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1話。プロローグ的な話。神城、戦場に出るってよ

本日コミックウォーカー様でコミカライズ版が更新される予定なので初投稿です

(どうして……)


この度フェイル=アスト王国に召喚された勇者一行の一人でありながら、軍務卿という大物との交渉の結果、男爵という爵位と外交官としての地位を得ることに成功しつつ、薬師としてそれなり以上の需要がある薬の開発者としての立場を固め、そのうえ簡単ではあるものの外交的な成果も上げることに成功したはずの神城は今、自分が『最も行きたくない場所』としていたはずの場所、すなわち戦場に向かう馬車の中で頭を抱えていた。


(どうして戦場に向かっているんですか?)


あれだけ化粧品を浸透させ、神殿やエルフとの交渉も終え、薬師としても外交官としても王都から動かす理由なんてなかったはずなのにどうして……。


宇宙を背負った猫のような表情をしつつ電話口で質問を繰り返す猫が如く現状を憂う神城。


「気持ちはわからんでもないけどさ、いい加減にあきらめな」


そんな神城に呆れたような視線を向けつつ、投げやりながらも諭すような言葉を吐いたのは、護衛であると同時に貴族でもあるがゆえに神城と同じ馬車に乗っていた女性、準男爵のマルレーン・フォン・ブロムベルクであった。


「あきらめろと言われましても……」


「言い方が悪かったなら言い直そうか? いい加減切り替えな」


「同じことじゃないですか」


「そうだね。つまりはそういうことさ」


貴族であると同時に現場の人間でもあり、さらには見た目も内面も立派な肝っ玉おっかさんであるマルレーンからすれば、神城の葛藤など無駄の極みでしかない。


故に彼女は告げるのだ、『決まったことについてとやかく言っても何も解決しないのだから、さっさと切り替えろ』と。


「それはそうなんでしょうけどねぇ」


神城とてマルレーンの言いたいことはわかる。


基本的に本社の方針、それも社長や幹部社員が集まって決めた内容に末端の営業社員が逆らえるはずがない。それは当然のことだ。


さらに言えば、今回の件に関しては何の説明もないままに勝手に決められたことを無理やり強要されたわけではない。ラインハルトからしっかりと説明を受け、多分に自業自得な面があることを理解させられた上での指示である。


(まぁ国王やラインハルト閣下からいきなりはした金と安い武器を渡されて『魔王を討伐してこい』と言われたわけではないからな。最悪の状況ではないんだが……)


当然のことながら神城に求められている役割は魔王を討伐することではない。神城に与えられた役割は、主に観戦武官兼外交官として戦場に赴いて戦場を体験することと、各国の軍が利用している薬を研究すると同時にフェイル=アスト王国と勇者一行の状況を説明することであった。


「……そうだな。そろそろ切り替えようか」


「ああ。そうしとくれ」


いつまでも頭を抱えられていると馬車の中が辛気臭くて困る。そう嘯くマルレーンをよそに、神城は現状を再確認する


(戦場の体験については、もうあきらめるしかない)


もともと戦場で使うために呼び出された以上、そういうこともあるだろう。まして自分は大人であり、貴族でもあるのだ。


異世界に来たことで最高にハイッてやつになり、自分から望んで戦場に赴くような連中ならいざ知らず、キョウコのように戦場に行きたくないと思う子供だっている。


(そういう子供に代わって戦場に出るのは大人の務めである……と自分を誤魔化すこともできなくはない)


それにフェイル=アスト王国の貴族である以上、王国(雇い主)の命令には従うべきだという社畜的な考えもある。


貴族になったのだって、嫌々とか無理やりとか気付いたら、などといった曖昧なものではなく、確固たる意志で以て貴族になると決め、自分の意志でラインハルトを交渉相手として選び、結果として貴族の立場を勝ち取ったのだから、そこに文句をつけるつもりはない。


貴族となった以上、勇者一行の代表として外交活動することも当然といえば当然のことだ。


また、今回与えられた役職が観戦武官であることについても理解はしている。


なにせ自分は男爵とはいえ軍学校を出たわけでもなければ戦場を経験したわけでもない、いうなれば完全な素人なのだ。


兵を預けるなんて以ての外。かといって一兵卒にはできない。となれば自ずとこういう立場になる。


だからこの部分も問題ない。


次いで役割だ。


観戦武官の役割は、文字通り戦場を観ることである。


神城の場合は、実際の戦場を見て、その感想を今後の勇者たちの行動に役立てるために異世界人の意見として上申するところまでがその役割と言ってもいいだろう。


(戦争ものなんて小説や映画でしか知らんが、その辺は素直な感想を述べればいいって言われたしな)


戦争の専門家であるラインハルトにとって、素人の意見など耳に入れる価値などない。


ただし前回のアンデッド事案に際して勇者を派遣しようとした王国側に対して神城が『勇者に対して精神的なダメージを与えるための作戦ではないか?』と告げたときのように、異世界人ならではの意見であればその限りではない。


そのため素人ながらも大局的な見方ができることを証明した(してしまったともいう)神城を観戦武官として前線に送り込むことに対して反対するような意見はなかった……らしい。


各国の軍人に顔を売るのは、言ってしまえばついでである。


最前線で共に戦ったり、何度も戦線を共にするようならそれなりの親しさは必要だろうが、神城の場合は違う。


(そう何度も前線に出るわけじゃないからな)


確かに神城は勇者一行の一員ではある。しかしながら、その役職はあくまで外交官であり【薬師】である。そうであるがゆえに、戦場に出るとしても後方での仕事が割り当てられることは明白なので、後方支援部隊の面々と仲良くすることはあっても、最前線で部隊指揮を執るようなお偉いさんと繋がりは必要ないのだ。


というか『できるだけ接触しないでほしい』と釘を刺されていたりする。


(お偉いさんと繋がったら化粧品が流出しますからね。わかります)


化粧品など、どう考えても戦場で友軍に送るものとしてはふさわしくない。しかし神城印の化粧品は今やフェイル=アスト王国の上層部を支える細君たちにとっての必需品である。


今やその存在は効能の評価とともにフェイル=アスト王国の貴族だけでなく、傘下の国家に所属する貴族や、外交官という名のスパイを送り込んでいる同じ三大国に数えられている神聖レムルース帝国やローレンシア連邦の上層部にさえ『若返りの秘薬』と認知されている状態だ。


当然製作者が神城であることもすでに知られている。


これまでは王国とラインハルトによって厳重に保護されていたため手出しができなかったが、戦場に出てくるとなれば話は別。


同盟国の人間だからというだけで、戦略物資に相当する秘薬を量産できる存在を放置しておくほど大国とは甘い存在ではない。


あわよくば確保。最悪でも殺す。それが彼らの神城に対するスタンスである。


ただし、彼らは神城の顔を知っているわけではないし、今回神城が戦場に出ることも知らない。それを情報部の怠慢というのは酷な話だろう。なにせ神城当人でさえついさっきまで急な決定に戸惑い、頭を抱えていたのだから。


神城の心情はさておくとして。


本来フェイル=アスト王国の上層部は神城を戦場に出すつもりなどなかった。当然だろう。王国が神城に求めているのは、いざという時の交渉役であり、戦略物資である秘薬を量産させることなのだから。


今回王国上層部がその方針を覆したのは、上記に述べたように戦場における異世界人の意見が欲しかったこと。他国が油断していること。国内で問題が発生しつつあること。そしてなにより今であれば神城が以前自分で述べた『各国で使用している薬の品質を調査したい』という要望が叶えやすいと判断したことにある。


こういった事情が重なったため今回神城は戦場に派遣されることとなったのであった。


ちなみに神城に与えられた任務を言葉を飾らずに要約すれば『これ以上目立つ前に最前線に行き、戦場を見たうえで連中が使っている薬を調査し、必要ならかっぱらって帰ってこい』となる。


つまり、エルフとの交渉をする際にラインハルトに言った言葉がそのまま返ってきた形だ。


(はい。自業自得ですね。わかります)


誰がどう見ても自業自得である。


神城が戦場に行くことを知って「そんな! 神城さんが何をしたっていうんですか!」と眦を上げたキョウコでさえ、詳細を聞いた後に「何をしているんですか……」と呆れたような視線を送ってくる程度には自業自得である。


(それだけならまだ諦めもついた、と思う)


なんとも曖昧な表現だが、もともと神城とはそういう人間だ。なので神城が本当に頭を抱えていたのはそこではない。いや、それもあるがそれだけではない。


数多の苦労を経験してきた神城をして長時間の現実逃避を余儀なくされるほどに頭を抱えることとなった要因は別にある。


(どうしてあの方が……)


その存在を思い出して宇宙へと視線を向けていると、急にガチャリという音とともに馬車のドアが開かれた。


(は?)


走行中、それも貴族である神城が乗る馬車に対して無作法極まりない行為だが、それを止めるものはいない。それもむべなるかな。


(あぁ、来たか)


「やぁ神城卿。今日もいい天気だな。それで、今日の分の秘薬はもうできたかな? まだであればこのまま待たせてもらうし、できているのであればいただきたいのだが?」


いきなりの乱暴狼藉に加えておざなり極まりない挨拶。そのうえ何かを催促してくる有様。


総合的に見て明らかにアウトな行為をしているはずなのに、誰も止めない。


馬車の中で護衛をしているはずのマルレーンや外で護衛をしていたはずのマルグリットでさえ苦笑いをするだけ。


いや、一応マルレーンは「お嬢様。さすがに走行中の馬車に乗り込むのはどうかと思いますよ?」と忠告のようなものをしているがそれだけだ。


男爵であり外交官である神城に対する無礼を咎められるどころか、むしろ「あの方が敬称をつけて挨拶!? それも『できていないのならこのまま待つ』だって!?」と挨拶したことや多少でも待つと宣言したことを驚愕される始末。


――いきなり貴族が乗る馬車にダイナミックエントリーをかましただけでなく、勇者の一人にして王国の客人でもある神城に対して戦略物資である薬の催促をするという傍若無人極まる行為を行なってもなお叱責を受けることもなく、それどころか多少の譲歩したことを驚愕される危険人物。


彼女こそ、神城の後ろ盾にして寄り親にしてフェイル=アスト王国が誇る武闘派であるラインハルトの姉にして、王の従兄弟であるミュゼルシュヴァイク公爵の妃にして、女帝や魔導公妃の二つ名を持つ王国最強の一角。アンネ・フォン・ミュゼルシュヴァイクその人であった。


「今日の分ですね。もちろんできていますとも。こちらにございます。どうぞお受け取りください」


化粧品を前にして笑みを浮かべてはいるものの、神城からみてアンネとは猛獣以上に危険な人物である。当然化粧品を渡さないなどという選択肢はない。


「おぉ! さすがは神城卿、仕事が早いな!」


「お褒めに与り恐悦至極にございます」


(ほんと、どうしてこの人がここにいるんだろうなぁ)


いろんな意味で逆らえない人物を前にして思わず胃を押さえた神城は、笑顔を浮かべて礼を述べるアンネに頭をさげつつ、彼女を同行させてきたラインハルトに対して内心で恨み言を言いながら、苦り切った表情をした彼から今回の出征に関するあれこれを告げられた時のことを思い出すのであった。

まさかの新章


続く……といいなぁ。


~~~


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