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幕間 勇者一行のお勉強②

RさんとNさんの決勝が面白かったので初投稿です


『知彼知己 百戰不殆:彼を知り己を知れば百戦殆うからず』


セイヤ少年も濱田少年も知っているこの名セリフは、現代日本人ならば中学生でも、否、場合によっては小学生でも知っているであろう、春秋戦国時代の軍人である孫長卿(孫武)が作成したと言われている兵法書に記されている名セリフである。


基本的に兵法書に分類される書物なので、軍事に関係する職業に就いている人間以外には無用の長物と思われがちなのだが、実際のところこの書に書かれている内容は、政治や外交はもとより、謀略や調略などといった駆け引きの場においても応用できるものが多く、名の知れた為政者や実業家のほとんどが一度は目にしていると言っても過言ではない程には著名な書物だ。


とはいえ、それは向こうの世界のこと。今重要なのはその知名度ではなく、その内容にある。


相手が軍勢であるならば、その兵数や指揮官。装備や練度。戦争の目的を知ることになるだろうか。それに対して自分たちの状況を正しく把握し、何ができるのか? ということを認識することで正しい対応を取ることが可能となる。


というか、それらを知らなければ正しい対応を取ることは不可能となり、誤った対応を取ってしまうことになるだろう。


戦争における過ちとは即ち敗北であり、戦争における敗北とは即ち死である。


それに鑑みれば、現時点におけるセイヤ少年や濱田少年は、彼らにどれだけの数がいて、その中で戦闘員がどれだけいるのかを知らない。また、魔王が存在しているということは知っているが、魔王以外の指揮官は存在しているのか否かも知らない。さらに魔族が何を求めて戦っているのかすら知らないし、王国がどのような思惑を持って動いているかも知らないのだ。


この状況を孫氏風に言えば『不知彼不知己 毎戰必殆:彼を知らず 己を知らざれば 戦う毎に必ず殆し』となり、常に危険な状態である。


この状況で警戒や情報収集を怠ることができるほど、濱田少年は現状を楽観視していない。


「場合によっては人間側が魔族を虐げている可能性だってあるぞ」


故に濱田少年は王国こそが悪である可能性も考慮していた。


「……そうだな」


昔は魔族=悪が普通だったが、最近のラノベなどでは人間こそ悪の場合もないわけではない。むしろエルフやドワーフの視点で見れば『人間こそが侵略者』というケースが非常に多い。


誘拐同然に召喚されたこともあり、セイヤ少年としては『王国こそが悪』と言われても違和感は無いと考えていた。


「だけど種族間戦争なら話は簡単だ」


「簡単?」


「あぁ。魔族には恨みはないけど、自分が生き延びるために戦うってだけの話だろ?」


王国が悪であれなんであれ関係ない。優先するのは自分のことでいい。それが濱田少年の偽らざる気持ちである。


「……それでいいのか?」


「別にいいだろ? 王国に何かされたわけでもないしな」


「誘か……召喚されてるぞ」


「それは、まぁ、な。だけどその後はどうだ?」


「その後?」


「今のところ誰かが殺されたわけでもなければ、不当に差別されたわけでもないだろ?」


「あ、あぁ。そうだな。ちょっと極端な気もするけど、言っていることはわからないでもない」


「だろ? 向こうの狙いは何にせよ、少なくとも俺たちは客人としてもてなしを受けている。維持費だってそれなりに掛かっているだろうに、な」


「それもそうだけど……」


結局濱田少年は、召喚されたこと自体は誘拐だと認めてはいるものの、その後の対応に問題があるとは思っていないのだ。


(最初から【勇者】として優遇されていたセイヤは当然としても、当初【クレーン技師】の能力を理解する前の俺はただの役立たずだった。だけどそれを咎められた覚えはないからな)


少なくとも意味が分からない職だからと言って差別されたことはなかった。まぁ予想以上に重要視されているせいでハニトラをしてもらえず、未だに大人の階段を上り損ねていることには思うところがあるものの、さすがにそれを差別という心算はない。


(まさか「僕にもハニトラしてくれ!」なんて言えないしなぁ)


最近は訓練中にメイドさんとキャッキャウフフしている同級生を見てなんとも言えない気分を抱いているがそれはそれ。不当な差別を受けているわけではない以上、元々異世界転生に淡い期待を抱いていた濱田少年には王国に対する恨みはないのである。


(恨みが無いからこそ、あとは自分の生活を維持する(もしくは向上させる)ために働くのは吝かではないんだよなぁ。で、自分に求められているのは戦闘。つまりは戦うことだしね。だったら戦うしかないじゃないか)


そう考えているものの、人間相手に暴力を振るうのには未だに抵抗があるのもまた事実。


(だけど相手が人間ではなく魔族だというのであれば、それなりに己を納得させることもできる、と思う)


現状濱田少年が持つ戦いに対する心構えは現状こんなところである。そんな濱田少年の思いを聞いたセイヤ少年はというと


「君のいうことも分からないではないよ。実際僕だってダンジョンで魔物を討伐しているからね。けど……」


濱田少年の意見に一定の理解を示すも、完全に同意することができなかった。


これはセイヤ少年が未だに『命の価値に差は無い』という現代日本の道徳教育に引き摺られているからだ。


「人間が駄目で魔族なら良いってのは納得できない、か?」


「……うん」


だったらダンジョンの魔物はどうなるんだ? という話だが、ダンジョンの魔物は生き物としての自由意志を持っているわけではないし、倒しても死体が残らない不思議生物なのでセイヤ少年から見ても同じ生き物とは認識していないのだろうと思われる。


ダンジョンの魔物に対する価値観についてはさて置くとしても、魔族に対するセイヤ少年の持つ価値観はこの世界の常識とはかけ離れているだろう。当然自分たちを召喚し、管理している王国の目的にだって適合しているはずもない。


王国としては、常日頃からこんなことを口にするセイヤ少年に『甘い』とか『現実を見ていない』という評価を下し、その価値観を修正すべく働きかけてきてもなんらおかしくはないのだ。


(でも王国はそれ(価値観の修正)をしないんだよな)


濱田少年から見ても王国側は間違いなくセイヤ少年が持つ価値観を把握している。(そもそもセイヤ少年はそれを隠していないのだから当たり前の話だが)しかし王国側がそれをどうこうするためにセイヤ少年やその周囲になんらかの働きかけを行なったことは、濱田少年が知る限り一度もない。


この事実があればこそ濱田少年は王国の誠意というか、優しさを感じているのだが、その恩恵を受けている立場にあるセイヤ少年がそれを自覚していないように見える。


(うーん。どう言ったものかねぇ)


それなりにこの世界の価値観に染まりつつある濱田少年からすれば、王国側の慈悲なのかそれとも他の理由が有るのかは不明なのだが、少なくとも王国側が永続的にこの『甘い』思想を黙認してくれるとは考えていない。


(なにせその甘い思想を持つのがよりにもよって【勇者】なんだからな)


勇者一行の代表格にして、戦闘の主力たるセイヤ少年がもしも本番で「命の価値は同じだ!」だの「魔族とも分かり合えるんだ!」などと日和った発言をして同級生たちに剣を納めるように言えばどうなるだろうか?


何気に空気が読める賢者のアサヒや、いまいち何を考えているかわからない剣聖はどう動くかわからないが、少なくとも自分の意見よりもセイヤ少年の意見を優先するであろう聖女は戦いを止めるはずだ。


(勇者と聖女が戦場で魔族を庇う。もしくは魔族との戦いを停止する? 間違いなく士気を落とす、それどころか崩壊させるよなぁ)


確実に事案である。それも国家間、もしかしたら種族間にまで及ぶかもしれない事案だ。状況によっては勇者の意見を王国の意見と捉えられてしまい、王国そのものが人類の裏切り者呼ばわりされる可能性だってある。


王国側がその爆弾の存在を知りながら放置するはずがない。


(だとすれば、王国はどう動く?)


一番簡単なのは殺すことだろう。次いで幽閉だろうか。前者は他の生徒からの反感を買うリスクがあり、後者なら勇者も聖女も種馬や肌馬のような扱いとなるが……。


(やりようによっては反感は抑えられるな)


内実はともかくとしても、傍から見れば戦場にも出ないで美女美男を選り取り見取りの状態となる。この場合、生徒の反感は二人を特別扱いしている王国よりも、特別扱いを受けている二人に向く可能性が極めて高い。


(うん。俺が王国の人ならそうする。ならそうならないためには……いや、まてまて)


濱田少年からすれば、特に接点がない聖女がどうなろうと別に構わないのだが、それなりに交遊があり、自分たちの代表と思われているセイヤ少年が種馬にされるために幽閉されてしまうのは避けたいところであった。


故にセイヤ少年がハーレム(種馬)エンドという名のバッドエンドを迎えないよう動こうと思ったのだが、ここで一つの懸念が浮かび上がってきた。


その懸念とは即ち『セイヤがハーレム(種馬)エンドを望む可能性』である。


濱田少年からすれば(全くないよりは少しくらいあった方が良い。というか俺にも下さい)と言ったところなのだが、人によっては「ハーレムは男の夢!」と断言する人もいるわけで。


(そうだよな。その可能性だってあるよな)


これまでセイヤ少年とそっち系統の話をしたことがなかったが故に、濱田少年はセイヤ少年が『ハーレム(種馬)エンドを望んでいる可能性』を考慮することを忘れていた。しかしこうして気付くことができた以上、問題はない。


(うん。そうだ。セイヤが望んでいるならここで俺が何かするのは野暮ってもんだ。……いや、確認してみないことには分からないけどさ)


「なぁ。ちょっと聞いて良いか?」


これもまた『彼を知る』ということなのだろうか。孫氏が聞けば「規模が小さすぎる」と嘆くかもしれないが、本人はいたって真面目である。


「ん? どうしたんだ? 何か問題か?」


真面目な表情を向けてきた濱田少年に対して、セイヤ少年もまた真剣な表情を向ける。


――真剣な表情で向き合う二人。期せずしてご腐人方が喜びそうなシチュエーションを作った濱田少年は、やや硬い表情のままに問いかける。


「……ディープイン〇クト(日本史上有数の種牡馬)みたいになりたいか?」


「はぁ?」


――走っても優秀で、種牡馬としても非常に優秀だった名馬、ディープ〇ンパクト。それを【勇者】に当てはめるという、神城あたりが聞けば思わず「やるな」と唸ったであろう秀逸な問いかけも、未成年かつ競馬を知らないセイヤ少年には一切届かなかったそうな。




勇者一行というか、二人しかいませんけどね。


図書室に少年二人。何も無い筈がなく……



久方振りの更新。

面白いと思って下さったなら何卒燃料投下(ポイント評価)をよろしくお願いします。




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