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2話。神城とラインハルトの会話

コミカライズ版の誤字に衝撃を受けたので初投稿です

あれは10日前のことだった。


急に上(侯爵)から呼ばれたと思い、せっかくだからと新しく作った胃に優しい赤い色のお薬を選んで持参した俺に告げられたのが『卿には戦場に行ってもらいたい』だったんだ。


正直、なんでそうなるんだ? って言葉が頭の中にリフレインしていたが、そこは鍛えられた社畜である。気付いたら理由も聞かずに『わかりました』なんて答えていたもんだからさぁ大変。


自分が何を言ったか理解して勝手に焦る俺と、そんな俺を見て焦る侯爵の図である。


あの時はなんで侯爵が焦っていたのかわからなかったが、今ならわかる。侯爵は説明を聞かずに承諾の意を示した俺がフェイル=アスト王国を見限ったんじゃないか? と焦ったわけだ。それだけではない。


(おそらくだが、あの場には姉君がいたんだろうな)


多分あの人は俺に見えない場所で監視していたんだと思う。


基本的に満足な説明もないまま無理やり戦場にいかせること自体は、普通の侯爵と男爵の関係であればそれほど問題ではない。というかそれが当たり前のことなのだと思うが、俺の場合は少し違う。


なにせ俺は、勇者一行の一員であり、外交官でもある上に、彼女らが何を差し置いても確保したいと思っている化粧品を創ることが可能な世界で唯一の生産者だからな。説明不足を理由に不満を持たれ、戦場に出たのをいいことに他国に出奔でもされたらたまったもんじゃないだろう。


敵になるくらいなら殺すことも視野に入れなければならないが、それは本当に最後の手段だ。


普通であれば殺す前に、マイセンの製作者よろしく監禁したり、足を切って幽閉したり、魔法や何やらで洗脳したうえで延々と化粧品を製造させられる道具にしようとするはずだ。


しかしそれで化粧品の品質が維持、または向上させることができるかどうかは賭けとなる。


洗脳以外の場合で言えば、最悪化粧品と偽って毒を渡される可能性だってあるのだ。とはいえ、そんな状況に置かれた俺が差し出した薬を馬鹿正直に使うはずもなし。当然奴隷などを使って実験をするだろうから『化粧品だと思ったら毒だった』なんてことはないだろうが、取り返しがつかない損失であることは間違いない。


侯爵からすればそんな損失を出した責任なんざ負いたくないだろうし、俺としても実際に逃亡しようとして捕まったのならいざ知らず、誤解がもとでそんなことにはなりたくはない。


そんなわけで利害が一致した俺たちは、お互いが焦っていることを確認して一息吐くことに成功した。


そこでまずは俺から「フェイル=アスト王国の貴族である以上、軍務にも就くことは覚悟しておりました。そのためご命令に不満は抱いていませんが詳細があるならご説明頂ければ幸いです」って感じで真意を問うことにしたんだが、その結果がなんとも言えないものだったんだよなぁ。


―――


「んんっ。卿の言葉はフェイル=アスト王国の貴族としてうれしく思う。むろん何の理由もなしに卿に戦場に行ってもらいたいというわけではない」


「はっ」


(……この様子では、本当に不満はないようだが、一応は、な)


殊勝な態度で頭を下げる神城を見て、ラインハルトは内心で深く溜め息を吐いた。


何故侯爵であり軍務卿でもあるラインハルトがここまで緊張をしているのかといえば、偏に彼の姉である王国最強の女騎士ことアンネの存在があるからだ。


彼女は神城が予想したように、隣の部屋で彼らの話を聞いているのである。


さらにこの会談に先立ってラインハルトはアンネ本人から『もしも神城卿に不満を持たれるような真似をしたらどうなるか……わかっているな? 物理的に地獄を見せるぞ?』と念を押されていたのだ。


そこまで念を押されていたにもかかわらず、会談の初っ端、それも文字通り第一歩目から踏み外した形となったとき、隣の部屋からピンポイントで殺意を向けられたラインハルトが感じた恐怖はいかほどのものか。


有言実行を旨とする姉によって地獄に落とされるという未来を予測し背中にびっしょりと冷たい汗を搔いたラインハルトではあるが、それでも彼は現役の侯爵家当主だ。


(よかった。本当によかった。だが、寄子の男爵であり客人でもある神城に無様を見せることはできん)


本当なら深く溜め息をついた上で茶か酒を飲み、全力でガッツポーズをしたいところを我慢しつつ、ラインハルトは敢えて前置きを省略し、本題である説明を開始することにした。


隣の部屋から『何をしているさっさと話さんか!』という、彼だけを狙って放たれた殺意の籠った圧力が発せられたことも無関係ではないが、それは殺気を向けられていない神城には関係のないことである。


「単刀直入に言おう。卿は頑張りすぎたのだ」


「頑張りすぎ、ですか?」


まるで隕石落としを阻止するのに失敗したかのような台詞回しであるが、紛れもない事実であった。


「まず、卿の立場は外交官だ」


「そうですね」


今更の話であるが、神城の対外的な立場は薬師ではなく外交官である。


「先だってのエルフとの会合や教会との会合によって外交的な実績も上げたな」


「えぇ」


事実なので謙遜はしないし、できない。加えて神城は外交官として同じ日本人であるキョウコの保護も行なっているので、その点でも実績といえば実績となる。


「エルフとの会合については多分に軍事的な意味もあった。だから本来であればそれほど大きく騒がれることはないのだが……それでも、な」


「あぁ。なるほど」


外交的実績に加えて『頑張りすぎた』という言葉が加わったことで、ようやく神城にもラインハルトが言いたいことに見当をつけることができた。


即ち権力争いとそれを名目とした引き抜きだ。


「外交官である以上、私は軍事を司る軍務卿閣下ではなく、外務卿閣下が管理すべき。そういうことですか?」


「そうだ」


言ってみれば実に当たり前の話である。


神城がラインハルトに従っているのは、初日の歓迎式典に於いて偶然ラインハルトが話しかけやすい位置にいたからであって、王国の序列や所属は一切関係がない。


だからこそ化粧品の存在が知れ渡った今、神城を引き抜こうとする者は多い。


これまでは軍務卿であるラインハルトと妻や母を買収された王に宰相、そして王国最強の公妃殿下が睨みを利かせていたのだが、神城の造る化粧品はその効果を超えるほどにまで影響力を強めていたのである。


さらに言えば、神城に与えられた外交官という立場は、極端な話日本からの抗議行動があった場合にのみ活用される肩書でしかなかったので、これまでのところ外務卿には手出しをすることができなかった。


しかし今は違う。微々たるものではあっても確固たる外交的な実績を上げてしまったことで、外務卿が動く口実ができてしまったのだ。


それだけではない。


「卿の考案した置き薬システム。あれ自体は薬師ギルドや商業ギルドを監督する内務卿の管轄だし、正式に動き出すことになれば多額の金が動くことになる。即ち財務卿の管轄だ」


「それは、そうですね」


置き薬システムは、言わば新しく発生する利益である。


畢竟、これによって誰かの既得権益を損ねたという話は存在しない。割を食うとすれば大量発注を受けることになる薬師ギルドだが、それだって言ってしまえばうれしい悲鳴だろう。


もしかしたら満足に眠れぬような激務を送ることになり、その最中で激務の原因を作った神城を恨むことはあるかもしれない。だが、利益を損ねたとして殺意を抱かれるようなことはない、はず。(そもそもその場合はきちんとシフト管理ができないギルドが悪い)


そんな考えがあったからこそ神城は安心して置き薬システムを提唱できたのだが、ここにきてまさかの管轄かぶりである。


誰も損はしていないのだが、そもそも人間とは時に他人が得をすることさえも許せなくなる存在である。それが対象を引き抜けば自分たちに更なる利益があるとわかっていればなおさらだ。


「今のままでは軍務卿閣下が私を抱え込む理由にならない。そういうことですね」


「そうだ」


今の神城は外交官としても内政官としても財務官としても、そして薬師としてもそれなりの実績を上げているが、軍務に関してはその限りではない。


これでは神城の帰属を問う声が上がるのも当然のことと言えよう。


ここで神城が外務卿やら内務卿やら財務卿に鞍替えをするというのであればラインハルトとしても考えがあるが、少なくともラインハルトが見たところ神城にはそういった野心はないし、事実神城としても今更ほかの大貴族の配下となって一から人間関係を構築したいとは思っていない。


「だからこそ卿には戦場に出てもらいたいのだ。無論口実はある」


軍務卿であるラインハルトの配下であり続けるためには軍事的な実績が必要となる。そして軍事的な実績を得るための近道は戦場に出ることだ。


観戦武官として戦場の空気を体験し、その経験をほかの勇者一行にフィードバックさせることも、他国の薬品を研究させることも決して嘘ではない。


だが結局のところは『今まで通りの生活がしたかったら軍事的な実績を積んでくれ』と、それだけの話なのだ。


ついでに言えば、ほとぼりが冷めるまで王都から離れてほしいとか、王都からはなれることで化粧品の生産量を絞り、敵対する派閥に所属する面々の奥方たちに対して『お前のところの旦那が騒いだから神城が戦場に出ることになった。そのせいで秘薬の生産量が落ちることになったんだぞ』と釘を刺してマウントを取ろうとしていることくらいだろうか。


「なるほど。確かに戦場に出る必要がありますよね」


この提案、実のところ神城に損という損はない。あるとすれば戦場まで赴く手間暇と戦場で多少不自由な思いをすることくらいだろうが、そもそも用意された口実が神城が自分で用意したものなので文句を言うことはできない。


まさか『面倒だ』などという理由で断ることもできない以上、後は認めるしかないのである。


「わかってくれたか」


最初に従軍を告げたときとは違い、完全に納得した様子を見せた神城を見て、ようやくラインハルトもホッと一息を吐くことができた。そして余裕ができたからこそ、というべきだろうか。


(ここだな)


「あぁ。卿の安全については安心してくれ。王国でも指折りの強者を帯同させるゆえ、な」


ラインハルトは強かに爆弾を仕込むことにした。


「おぉ、ありがとうございます! いまだに家臣団なども持たぬ身ですので、護衛にまで気が回っておりませんでした」


「うむ。卿の下に派遣しているマルレーンやマルグリットは極めて優秀な護衛だが、それでも二人では心細かろうと思ってな。あらかじめ声をかけておいたのだ」


「そうですね。彼女らを派遣してくださったことも併せて多分のご配慮を頂けたことに感謝を申し上げます」


「うむうむ。では日程などの詳細は後程まとめて知らせる故、出立の用意だけはしておいてくれ」


「はっ」


(よしっ!)


満足げに頷くラインハルトは何一つ嘘をついてはいない。


神城に国内有数の強者を帯同させるとは言っても護衛として派遣するとは言っていないし、その帯同する強者がどこからか『神城が政治の事情で戦場に赴く』ということを聞きつけ『彼に何かあったら秘薬はどうなる! というか継続した生産ができなくなることの意味を理解しているのか!』と半狂乱になって自分や宰相を殺そうとした実の姉であることを言っていないだけで、嘘は言っていないのだ。


数日後には『やられた……』と頭を抱えることになる神城も、この時点ではラインハルトらの狙いを察することはできなかった。だが、それもしかたのないことだろう。


なにせ営業で鍛えてきた上に現代日本の知識があるとはいえ所詮はなんちゃって貴族にすぎない神城と、長年上級貴族として酸いも甘いも嚙み分けてきたラインハルト。二人の間には極めて高く、そして厚い壁が存在するのだから。


せめぎあい。とすら言えない児戯のようなものですね。


閲覧ありがとうございます。


いやはや、誤字の確認はしたつもりだったんですけどねぇ。


これから修正されるかもしれませんので、ある意味ではレアなのかも?


そんなわけでコミックウォーカー様で掲載されているコミカライズ版の拙作と、頭を空っぽにして読めると評判の異世界アール奮闘記もよろしくお願いします。

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