幕間。普通職の異世界のんびり生活?
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キョウコは勇者としてフェイル=アスト王国に召喚された少女である。
しかし、自分たちを誘拐した王城の面々や、彼らからの要望を唯々諾々と受けていたセイヤを信用できなかった彼女は、ある日、偶然自分たちの様子を見に来た神城に自身の保護を嘆願することとなる。
結果、キョウコは王城から神城邸へと居を移すことに成功していた。
そんな経緯があったからか、当初彼女は神城が連れてきたお客さんとして扱われる予定であった。
しかし、残念というかなんというか、神城は彼女をお客さんとして保護したわけではなく、キョウコの持つスキルと化粧品に対する知見を利用するために彼女を保護したのである。
よってキョウコは丁重に扱われながらも、悠々自適な生活などは許されてはおらず、しっかりと日々の仕事を振り分けられていた。
◇◆◇◆◇
「お仕事お疲れ様でした。キョウコ様」
「お疲れ様です。マルグリットさん」
午前中に割り当てられた属性付与と成分調整のノルマを終え、自室に戻ってきたキョウコに護衛兼監視役のマルグリットが声を掛ければ、キョウコは疲れた表情をしながらもしっかりと挨拶を返す。
挨拶は大事。いろんなところでそう教わる。そんな人間関係を構築する基本はともかくとして。
神城邸に来た当初は自分の監視役ということで紹介されたマルグリットを警戒していたキョウコであったが、神城から「怪しいことさえしなければ何も問題ない」と諭されたうえに、監視は監視でもマルグリットがしているのは王城の連中のような下心がある監視ではなく、純粋にキョウコがサボらないようにするための監視であることを知らされたことで、今では警戒心はあまりなくなっていた。
(新人のバイトがサボらないように見張るバイトリーダーみたいな感じでしょ? それならまぁ問題ないっていうか普通のことだしね。それに護衛もしてくれるって話だし、鍛錬だってしてくれるんだから仲良くしておいたほうが良いわよね)
物心ついた時から騎士として鍛えられ、若くして貴人の護衛を任される程度には腕も立つマルグリットに対する評価としては非常にアレではあるのだが、現在の二人の関係を考えれば本質的には間違っていないのがなんとも言えないところである。
そんな感じでとりあえずの距離感を見つけたキョウコと違い、マルグリットは些か微妙な感情を抱いていた。
(うーん。どうにもやりにくいというか……いや、悪いことではないのですけど)
監視&護衛対象であるキョウコからバイトリーダー扱いされていることを知らないマルグリットは、未だに護衛対象であり監視対象でもある彼女との距離感を掴みかねていた。
とは言え、監視をするにしても護衛をするにしても、無闇矢鱈と警戒されたり敵対行動を取られるよりはマシと判断しているので、現状のようにそれなりの距離感を保ちつつできるだけ友好的に接しようというスタンスでキョウコと接することにしている。
「午後からは訓練となりますので、今のうちに休憩を済ませてくださいね」
「はい。でも……」
「でも?」
「いや、訓練に文句はないんですよ? でも最近特に訓練の時間を多く取ってるみたいだから、どうしたのかなぁって思って」
キョウコとて、いつも護衛がいるわけではないので最低限自衛できるだけの実力を身に付ける必要があるということは理解している。
しかしながら、これまでは『戦闘は戦闘職に任せておけ』と言わんばかりの状態だったのが、急に『最低限の自衛ができるようになったほうが良い』と言われ、訓練をさせられているのだ。
その急な方針転換に不自然さを感じ「何があったんだろう?」と思うのは当然のことだろう。
「確かに少し急いでいるような感じはありますね。私も細かいことは聞いていませんが、国内でアンデッドが活性化したことと無関係ではないでしょう。私としては、もしキョウコ様が何かの事故に巻き込まれたりしてアンデッドと遭遇したとしても、無事に逃げられるだけの実力を求められているのではないか? と愚考しております」
ヴァリエールやアテナイスの危険性を知らされていないマルグリットは、自身が持つ情報の中で最も可能性が高いものを例に出す。これはこれで間違っていない。
「アンデッド……」
「そうです。ですがまぁ、これに関しては事故による遭遇戦を想定したものです。キョウコ様を戦場に出すようなことはありませんのでご安心ください」
「そ、そうですよね! 私は大丈夫ですよね!」
「えぇ。戦場に赴くのは戦いに向いた者だけで十分ですから。その分こっちの仕事をしてもらいますけど」
「はい! 頑張ります!」
さっきまでの気だるさはどこへやら、一気に気合が入るキョウコ。だがそれも仕方のないことかもしれない。なにしろ元々キョウコは戦場に出るのが嫌で神城に保護を願い出たのだから。
そんな戦いを厭うキョウコを見るマルグリットの目に批難の色はない。
尤も、戦士が敵前逃亡をしたのならマルグリットも不快に眉を顰めただろう。しかしキョウコは戦いを知らぬ一般人だ。それに加えて彼女に与えられた職業も【付与術士】という戦闘職とは程遠い職業である以上、必要もないのに無理に戦場に立たせる気はない。
「それにですよ? 多忙というのは評価されないことに比べたらずっと良いことなんですよ」
「あぁ、仕事があるうちが華ってやつですか? なんか社畜みたいでアレですけど、確かに何も期待されないで飼い殺しにされるよりは良いですよね」
「……社畜が何かわかりませんが、本当にそうですよ。……期待されないのは本当に辛いです」
「あ、あのぉ?」
冗談めかした言い方をしたキョウコに対し、真剣な表情で頷くマルグリット。その実感の篭った声色と表情を見て、キョウコは思わず唾を飲み込んだ。
(一時期は完全にお仕事がありませんでしたからね……わずかな期間ではありましたが、あのときは本当にきつかったなぁ)
マルグリットが思い出すのは、彼女が神城に仕えることになってからキョウコが来るまでの数ヶ月間のことである。
元々彼女が担当するはずだった神城の護衛は、本人に最低限の戦闘能力があることや、基本的に政治的な相談が絡む場合が多いためもっぱら母であるマルレーンが担当することになってしまい、予定していた仕事がまるまる浮いてしまった時期があったのだ。
その間、マルグリットはエレンやヘレナの護衛や鍛錬に付き合うことで時間を潰していたが、本来であればそれは彼女がするようなことではなく、彼女らに仕える従士が担当すべき事柄であった。
騎士として上位者に仕えることが常態化しているマルグリットは、主君から叱責されるよりも、仕事を任されないことが一番怖い。
だからこそ現在のように『仕事がある』という現状は、彼女にとって悪いことではない。否、悪くないどころか、非常に良いことだ。
なにせ現在神城が作り、キョウコが調整している秘薬は、いまやこの国の上層部に位置する者たちが血眼になって欲する超が付くほどの貴重品。マルグリットはそんな貴重品を作り出す重要人物の護衛を任されているのだから。
当然、今の彼女はそれなり以上にやりがいを感じている。
また、キョウコはキョウコで、戦場にでなくて済むうえに化粧品の品質向上に関われる現状に文句はない。
なにせこの作業をこなすことで、王国内で自分の立場を固めることができるうえ、なにより仕事の成果に比例して給料が支払われることが決まっているのだから、サボるつもりもない。
こういった事情から、両者にとって現状は不満もなければさしたる問題もないという、ある意味でストレスフリーな状態であった。
ただ、職場がストレスフリーだからといって、それですべてが解決するわけではないのも事実なわけで。
「でもね。マルグリットさん?」
「はい?」
「与えられた仕事にやりがいを感じる。それはとってもいいことだと思うんです」
「……そうですね」
急に真顔になるキョウコ。
何をいうつもりだ? もしも何か不満を漏らすのなら……と警戒するマルグリットであったが、キョウコが抱えている不満は彼女の想定する方向とはまったくの別方向のものであった。
「エレンさんやヘレナさん、毎日が楽しそうですよね?」
「……えぇ。そうですね」
「あれは『やりがい』だけじゃないですよね?」
「……ソウデスネ」
そう、仕事には不満はない。不満があるのは私生活だ。確かに仕事に文句はない。仕事に従事するおかげで生活基盤もそこそこにできた。だが、私生活に彩りがないではないか!
実に若者らしい不満と言えよう。
リーマン経験者の神城が聞けば『社会人一年生の私生活にそんなものは必要ない。覚えることが多々あるんだから、余裕が有るなら寝るか仕事を覚えろ』と切って捨てる程度の不満なのだが、この場にいるのは騎士とはいえ、キョウコと同年代の少女である。
マルグリットにはキョウコの言いたいことがよく理解できた。できてしまった。
彼女らにとって神城邸で働く同僚であり友人でもあるエレンとヘレナの姉妹は、それはもう、毎日楽しそうに仕事をしているのだから。
……もちろんそれは、彼女らの事情を知れば当然のことだと納得はできる。
姉妹で別々に脂ギッシュなおっさんに身売りし、二度と会えないような状況になることに比べたら、姉妹揃って同じ職場に就職し、ルイーザという優秀すぎるほど優秀な人物の下で修業に励むことのほうが何百倍もマシなのはキョウコにだって理解できるので、そこに文句を言うつもりはない。
だがしかし、どうしても納得できないこともある。
「二人とも、神城さんのところに行った次の日なんて本当にツヤツヤで、とってもいい笑顔を見せるじゃないですか」
「……ソウデスネ」
「私だって二人にはなんだかんだでお世話になってるし、幸せなのはいいことだと思うんですよ?」
「……ソウデスネ」
「でもねぇ、ちょっと見せつけすぎじゃないかなぁって思いません?」
「……ソウデスヨネ」
しみじみと頷き合う二人の胸中をわかりやすく言い表すならば『リア充爆発しろ(真顔)』と言ったところだろうか。
最低限の認識を共有できたと考えたキョウコは、目のハイライトを消しながら言葉を紡ぐ。
「普通さ、私みたいな女の子が『助けてください。なんでもしますから』ってお願いしたら、もっとこう、違う方向の仕事もさせるもんじゃないかなぁって思いませんか? 私だって一応そういう覚悟も決めてたんですよ?」
違う方向の仕事。つまるところ神城の部屋にある寝具の強度の確認作業のことである。
「……まぁ、そうでしょうね」
あの日、王城で神城に助けを求めたときのキョウコには、神城に差し出せるものが何もなかった。
だからこそ、代償を求められるなら自分の体だろうと覚悟を決めていたというのに、神城が彼女に求めたのは、本人も意識していなかった技術であった。つまり神城は労働力としてキョウコを欲したのであり、それ以外は何も求めてこなかったのだ。
「いや、もしもそういうことを強要されていたら少なからず失望していただろうし、今みたいに充実した日々は送れなかったとは思いますけど、だからって何も言われないのも、なんというか、ねぇ?」
「わかります」
もにょるでしょ? と同意を求めるキョウコの言葉に、もにょるの意味は分からずともニュアンスを理解して素直に同意するマルグリット。
神城が聞いたら『どうしろってんだ』と言うところだろうが、彼女たちは本気で神城の行動に不満を感じていた。
と言っても、彼氏自慢をされている女子高生が『自分にも出会いが欲しいなぁ』と思っている程度の不満でしかないキョウコに対し、この世界に於ける『行き遅れ』に片足を突っ込んでいることを自覚しているマルグリットの不満はガチである。
「私だって、私だってッ! ……羨ましいッ!」
それは正しく慟哭であった。
「あ、あの、マルグリットさんにもきっといい出会いがありますよ!」
涙目になりながら机を叩いて心の声を曝け出すマルグリットにドン引きしながらも、このままではずっと愚痴を聞かされてしまうと考えたキョウコは慰めの言葉を口にする。
しかしそれが悪かった。
「……『出会い』はあったんです」
「え?」
神城とマルグリットはマルレーンやアンネの紹介で顔を合わせた関係であり、言うなれば親公認の仲である。だから『出会い』はあったのだ。進展がないだけで。それこそが最大の問題であることを自覚しながらも進展させる方法に心当たりがない。
(エレン様もヘレナ様もこれに関しては苦笑いするだけで口添えはしてくれないし。お母様やアンネ様にはまだかまだかとせっつかれるし、もう私にどうしろって言うんですか! ……あ、そうだ。こういう時は考え方を変えると良いって聞いたことがあります!)
「よし、鍛えましょうか」
「えぇ?! なんでいきなりそうなるんですか?」
何をトチ狂ったか、いきなり真顔になって鍛錬用の武器を持ち出すマルグリットに、ちょっと何を言っているのかわからないと言わんばかりに声を上げるキョウコ。
「逆に考えるのです。待っても進展がないならもっと待てばいいさ。ってね」
「いや、その考えはおかしい」
あきらかに話の脈絡が飛んでいる。普段のマルグリットであればそのツッコミで止まったかもしれないが、自身の心の醜さを曝け出したマルグリットは、普段の彼女とは一味も二味も違った。
「……いいですか? 余裕があるから無駄なことを考えてしまうんです」
「いや、確かにそういうときもあるって言いますけど」
「そうでしょうそうでしょう。だから余裕をなくしましょう。うん、それで全部解決するはず!」
「いや、それって結局現実逃避……」
「HAHAHA、何を言っているのかさっぱりわかりませんね」
「いや、わかってますよねッ?!」
「ハハッ。さぁ、訓練訓練。……今日は寝かせませんからね」
「そんな誘い文句はいらなーい!」
目がぐるぐる状態になったマルグリットの様子に危機感を覚えたキョウコだったが、当然現役の騎士である彼女から逃げられるはずもなく。強制的に訓練を施されることになる。
そして数時間後。
「さぁ、あと1000回ですよ!」
「も、もう、無理……」
いつも以上に張り切っているマルグリットを前に、キョウコはそう言って倒れこむ。しかし、それで終わるほど世の中は甘くはない。
「この程度で倒れるとは……いけませんね。もっと追い込まないと」
気を失ったら助かる? ありえない。戦場で気を失ったら真っ先に殺されるか捕虜にされてしまうのだ。そんなことにならないように彼女を鍛えるのもマルグリットの仕事なのである。
「し、死ぬ。訓練で死んじゃう……」
「大丈夫です。そう簡単に人間は死にません。それに男爵様が作ってくださったお薬もありますから、倒れても起こして差し上げますよ」
「…………ソウデスカ」
この後、本当に倒れる度に神城謹製のリ○インを飲まされ、文字通り全てを振り絞る訓練を強要されたキョウコは、夜明け前に自身の体の底からナニカが出ていくのを感じたという。
――突如として異世界に召喚されたものの、戦いから逃げるために同郷の青年を頼った少女、キョウコ。彼女がこの世界でのんびりと暮らすことができる日はまだ遠い。
どこぞの魔族の襲来の余波がこんなところまで……
まぁ人間、金と余裕があると碌なことしませんからね。
無駄なことを考える余裕がなくなるくらい訓練すれば良いんです。
姉妹の生活については別の幕間で登場するかも? ってお話。
―――
書籍の発売日に投稿して宣伝ようとしたものの、文章が仕上がらずに投稿出来なかった作者を気の済むまで嗤うがいいわ。
そんなわけで書籍版、出版されました!
まぁツイッターで呟いておりますが、地元のTSUT○YA様の棚はなかなかに面白い状況でしたね。売れたのか、それとも最初から無かったのか、非常に気になるところです。
誤植については諦めました。
ご指摘頂ければ後で纏めて編集様に送りますので、情報提供の程よろしくお願いいたします!
……アマゾン様で単品3828円ってあるんですけど、これってなんぞ?
なんか作者の知らない特典とかあるんですかねぇ?
―――
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