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幕間。不遇職は……不遇職?

文章修正の可能性あり

勇者一行がお披露目された後、狙ったかのようなタイミングで(実際狙われたし、そのことは王国上層部も理解している)王国内の各所でアンデッドが活性化したのを受け、王都にて教育と訓練を受けていた勇者一行の一部は初陣を飾るために各地に派遣されることとなった。


しかしその派遣された一部の者たちの中には、各国の大使やスパイの第一目標である【勇者】の姿は見られなかった。


それは何故か? 


もちろんどこぞの男爵による提言があったことが一番の理由だが、他にも理由がある。


それは未だ勇者一行に対する(洗脳)教育が終わっていないが故に、王国上層部が勇者と他国の人間が接触することを嫌ったことだ。


なにせ彼らはこの世界に来てからまだ半年も経っていない。当然この間、フェイル=アスト王国と彼らとの間にそこそこの信頼関係は築けているいるものの、所詮は()()()()でしかないとも言える。


彼らは就労の苦労も、金の大切さも、政治家の怖さも知らない高校生である。だが王国が自分たちを誘拐した組織であるということを忘れたわけではない。そんな危険極まりない思想をもつ組織に所属する人間から聞かされた情報を頭から信じるほど愚かではなかった。


しかし、同時に高校生でしかない彼らは、情報戦のプロである大使やスパイと情報戦をやれるほど賢くはなかったし、貴族という名の政治に特化した存在と渡り合えるほどの知見があるわけでもない。


情報もなければ権力もない。まして己が自由にできる金もない。彼らにあるのは、天職という名の特殊能力とそれなりの教養のみ。


それは詐欺師が一番騙しやすい存在とも言える。そんな少年少女たちに他国の者が接触することを嫌った王国上層部は、今回の出撃に際して勇者一行を分断しつつ監視する方向に舵を切ることにした。


具体的に言えば【一個小隊につき一人か二人】といった感じに編成を整えたのだ。こうすることによって一行の監視を容易くすると同時に、他の小隊に所属する者たちを擬似的な人質とし、彼らが反逆の意図を抱く可能性を下げようと考えたのである。


この狙いは正しく機能し、出撃した聖女も賢者も、王城に残った勇者も剣聖も、今の時点ではフェイル=アスト王国に対して叛意を抱いてはいなかった。


……尤も、勇者たちは王国を完全に信用してはいないものの「何をするにも最低限の情報と知識が必要だ」と割り切っているので、今のところ王国上層部に目をつけられるような不穏な動きをするつもりはないという理由はあるのだが。


なんにせよ、現在勇者一行と呼ばれる面々にはフェイル=アスト王国に対して反意は無い。あるのは多少の不信と不満であった。


◇◆◇◆◇


「はぁッ!」


王都の訓練場にて、勇者と呼ばれる少年が、彼にしては珍しく苛立ちが混じった感情を隠さぬままに剣を振るう。


基本的に勇者ことセイヤ少年は、(いたずら)に闘争を望むタイプの人間ではない。


日々の訓練だって自身と友人たちが生き抜くために必要だと割り切っているからこそ真面目に行なっているのであって、魔族に恨みや辛みがあるわけではない。まして彼は、勇者である自分が周囲から観察されていることを自覚しているので、普段からできるだけ感情を表に出さないように振舞っていた。


よってその剣に誰が見てもわかるほどの苛立ちが乗ることは非常に珍しいことである。


では、何故現在セイヤが、周囲の面々が見てもわかるくらいの苛立ちを隠そうともしていないのか? それは今回の騒動で自分が待機を命じられたことに反発しているからだ。


「お~お~荒れてるねぇ」


「……お前は何も思わないのか?」


広い訓練場の中、離れていても感じるほどの剣圧を発生させているセイヤ少年を見て、クレーン技師としての力を開花させつつある濱田少年が軽く呟けば、いつの間にか彼の隣にいた剣聖の少女、ユカノが声を掛ける。


その声色と濱田少年を見据える視線には、セイヤの様子を見て他人事のような声を挙げた濱田少年を非難するような感情が見え隠れしていた。


「俺? いや、別になんとも思わないけど」


「お前はっ!」


「いや、君だって説明は受けただろ?」


「……」


どうでも良さそうに告げられた言葉に声を荒らげそうになったユカノだが、続けて紡がれた言葉を聞いて黙ることとなる。


「アンデッド相手に俺や君みたいな物理特化は相性が悪い。負けることはないだろうが、倒せても撒き散らされた腐肉の処理が面倒だ。それのせいで病気になったり、逆恨みした遺族に攻撃されたら困る。そう言われたらどうしようもないさ」


「……」


肩を竦めながらそう(のたま)う濱田少年に、ユカノは反論することができなかった。


(不満そうだねぇ。ま、気持ちはわからないでもないけどさ)


セイヤやユカノの苛立ちの大元の原因は、今回の騒動で自分たちが出撃できなかったことにある。


正確に言えば、魔法使い系の職業を持つ人間以外に待機命令が出されたせいで聖女や賢者を戦場に出すことになったにも拘わらず、戦える力を持つはずの自分が安全なところで待機しているという現状に、彼らは罪悪感のようなものを覚えているのだ。


だがそんな濱田少年にそんな感情はない。


「聞いたろ? ゾンビの発生によって最初に被害を受けるのは、ゾンビになった人の家族だって」


「……あぁ」


たとえば、子に先立たれて悲しみに暮れる親が、墓場から訪れてきた我が子を突き放すことができるだろうか。その死が数年、数十年経っており、本人の中でそれなりに自身の気持ちに整理が付いているならそれも可能だろう。


だが腐肉が残る程度の時間しか経過していないのならどうだ? 


死んだはずの子が自分に会いに来てくれた。


そう考えた親が、死んだはずの子を家の中に入れようとすることが無いといえるだろうか?


答えは否。


多少形が崩れていようと親にとって子供は子供。


子供が死んだことを受け入れられていない親は、相手がアンデッドであることを理解してもなお、彼らを受け入れてしまう。そうして迎え入れた子に自身も殺されてしまい、そこから被害が拡大してしまうのだ。


対象が恋人であったり、親であったりと細かいパターンはまちまちだが、アンデッドによる被害は概ねこういった近親者の死を受け入れられないという気持ちから端を発するケースが少なくないのである。


ではそれに対応するためにはどうするべきか?


アンデッドが発生しないようにするのが一番なのだが、それでも発生した場合、基本的な対処としては以下の4点が挙げられている。


①墓場から出られないように結界を張る

②神官による浄化

③魔法使いを含む面々による討伐

④騎士などによる討伐


まず重要なのは、結界を張ることでアンデッドを近親者の所に行かせないことだ。

これが被害拡大を抑えるための第一歩となる。


そしてアンデッドの行動範囲を抑えたならば、神官による浄化を行う。

神官だけで足りなければ、魔法使いも使う。

物理的に討伐を行うのは最終手段とされている。


これは以前アンネが語ったように、近接戦闘を主とする者達にとって腐肉の相手が面倒極まりないという事情もあるが、それ以外にも教会勢力への配慮であったり、近親者に対する配慮という意味もある。


そして、この『近親者へ対する配慮』というのが、今回ユカノやセイヤのような物理職が現場に出られない理由であった。


何せアンデッドとはいえ、元は家族なのだ。その家族が、騎士による通常攻撃で切り裂かれたり、押しつぶされたりする様を見たい者などいない。


また、騎士などによる物理的な討伐を行なった場合、目の前で家族を殺されたと錯覚してしまった者が、手を下した騎士に悪意を向けてしまい、誰も望まぬ復讐に走るようなこともあるのだ。


だが神官や魔法使いの場合は違う。


討伐方法や距離があるからだろうか? 基本的に魔法によって討伐した場合、近親者は『迷える魂を浄化してもらった』と認識しやすいし、説得もしやすいのである。


「なら物理特化の君や、魔法をうまく使いこなせない俺やセイヤが待機して、魔法に特化した連中が出撃するのは当然だろ」


「……まぁ、な」


「心配しているのかもしれないけど、それは魔法使い組に対する侮辱だと思うぞ?」


「侮辱……」


「ま、なんの心配もしていない俺よりはマシだと思うけどさ」


セイヤもユカノも『腐肉の相手が面倒だ』というだけなら出撃を望んだことだろう。しかし近親者や仲間への配慮を理由とされては口を噤まざるを得なかった。


だが身内を出撃させておきながら、自分たちが安全な場所にいるという事実は変わらない。


(それがコイツらの罪悪感を刺激しているんだろうけど、俺には関係ない)


現時点で濱田少年は、適材適所の観点からアンデッドの相手は聖女だの魔法使いに任せるべきだと割り切っており、そこに罪悪感など一切抱いていない。


ただ、自分の番が来たときのために、ちゃんと訓練をしよう。そう思うだけだ。


なにせ今の濱田少年は一時期の伸び悩んでいたころの彼とは違い、(電気)系の魔法に加え、超鋼ワイヤーを行使した物理攻撃や、クレーン(小)の重さを利用した物理攻撃。さらにレベルが上がったことで召喚できるようになったクレーンショベル(小)を使った簡単な土木工事までもが可能になっている。


その、攻撃から土木工事までを可能とする汎用性の高さから王国上層部は濱田少年を単なる戦力とは見ておらず、神城とは違った方向での活用法を模索している最中であったし、濱田少年当人もまた、自分が幅広い分野で活躍できることを自覚しているため、何時(いつ)何処(どこ)に、そしてなんのために派遣されるかを把握できていないのである。


「話はこれくらいでいいだろ。済まないが俺も鍛錬を続けるから少し離れてくれ。……愚痴ならセイヤとか他の連中と頼む。正直不毛だとは思うけれど、連中のガス抜きにはなると思うからさ(セイヤやユカノには悪いけど、今の俺にこいつらの憂さ晴らしに付き合っている暇はない)」


稀少ではあるが、先達がいて、育成方法がそれなりに確立している勇者や剣聖とは違い、これまで誰も得ることがなかったクレーン技師というユニークジョブ。それを宿した濱田少年を正しく鍛えることができる騎士はこの世界に存在しない。


で、あればこそ彼は常に己を律し、鍛え続け自分(クレーン)に宿る可能性を模索し続けなければならないのだ。そうしなければ『役立たず』として処分されてしまう可能性があるのだから。


「……そうだな。邪魔して悪かった」


「邪魔とまでは言わないけど、それじゃ」


「……あぁ(彼は強い。私なんかよりずっと)」


一言断りを入れた後、ユカノには目もくれず真剣な表情を浮かべながら鍛錬を行う濱田少年。


そんな彼は、普段気丈な態度を崩さないユカノが自分に対して愚痴のようなものを吐いた意味も、何かを言いたげな視線に込められた意味も、そして突然異世界に召喚されたかと思ったら、流されるままに戦うことを余儀なくされている現状にどんな感情を抱いていたかということも、正しく理解できていなかった。


クレーン技師と剣聖。二人の英雄の想いは、まだ交わらない。

まぁアンデッドとはいえ、自分の家族が首を刎ねられたり頭を潰されたりするのを見たい人は居ませんよねってお話。


―――


とうとう8月ですね。

書籍が売れて欲しいと思う反面、家族に見られるのが怖いと思う作者がいます。


と言うか、活動報告でご指摘を受けるまでラインハルトの紹介文の誤植に気付けなかった作者のポンコツ振りよ……


バナーから試し読み画面に飛べますので、他にも何かありましたらご連絡のほどよろしくお願いします!


―――


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