡単に上げられるモノではないぞ?」


まともな国家に仕えるまともな貴族であれば、平民から死ぬまで搾り取る! などということはしない。生かさず殺さずのラインを見極め永続的に巻き上げるのが優れた貴族というものだ。


そのため現在の王国の平均税率は『民衆が僅かに貯蓄できる程度』を目安としたバランスの上で設定されているので、軽々しく税を上げることは難しいものがある。


そのことを理解していない神城に対し『所詮は領地持ちではない男爵家の人間か』と失望しかけるローレンであったが、残念ながら神城の言う増税はローレンが思い描くような大規模なものではない。


「無論、存じ上げております。誤解があるようですが、この増税では大幅に値を上げる必要は無いのです。毎月一人につきパンの一つくらいが買える値が適正かと」


「パンだと?……あぁ。最初は値が低いほうが受け入れやすい、ということか。うむ。薬と引き換えにその程度の増税ならば、確かに領民も納得するであろうな」


「はっ。(俺が意図するのとは違うが、この辺は統治者の考えだし。突っ込まんでおこう)それに国王陛下や他の貴族の方々に対しても増税の理由として正当な物言いができます」


「確かにそうだ。いやはや、良くできている」


『お主も悪よのぉ』といった顔をしつつ神城の提案を前向きに検討し始めたローレンに対し、彼は更なる追撃を加える。


「そして制度の管理についてです。最初領民に配布する分は税で支払います。その後は薬を使用したら使用した分だけ領民が自分たちで購入するようにします。こうすることで薬師のギルドには常時仕事が入り、閣下は面倒な手間を省きつつ、領民と薬師ギルドから税を徴収することができますな」


最初は自腹を切ると言われて一瞬嫌な顔をしたローレンであったが、後から回収できると聞かされて態度を軟化させた。


「ほほう。それは良いな」


「でしょう?(うむ。好反応。そりゃ楽して金儲けができて喜ばん為政者は居ないし、大量受注で喜ばない製造者はいないからな)」


黒い笑みを浮かべる二人を見ていた執事っぽい男は、主人とタメを張れる神城のことを「紛れもなく貴族だ」と認定した。


「つまり、領民はいざと言う時の備えができ、薬師は受注で儲け、閣下は新たな税という形で利益を得るという形を構築することができるのです」


誰も損をしない優しい世界。盗難や転売の可能性? それについて考えるのは、統治者や薬師ギルドの仕事だと神城は考えていた。


つまり面倒事は全部ぶん投げる予定だと言っても良い。


「なるほどなるほど」


「更に薬師ギルドに対して何割かの利益を要求することも可能かと」


「ふっ。その通りだな」


ローレンが用立てるのは自領の分だけ。だが薬師ギルドが用立てるのは王国全土、いや、もしかしたら他国も含まれる。それで上げた利益の数割を自分が受け取れると考えれば、初期投資など話にならないくらい美味しい話だ。


(これぞT山の常備薬システムっ!)


……本来は設置料も無料なのだが、アレは色々発達した日本だからできるのだ。中世どころか、日本以外の国で完全に再現するのは色々と無理だということを理解しているので、神城もそれに関しては早々に諦めていた。


補足をするなら、少量であっても目先の金として最低限の金を徴収させないと、貴族連中は納得しないと考えたというのもある。話に前向きなローレンを見た神城は、さらに自分の価値を高めるために提案を重ねていく。


「加えて貴族の方々向けとして、私も薬を作ろうかと思っています」


「貴殿が?」


「えぇ。私は薬師ですからね。それも異世界から召喚された際に神から授かったスキルを持つ希少価値の高い薬師です。故に貴族向けの薬を作るなら、私が適任かと(貴族が飲む薬を貴族が造る。悪くないだろう? さらにその薬を製造する貴族が自分の子飼いであると考えれば、尚更だよな)」


「確かに貴殿の意見も一理ある。しかし大抵の貴族にはお抱えの薬師や回復魔法の使い手が居るので、それほど需要が見込めるわけではないぞ?」


薬師ギルドの既得権益を抑えたとはいえ、こちらは名誉が関わってくる内容になる。故に下手に巻き込まれたくないローレンとしては、そう簡単にはいかないからそちらは諦めたらどうか?と言外に忠告をする。


しかし、その事実も、神城の予想の範疇からは外れてはいなかった。



~~~


……やはりそうか。回復魔法師に関しては女神から聞いていたし、召喚されたときに子供が騒いでたから知っているが、やはり魔法使いもそれなりに数がいるようだな。だが甘い。常備薬販売営業のニッチ根性を舐めるなよ?


「問題ありません。なにせ私が用立てる薬は、主に胃薬などの体内に作用する薬ですので」


「はぁ?」


胃薬という単語を聞いた向こうは不思議そうな顔をしてくるが、俺の『診断』は嘘を吐かん。 


いやぁ本当は暫く使わない予定だったけど、晩餐会でメチャクチャ鑑定っぽいコトをしてた奴らがいたから、俺も便乗して診断をしてみたんだ。


結果はかなり俺にとって都合が良いものだった。


たとえば目の前の貴族は『肩こり(弱)胃もたれ(弱)神経痛(中)』という診断結果が出ているんだ。ただこの診断は即座に病状が見えるものではなく、声や目の色。肌の張りや立ち方など、情報が集まれば集まるほど正確な病状が把握できるようだ。


だから鑑定みたいに相手には気付かれない……と思う。


「失礼ながら晩餐会に参加していた方々を簡単に診てみました。閣下もそうですが、貴族の方は結構な方が胃に問題を抱えているようでしたね。あぁ胃というのはですね」


言葉は伝わっても、中世風な世界では人体の臓器を示す単語の意味が伝わらない可能性に気付いた俺は、胃について説明しようとするも、それは杞憂であった。


「いや、我々も貴殿らの国で胃と呼ばれている器官は知っている。確かに日常の業務の中で胃痛や、パーティの後で胃もたれを起こす者は少なくない。貴殿はソレを癒せると?」


「さて、今はまだこちらの薬の成分や薬草などの植生を理解しておりませんので確たることは言えませんが」


「ならば「しかし!」……」


ここが勝負どころだ。そう考えた俺は、無礼になるかもしれんが向こうの言葉を遮って話を続ける。


「しかし、我が国は魔法が無いぶん薬学が発達しておりましてね? 自然にある成分だけで胃薬や解熱剤。毛生え薬などの開発に成功しております」


「なんと」


さりげなく出したが、毛生え薬はなぁ。世が世ならこれだけで天下が取れるシロモノなんだよな。


「それに、外傷を治療する回復薬があるのなら、胃薬など簡単につくれますよ?」


これは普通に自信がある。なにせ日本には糖衣に包まれた○露丸という万能薬があるからな!


「ほう?」


そんな俺の自信を感じ取ったのか、向こうはそれ以上反論するのを止めて『やれるならやってみろ』といった表情を向けてきた。



~~~



……そもそもの話だが、ローレンからすれば、神城の価値は緊急時の使者となることや、先ほどの常備薬の提案だけでも食客として抱えるにはお釣りが出ると考えているのだ。故に胃薬の作成に失敗しようとも彼を邪険に扱うつもりは無かった。


「なるほど。話は理解した。それでは、貴殿の手並みを拝見しよう」


故に、ここでローレンがこのような物言いをするのも、


「はっ。ご期待ください」


それに対して神城がこう答えたのも、極々自然な流れと言えるだろう。


「ではこれで貴殿の『提案』と『お願い』は終わりかな? もしこれ以上何も無ければ、これから貴殿の身分の登録などを行いたいのだが?」


新規に準男爵を任命するだけでなく、薬師ギルドとの折衝や、税や軍備に関しては国王とも情報交換を行う必要がある事案なので、これから忙しくなることは確定している。特に、神城を抱え込むためには召喚者を管理する立場である国王との交渉を行う必要がある。


「えぇ。特には……あぁ、申し訳ございません。もう一つお願いがございます」


それらの準備のため、ローレンはできるだけ早く動こうとしていたのだが、ここでそれらの事情を理解しているはずの神城から『待った』がかかる。それも用件が提案ではなく『お願い』と来た。


「……何かね?」


断れないような状況で最後にもう一つ『お願い』をしてくる神城に対し『交渉術としては正しい』と認めながらも、多少の不快感を覚えたローレンであったが、その不快感はすぐに霧散することとなる。


「……失礼ながら、私は未だに閣下のお名前を伺っておりません」


「おぉ! これは失礼をした!」


普通に考えれば、侯爵であるローレンに『あんたのお名前なんて言うの?』とトニー某のように聞くのは失礼を通り越して無礼極まりない態度であり、これだけで無礼討ちされてもおかしくはない行為だ。


しかしながら、神城は今日異世界からきたばかりの人間である。


当然自分のことは知らないだろうし、それを咎めるのも筋が通らない。


さらに向こうは最初に名乗っているので、無礼なのは自分だ。そう理解したローレンは、素直に謝罪し己の名を名乗ることにした。


「私は、恐れ畏くも国王陛下より軍務大臣としての地位を任じられている、ローレン侯爵家が当主、ラインハルト・ローレンと申す。これからよろしく頼むぞ神城準男爵」


「これは……軍務卿にして侯爵閣下であらせられましたか! 知らぬとは言え、これまでのご無礼、何卒……」


「よいよい。今宵は目出度き日よ。故に新たな同胞を歓迎しよう」


「はっ! ありがとうございます!」


お互いの思惑はともかくとして、こうして神城は準男爵という身分と、ローレン侯爵という後ろ盾を手に入れたのであった。

言葉遣いがおかしい?ご都合主義?

仕様です。あきらめろん。


ローエングラム閣下ではごさいません。

作者にネーミングセンスが無いのも仕様でございますってお話。



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