12話。交渉開始
「私が望むのは大したものではございません」
「ほう? 遠慮は無用ですぞ?」
なにせ被害者と加害者の関係であり、非は完全に自分たちにあるのだから、ローレンとしても妥協することに否は無い。
……これが自身のミスなら揉み消しに走ったかもしれないが、ミスをしたのは召喚をした連中。つまり自分にとっては敵対派閥の人間なので、いくらでもその非を認めることができるというものであった。
そんなローレンの気持ちを知ってか知らずか、神城は言葉通りに『ささやかな要求』をする。
「客人。いえこの場合は食客でしょうか? それくらいの扱いをしてもらえるのが理想ですね」
「食客? 英雄や賓客としてではなく、食客で良いのですかな?」
欲深い者は信用できないが、欲の無い者も信用できない。そのため「望むならもっと高待遇で迎えるぞ?」という餌を差し出すも、食いつかない。それどころか餌の影に仕込まれた針を指摘することで、己の見識を示す。
「お戯れを。閣下は私があの若者たちのように、煽てられて自ら戦場に足を運ぶ戦奴に見えますか?」
包み隠さぬ言いように、ローレンは思わず苦笑いをしてしまう。そう。英雄だの賓客だのとして扱ったあとは、当然元を取るために動くことになるだろう。
国王は魔族の討滅を要求し、ローレンの場合ならば領内の魔物の掃除だろうか? 餌に食いつかずそれどころか己の仕掛けた罠をしっかりと看破してきた目の前の若者に対して、ローレンはその評価をまた一つ上げた。
「いや、やはり物の道理を弁えているようだ。それで、私に後ろ楯になれと?」
その言葉が意味するところは、大貴族による身分の保証である。
「えぇ。男爵とは言いませんが、せめて準男爵くらいは欲しいところです。あぁ無論私一代限りで、世襲はできなくとも構いません」
なんのことも無いように要求する神城だが、社会人である彼にとって金も戸籍も身分証も無い現状というのは、色々怖すぎるのだ。よって今の彼は見た目以上に本気である。
「準男爵ですか。世襲については今は何も言えませんが、貴殿の立場ならば当然の要求ではありますな」
「ご理解いただきありがとうございます(よし!)」
神城はその言葉を聞いて頭を下げつつ、内心でガッツポーズをする。
これが平民が自分を準男爵にしろと言ったのなら大問題だが、男爵家の人間を準男爵にすることには心理的ハードルの高さが違う。
それにローレンとしても、もしも自分が異国に召喚されてしまった場合を考えれば、最低限の身分の保証は求めるだろうと考え神城の要求に応じることにした。
貴族の中には平民のことなど考えない者も多いが、基本的に同じ貴族に対してはそれなりの対応を取るのが貴族というもの。これは理でも利でも、情でもない。貴族という生き物の習性と言える。
ただ神城はその習性に甘えることなく、しっかりと仕事もするつもりだ。
「それと、これからお世話になる閣下に、プラスにこそなれど、マイナスにはならないような提案をご用意しております。多少お時間を頂きたいのですが、まだお時間は大丈夫でしょうか?」
「そう言えばなにやらを提案があるとの話でしたな。これまでの会話から、貴殿の言葉には嘘は無いように見受けられる。ならばその提案も事実私にとってプラスとなるのでしょう……貴殿の提案とやらを聞かせてもらえますかな?」
これは秘書官から「嘘」のサインが来ないという事実があるからこその大盤振る舞いであった。つまり、誤魔化しはするが嘘はつかないという、T山式交渉術が勝利を収めた瞬間であった。
そんな営業の必須技能はともかくとして。神城が告げるのは、この世界の誰も意識をしていない部分であった。
「はっ。まずは向こうの国。あぁ、国名を日本というのですが、日本が攻めてきた際は私が交渉の場に立ちましょう」
「……は? 貴国が我が国に攻め入る……そのようなことが有り得るのですかな?」
予想外の提案をされて一瞬固まるローレンに対し、神城は当たり前のことのように説明をする。
「可能性の話ですがね。ですがこうして呼び出すことができるのですよ? 向こうから乗り込んでくる可能性が絶対に無いと言い切れますか?」
「むぅ。確かに」
攻めることができるなら、同じ道を使って攻められることもある。常識ではあるが、今までは無かったことなので普通なら一笑に付すところであろう。
しかしローレンは軍務大臣として軍事に造詣があるからこそ、神城の語った理屈を深く受け止めることになった。
「更に言わせていただければ、今まで何もなかったのは貴国らが召喚したのは平民だけだったからだと思われます。しかし今回は私を召喚しておりますので……」
「あぁ、それもありますか」
これもローレンの立場になって考えれば当たり前のことである。この場合で言えば他国に自国の平民が攫われたというだけなら、文句はつけるかもしれないが、適当な落としどころ見つけることもできるだろう。
しかし、攫われたのが貴族であれば話は全く変わってくるのだ。
たとえ攫われたのが男爵の家の子供とはいえ、寄子に頼まれたなら寄親は動く必要があるし、国家としても何かしらの対応を取らざるを得ない。
そう考えれば、向こうがなんとかして神城を取り戻すために道を造る可能性も考慮する必要がある。
内心で(面倒なことになった……)と思わないでもないが、神城は完全な被害者なので彼を責めるわけにはいかない。
殺すのは最終手段、まずは生かして使う。ローレンはこの時点でそう決めていた。そんな彼の内心を知らない神城は言葉を続ける。
「たとえ戦えば勝てると言っても、無駄な損害はないほうが良いですし、戦いの前に各種準備をする時間は有ったほうが良いでしょう? それらを考慮して私に最低限の立場を与えていただければ、向こうから何かしらの接触があった際に私が窓口となれます」
「確かに。それなら貴殿に立場を与えることの理由になりますな」
戦をして負けるとは言わないが、相手の情報がないまま戦っては不要な損害が出る可能性も有るし、戦は準備に時間が必要なのは事実である。
また時間稼ぎの使者として誰かを送るにしても、奴隷として扱っていた人間よりは、貴族として遇していたほうが向こうの印象が良いのは当然の話だ。
これは神城が言うように万が一の話である。
とはいえ、可能性があるなら備えるのが軍人であり為政者という者の務めでもある。
それに、この話を利用して『向こうからの侵攻に備える』という名目で軍事関係に予算を回させることも可能になるかもしれないと考えれば、ローレンにはこの可能性を否定する理由が無かった。
「ご理解いただきありがとうごさいます」
「いやいやなんの。こちらこそ、今まで考えてもいなかったことを指摘していただき感謝する」
これは本心だ。
「そう言っていただけると助かります。しかし、今の話はあくまで緊急時の話です」
「ふむ?(何が言いたいのだ?)」
訝しげに自分を見るローレンに、神城は苦笑いをしながら自身の考えを明かしていく。
「普段何もせずに遊んでくらすわけにはいきませんからね。多少のお仕事をしようかと」
「仕事? しかし……」
ローレンにしてみれば、神城の存在は緊急時の保険という意味を持つだけで十分なのだ。下手になにかをされて神城に死なれては困るので、黙って屋敷に留まってもらいたいというのが本音であった。
しかし神城は、彼の要求に答えつつも予想外な提案をする。
「はい。わたしに薬を作らせていただきたいのです」
「は? クスリ、ですか?」
「えぇ。薬、です」
呆然と聞き返すローレンに対し、神妙な顔を崩さない神城。互いの思惑を胸に、話は次の段階へと進むのであった。