幕間 勇者一行のお勉強①
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普段は一括りに『勇者一行』と謳われる異世界から召喚されたおよそ20人の少年少女たちであるが、その大半は未だに王城に留まり、担当者に言われるがままに訓練を行なって技術の習得・向上に努めたり、ダンジョンに潜ってレベルを上げたり、図書室で知識や情報を蓄えたりと、各自で色々な行動をとっていた。
「なるほど。これまで【勇者】が【魔王】を討伐した例は1つだけなのか」
そしてこの日、勇者一行の中で最も王家に評価されている面々は、自分たちが召喚された理由である魔族や魔王の情報を得るために、王城の敷地内に造られた図書室を訪れ、お勉強と称した情報収集を行なっていた。
「そうみたいだ。それ以降は次に現れた【魔王】に負けて殺されたり、【魔王】に遭遇する前に部下である魔族に殺されたり、人間同士の戦争で死んだり、寿命で死んだりしているんだってさ」
溜息交じりにセイヤ少年の言葉に反応したのは、クレーン技師として頭角を現しつつある濱田少年だ。なんやかんやで特別扱いをされている男同士なので、向こうにいたころとは違い、今ではこうして一緒に図書室に足を運ぶくらいには仲が良かったりする。
「出会わずに? あぁ、そりゃそうか。こっちがその気でも向こうには向こうの都合だってあるからなぁ」
魔王が常に勇者の前に立つわけでもなし。さらに言えば人間は魔王がどこを拠点としているのかすらわかっていない。故に魔王と勇者が邂逅するのは魔族と人間が争う戦場のただ中だけ。それもかなり偶発的な状況となっているらしい。
まして相手は人類とは違うとはいえ、それなりに社会性を有している組織の長である。そんな相手が、勇者とは名ばかりの実戦も知らない日本人を相手にわざわざ出張ってくるか? と問われれば、セイヤとしても首を傾げざるを得ない。
実際歴代の勇者も、その大多数が魔王どころかその配下に負けて殺されているのだから、尚更やる気も失せるだろう。
「あーうん。それも有るかもしれないけどさ」
「ん?」
相手の気持ちに立って考えた結果『そうなっても無理はないよな』という結論に行きつき、ウンウンと首肯するセイヤに一定の理解を示しつつ、濱田少年は己の考えを口にする。
「いや。あくまでも俺の所感なんだけどさ。どうも向こうの都合ってよりも、こっちが出会わないようにしているみたいだぞ」
「はぁ? それならなんのためにこの世界の人間が【勇者】を呼ぶんだよ。……あぁ、いや、そうか。連中が欲しいのは俺たちの知識と血ってことか?」
「だと思う」
「そうだとすると……あれ? 別に悪くはない、のか?」
「セイヤにどうしても魔王を殺したい! って思いがないのなら、こっちの都合で向こうと出会わないってのは決して悪いことではないわな」
「……別に俺個人としては特に魔王に恨みはないぞ」
「だろうな。俺もだ」
実際向こうの世界になんら不満の無かったセイヤ少年からすれば、まだ見ぬ魔王よりも無理やり自分たちを召喚したフェイル=アスト王国にこそ恨みがあると言えなくもない。
まぁ流石に誰が聞いているかわからないところでそこまで露骨なことは口にしないだけの分別はあるのだが。
そんなセイヤ少年の内心を慮ったうえで、濱田少年は大きく頷く。
「それに……」
「?」
「……もし俺が魔王を殺せたところで、元の世界に帰れるわけでもないんだろ?」
「多分な」
「……そうか」
(はぁ。溜息しかでない)
ここ最近のセイヤ少年の内心を言い表すとすれば、この一言に尽きる。
先程口にしたように、セイヤ少年は魔王に恨みを抱いてはいない。元々「魔王が人間の敵だ!」などと言われても、それはその世界の人間の問題であって、自分たちのような子供を誘拐してまでするようなことではないと考えているからだ。加えて、自分たちを召喚したこのフェイル=アスト王国が、思った以上に余裕があることも魔王を敵視できないことと無関係ではない。
これがもしも、魔族の大軍が城門の前まで迫っている! というのなら、異世界から戦力を呼び出すという外法を行うことに多少の理解は示せたかもしれない。しかしながら、現在この国はそこまで追いつめられているようには思えないのだ。
まぁ馬鹿正直にそれを国王や宰相に告げたとしても「そこまで追いつめられる前に対処をするのが為政者の仕事だ」という答えが返ってくるだけだろうが、それはそれ。
余裕があるくせに子供を攫って戦争に利用しようとしている王侯貴族が信用できないし、加えて『魔王を討伐しても向こうに帰れない』というのであれば、それこそ魔王を討伐する理由がないではないか。
だとしてもこの世界の権力者から『魔王を討伐しろ』と言われてしまえば、今のセイヤ少年にそれを断るだけの力はないので、魔族との戦争にその身を投じなければならなくなる。
しかし、だ。その権力者が自分たちの戦死を望んでいないというのであればどうだろう?
その場合彼らが望むのは、特別なスキルや能力が生える可能性がある特別な職業を持つ自分たちの血と、この世界の常識に囚われていない自分たちのスキルや、異世界由来の知識を利用した現状の打破。つまりブレイクスルーによる国力の向上となる。
このうちブレイクスルーを起こすことについては、セイヤ少年は早々に諦めていた。
何故か? そもそもそういったモノは技術職や生産職に就いた者に期待することであって、セイヤ少年のような純粋な戦闘職に求められるものではないし、なによりセイヤ少年自身が『自分にそういった才能がない』ことを理解していたからだ。
既に化粧でソレを成し遂げた神城や、彼に引き取られたキョウコ。さらには専門書の作製でソレを引き起こしつつある木之内女史? 彼らは色々と方向性が違うとだけ言っておこう。
閑話休題。
戦奴隷として戦争で酷使されるよりはマシとも言えるが、種馬扱いされて嬉しいはずもない。王家から何を求められているのかを理解してしまえば、溜息の一つも吐きたくなるというものだ。
(それを言ったら【勇者】の俺と【クレーン技師】の濱田ってどっちが稀少なんだろうな?)
因みに現在王家が特別な存在として認識している『勇者一行』のパーティーメンバーは、勇者のセイヤ、聖女のサオリ、賢者のアサヒ、剣聖のユカノ、そしてクレーン技師である濱田少年の5人である。
……誰がどう見ても最後がツッコミどころと思われがちなのだが、彼に直接ツッコミを入れたり、不満を鳴らして強硬手段に出ようとする者はいなかった。
それはそうだろう。
なにせ、(物理的に)桁が違うのだ。
如何に異世界に召喚されて魔力やら何やらを得て調子に乗った連中であろうと、素面の状態で「ならお前はクレーンと喧嘩して勝てるのか?」と問われて「勝てる」と断言することなどできない。というか異世界から召喚された彼らはクレーンという存在を明確に知っているからこそ、濱田少年と敵対したいとは思わない。
で、あればこそ、周囲に一目置かれる存在である濱田少年が、王家から特別扱いされるのは当然のことであり、特別同士を一纏めにして管理しようとするのもまた当然の話と言えよう。
尚、その特別扱いのせいで他の男子生徒と差別化が図られてしまった結果、迸るアツいパトスを放出させる相手が用意されず、同級生たちに差を付けられた気分になって一人悶々としているクレーン技師の少年がいるらしいが、それについてはいつか語るときがあるかもしれない。
(いや、どっちが稀少でも関係ない)
なにはともあれ。今の彼らにとって重要なのは、フェイル=アスト王国の上層部が、魔族や魔王を討伐させるために勇者を召喚したにも拘わらず、勇者を戦場から遠ざけようとするという、一見矛盾した行動を取る可能性があるということが知れたということだ。
「とにかく、今の俺たちには知らないことが多すぎると思うんだ」
「いきなりどうした? いや、否定はしないけど。短時間での詰込みが有効とは思わないけど、少しでも情報を集めておかないと、何かあった時に対応できないもんな」
「そういうこと。悪いけどもう少し付き合ってくれるか?」
「もちろんだ。俺だって無関係じゃないからな」
普段から特別扱いを受けているが故に戦争に無関心ではいられないセイヤ少年と濱田少年。真剣な表情で向き合う二人の情報収集はまだ始まったばかりである。
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