幕間……というか設定のようなお話・裏
本日は作者が書いた作品が発売となるので初投稿です。
人間社会においての常識として『【勇者】とは【魔王】と対をなす存在である』という認識がある。
事実セイヤたちが召喚された際にも国王らにもそういった認識はあるし、勇者を迎えたフェイル=アスト王国の国民もそう思っている。
しかし、実際勇者と魔王の関係について、人間が知っていることは限りなく少ない。
その証拠に人間は『勇者が召喚されたことにより、世界によって魔王が生み出されるのである』という情報すら知らないのだ。
卵が先か鶏が先か、ではない。
勇者が先で、魔王が後なのである。
故に召喚された勇者が魔王を討伐しない限り、魔王は増え続けることになる。
そして今まで魔王を討伐した勇者は一人だけ。さらにそれを成したのは初代の勇者ではなく、順に数えて六代目の勇者によるものであった。
では初代勇者とされる者が討伐したとされる竜はなんだったのか?
彼はただの力ある竜族の長であり、魔王ではない。
では初代勇者と対になっていた魔王はどうなったのか?
彼女は現在も魔族の幹部として存在している。
その初代勇者と対を成す、いわば初代魔王というべき存在。それは魔族の拠点にてアテナイスやヴァリエールとともに甘味を楽しんでいた海の王を指す言葉である。
彼女は元々クラーケンと呼ばれる魔物であった。そんな彼女はある日突然自身の力が増したことを認識した。
当時の彼女は自分の身に何が起こったのかは理解していなかったが、それでも力を得たことを喜び、野生動物としての本能に従って縄張りを拡張し、数年で大海を制する王となった。
もしこれが勇者が活躍する物語であれば、彼女は陸地も手中に収めるべく行動を起こし、そして勇者と戦っていたのかもしれない。
だが、ここで一つのすれ違いが発生した。
なんと彼女は陸地に興味を示さなかったのだ。
魔王となった彼女は陸地でも行動が可能となってはいた。されど元が巨大なイカのような魔物であった彼女にとって、陸地とはただひたすらに過ごしづらいだけの地という認識しかなかったのだからそれも当然といえるだろう。
さらにすれ違いは続く。
初代勇者を召喚した人間たちが、何故か竜族の長のことを魔王と認識していたのだ。
確かに彼は強かった。地上にいるどの生物よりも強かった。なんなら空にも敵はいなかった。
よって彼は広大な縄張を有しており、当時の人間たちは彼と彼が率いる竜族におびえながら生活していたのだ。
故に、初代勇者を召喚した者たちにとっての魔王は竜族の長であり、その説明を受けた初代勇者もそれを信じたのである。
結果、初代勇者は本当の魔王を認識しないまま竜族との闘いに赴き、そして勝利し、その広大な縄張りを奪うことに成功する。
その後初代勇者は様々な方面へと飛び、そこに暮らしていた魔物を討伐し、その縄張りを奪っていった。
しかし、彼が魔王がいる海に向かうことは終ぞなかった。当然である。人間の生活域は陸上であって海中ではないのだから。いかに欲深い人間であっても、海中を制圧するという発想はなかったのである。
そんなこんなで時は流れ、初代勇者は初代魔王の存在を認識しないままにこの世を去り、海の王もまた勇者を認識しないままに縄張りを治めることとなった。
次いで魔王となったのは空の王ことアテナイスであった。
フレスベルグと呼ばれる魔物であった彼女も、海の王と同様に突如として自分の力が増したことを認識した。
そして縄張りを広げるために活動を開始したのだが……彼女の縄張りは人間の生活圏から大きく離れていた離島であった。自由気ままに空を飛んで大陸に縄張りを広げていた彼女に対し、海を渡ることすらできなかった人間は彼女を認識することができなかった。
また、当時は過去に魔王と勘違いされるほどの力をもった魔物がいなかったため、勇者を召喚した者たは彼らを『魔王を討伐するためではなく、人間の生活域を拡大するために戦わせるため』に召喚していたという事情もある。
なんにせよ、二代目の勇者もまた魔王を討伐していないということだ。
さらに時が流れ三代目の勇者が召喚された際、世界によって魔王にされたのが、初代勇者に勘違いの末打倒された竜族の長の孫にあたる竜であった。
彼もまた例に漏れず突如として力を得たのだが、彼はタイミングが悪かった。
竜族の王を名乗った彼は人間への復讐を誓い、己の力の向上を縄張りを拡張するために動き出した。
ただでさえ圧倒的力を持つ竜が世界の後押しを得たのだ。その力はすでに尋常なものではなく、なにもなければ彼は勢力の拡張に成功していただろう。またもう少し時間があったならば未来は変わったかもしれない。
しかし運が悪いことに彼は、縄張りを拡張せんと動いた先で、アテナイスとぶつかってしまった。
全地形に対応している竜と空に特化したフレスベルグが空で戦えばどうなるか。
さらにアテナイスは魔王となって百年以上の時を過ごしていたため、力の制御に問題はなかったが、竜の王は力を得たばかりで、その制御方法さえ知らなかったのだ。
これが敗因といえばそうなのだろう。両者がぶつかった結果、竜の王は負けた。完膚なきまでに負けた。
しかし一度の敗北であきらめる竜の王ではなかった。アテナイスとの戦いでなんとか命を拾った彼は、どのような地形でも対応できることを活かし、その矛先を強敵がいる空や仇敵がいる陸地ではなく、海へと向けたのだ。
そこで彼は絶望と遭遇した。
海を目指した彼が出会ったのは、ただでさえ海に特化した魔物であるクラーケン。それも彼女はアテナイス以上に長い年月を魔王として生きていた経験をもつ魔物だ。
当然、竜の王は負けた。ぼこぼこにされて海からたたき出された。
普通なら死んでいたところだが、竜族がもつ生命力のおかげだろうか。竜の王はなんとか生き延びることができた。だがこれらの敗戦により彼は人間への復讐を目論むどころではなくなってしまう。
結局竜の王は、元々彼らが縄張りとしていた山の奥へと引き返すこととなる。
当然、三代目の勇者と遭遇することはなかった。
人間と魔王との間に大きな動きがあったのは、それからさらに百年以上経ってからのこと。具体的にはとある鬼が四代目勇者の召喚に伴って魔王として覚醒してからのことになる。
人間の生活域から離れたところにいた前任者と違い、その鬼の縄張りは人間の生活域と近かった。故に彼は何度も人間と戦い、蹂躙していくこととなった。
彼によって蹴散らされた者の中には四代目の勇者や五代目の勇者もいた。これにより人間は彼を二代目の魔王と認定し、以後の勇者たちは彼を討伐することを目的として召喚されることとなった。
ちなみに五代目の勇者が召喚された際に魔王となったのは蛇であった。しかしその蛇の王は、偶然通りがかったアテナイスに見つかり、捕食されてしまったそうな。
天敵だもの。しょうがないね。
次いで生まれた六代目の魔王は昆虫の魔王であった。今となってはその姿形は不明だが、彼はとある小国を滅ぼす直前に、その小国が破れかぶれで召喚した勇者一行と戦闘になり、激戦の末に討伐されてしまう。
これが勇者が初めて魔王を討伐した瞬間であった。
またこの戦いの際、とある能力を使って人間を辞め最終的に昆虫の魔王を殺すことに成功した勇者が、現在の魔皇である。
魔王が討伐されたことなど知らないままに召喚された七代目の勇者に対するのは、とある儀式によってアンデッドとなった女性、ヴァリエールであった。
元々人間であったことからそれなりに知性があり、さらに勇者という魔王を討伐する存在がいること知っていた彼女は、勇者が未熟なうちに……と行動を起こし、自分をアンデッドにした連中がいた国ごと勇者を滅ぼした後、多少の偽装工作を施した上で身を隠すことにした。
そうして身を隠して数年後のこと。とある山奥を拠点にして引きこもっていたところ、彼女の魔力を感じ取り、興味本位で訪れたアテナイスと遭遇。あわや戦闘になるか? と思われたところ、なんやかんやで意気投合したらしく、両者は争うことなく協力体制を築くこととなる。
空の王と不死者の王が手を組んだことなど素知らぬままに召喚された八代目の勇者は、魔族によって次々と勇者が打ち取られていく中で方針を転換した国の庇護を受け、魔王の討伐ではなく内政開発のためにその力を奮うこととなった。
だが国家が方針を転換したからといって魔王が生まれないわけではなく……八代目の勇者の対として魔王となったのはとあるエルフであった。
エルフの王は自分たちが鬼と敵対していたこともあり、人間ではなく鬼の王に挑むも、あっさりと負けてしまった。このときからエルフは魔王軍の指揮下に入ることとなった。
鬼の王の勢力拡張を横目に呼び出された九代目の勇者。その対となったのはとあるドワーフであった。
ドワーフの王は人間も嫌っていたが同時にエルフも嫌っていた。そこでとりあえず魔王軍に所属していたエルフの里を襲うことにしたのだが、それはエルフの王を配下にしていた鬼の王に喧嘩を売る行為であった。
結果、ドワーフの王は負けた。エルフの王よりもひどい目に遭ってしまった。
そうして鬼の王が人間にも魔族にも恐れられる状態となって数年後のこと。勢力を拡大していた鬼の王は調子に乗って竜の王の縄張りに侵攻してしまう。
結果は敗北。あっさりと返り討ちにあってしまった。
そして両者にとって、そして人間にとって最悪なことは、この両者の戦いの余波を元六代目の勇者が感じ取ってしまったことだろう。
両者の戦いの余波を感じて他の魔王が活動していることを確信した元勇者の彼は、まず勝者であった竜の王に戦いを挑み、勝利した。次いで敗者であった鬼の王を打倒。さらに打倒した竜の王からアテナイスや海の王の存在を知り、それらに戦いを挑み、勝利した。
――このときヴァリエールもアテナイスのついでに倒されている。
こうして歴代の魔王に勝利した彼は最終的に現存するすべての魔王を従える存在となってしまったのである。
そんなこんなで九代目勇者が没してからの百数十年は、人間が関与しないところで様々な動きがあった時期であった。
そして魔王たちがその存在を忘れかけていたころに十代目の勇者が召喚された。このとき魔王となったのが獣の王である。
海も、空も、山も、森も、鉱山も、墓場でさえもそれぞれの魔王の縄張りとなっている中で魔王となってしまった彼は、縄張を拡張するどころか己の縄張りを主張する前に魔皇に派遣された鬼の王によって鎧袖一触に蹴散らされてしまう。
決して彼が弱かったわけではない。ただ相手が悪かっただけだ。
そんな運が悪かった彼によって倒されたのが、十一代目の勇者の召喚に伴って生まれた蜘蛛の王である。
彼女は自信満々に己の縄張りに足を踏み入れた獣の王を迎え撃ったものの、経験の差を覆すことができずに敗北を喫した。
弱肉強食の摂理に従い臣従を誓ったものの、いずれ下剋上をするつもりであった彼女も、獣の王に拠点に連れられ、歴代の王と顔を合わせた際にすべてを諦めたそうな。
これが初代勇者の召喚から十一代目となる神城たちが召喚され、今に至るまでに起こった魔王に関する一連の流れとなる。
ちなみに現時点での魔族の序列は以下のようになっている。
1・魔皇
2・海の王
3・空の王
4・竜の王
5・鬼の王
6・不死者の王
7・エルフの王
8・ドワーフの王
9・獣の王
10・蜘蛛の王
尚、ヴァリエールは他の王と直接戦闘はしていないが、アテナイスと協力体制にあったことや、魔王として生きた年月が強さに繋がりやすいという各々の経験則から(満場一致で魔皇はこの経験則の適用外とされている)この順位となっている。
また、人間側は八代目以降の勇者を召喚する際にとある細工を施すことにしたため、七代目の勇者と対を成す魔王であるヴァリエールを境にして、彼女よりも前に魔王となった者と後に魔王となった者との間には隔絶した差が生まれている。
それは勇者の能力にも関係しており、もし万が一にも神城たちが本気で魔王を打倒しようとした場合、現状ではエルフの王に届くかどうかが限界点となっている。
これは世界に定められたルールに則ったものであるため、覆すことは不可能……とまでは言わないが、決して容易なことではなくなっている。
人間にとって最大の問題は、現在人間の中にこれらの事情を知る者はいない。ということである。
閲覧ありがとうございます。
書籍版に出てきた蜘蛛の王の裏設定みたいなものですね。
昨日のショートストーリーの投稿に引き続き、微妙に進んでいる拙作のコミカライズの販促と、書籍自体の販促、さらに別作品になりますが明日発売される偽典・演義の販促を兼ねての投稿となります。
新章を投稿できればよかったのですが、プロットができておりません(マジで)のでこういう形での投稿となりました。せこいと思われるでしょうが、作者は俗人ですからね。当然せこいですよ?(開き直り) こんな作者ですが、なにとぞご容赦願います。
追記。
頭を空っぽにして読めると評判の『異世界アール奮闘記』も何卒よろしくお願いします。