幕間。魔王軍会議(後)
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存在自体が甘ったるかった砂糖の塊は魔皇の命令によって撤去されることとなり、ようやく会議をする準備が出来上がった感じがする会議室の中。
「……さて、場の空気も変わったことだし、気を取り直して本題に移ろうか」
「「「「「はっ」」」」」
会議の開始を宣言する魔皇の男らしい決断に男性陣は無条件で追従するのだが、女性陣は未だに不満たらたらである。
「むぅ。会議なんて甘いの食べながらでもできるのに」
ヴァリエールはお気に入りの甘味を遠ざけられ不満げに口を尖らせた。
「まぁまぁあとで食べればいいじゃない」
「そうねぇ。すぐに腐るわけでもないし、あとで私たちだけで全部食べましょ?」
「……しかたない。切り替える」
空気を読まないヴァリエールをアテナイスと海の王が宥めることで、ようやくこの場に会議を行う空気が整った。
「菓子についてはそちらで好きにしてくれ。で、報告書は読ませてもらった。勇者はまだ鍛練中なので前線には出てこない。国内に於いても彼らの精神的な未熟さを加味した結果、今回こちらが仕掛けたアンデッドにも当たらせるつもりはないのだな?」
ヴァリエールも気持ちを切り替えたことで、竜の王が内心で(ようやく本題に入れた)と呟きながら尋ねると、質問を受けたヴァリエールは、菓子を退けられたことに対するせめてもの抵抗なのか、砂糖に埋もれた紅茶のようなナニカを飲みながら返事をする。
「うん。なんでもアンデッドを相手にして勇者たちの心が折れるといけないから、とりあえず国内で活性化させたアンデッドには聖女を中心とした魔法使いが出るんだって」
その言葉に反応したのは、竜の王同様に甘ったるい匂いに精神を削られていた男性陣だ。
「……なるほどねぇ。ま、誘拐してきた奴をいきなり前線に出してくる連中よりはマシだわな」
「だな。ただ大前提として誘拐をしてること自体は同じだから大差無いと言えば大差無いが、少なくともしょっぱなから奴隷として戦場に出してきた連中よりはきちんと育てようとするだけマシだろうよ」
鬼の王と獣の王はフェイル=アスト王国の行動に一定の評価をする。まぁついでに言えば彼らには「そりゃ初陣で腐肉の相手はキツいだろうな」という思いもあったのだが、同時にアンデッドの王であるヴァリエールを前にしてそのようなことを口に出すほど彼らは愚かではない。
「ふむ。元々あそこは異種族にも寛容なところはあったからのぉ。じゃが、それを上層部に提言したのが勇者の一味というのがよくわからんのぉ」
「確かに。大体召喚された勇者の一味が、この短期間で貴族としての立ち位置を得るというのがわからん。神城とか言ったか? その男爵は現段階で何かしらの功績を挙げたのか?」
そして戦闘面での配慮に理解を示した両者と違い、ドワーフの王とエルフの王はその行動を提言したという勇者の一味、つまり神城に興味を示していた。
「知らない。なんか外交官だって言ってた」
「外交官?」
「そうらしいわよ。あぁ、あと神城の職業は薬師らしいから、なんかお偉いさんにいい薬でも作ったんじゃない?」
「……なるほど」
異世界から召喚され、元いた国家から切り離された勇者の一味が外交官とはこれ如何に。
八人居る王の中で最も政治的な視野を持つエルフの王は、神城がどのようにしてその地位を得たのか不思議に思い首を傾げるも、続くアテナイスの言葉を聞いて一定の理解を示した。
「きっかけはともかくとして、その神城っていう男爵が王国の上層部から勇者一行を代表する立場として認知されているのよね?」
「うーん。それは微妙」
「微妙?」
海の王がとりあえずといった形で神城に対する評価を纏めようとするも、実際に神城と接触したヴァリエールはその評価は微妙に違うと語る。
「私たちが見たところ、神城は他の勇者とは距離を置いていた」
「「「「距離を置いている?」」」」
「そうね。本人も『自分は勇者と一緒に召喚された者の一人ではあるけど、彼らとは別の組織に属している』って感じのことを言っていたし」
「「「「別の組織?」」」」
新たに齎された情報を耳にして「どういうことだ?」と首を捻る各種族の王たち。
「確かに神城は城で確保されている勇者とか、監視付きで各地に派遣された勇者たちと比べればそこそこの権限と自由はあるみたいだった」
「だけど所詮は『そこそこ』なのよねぇ」
ヴァリエールとアテナイスが見たところ、確かに神城には一定の自由があり、それなりに影響力もあるように見えた。しかし同時に彼女らは、神城の周囲にいる者たちの大半が、神城に対して忠義を誓っているのではなく、他の誰か(おそらく後見人であるローレン侯爵)に対して忠義を誓っているように見えたのだ。
それが意味するところは……
「外交官だろうがなんだろうが、監視付きなのは変わらん。そういうことか?」
「うん」
そう。竜の王が言うように、現在神城の傍にいる者たちは監視役として神城の傍にいるのだと推察できる。
「……だが、それを以てフェイル=アスト王国を批難するわけにもいくまい。なにせ勇者が召喚されてからまだ半年も経過していないことを考えれば、監視や教育、まぁこの場合は洗脳に近いのかもしれんが、それを行うのは当然とも言えるのじゃからな」
「そうだと思う。本人もそれは認めている節があった」
「ほう。つまり神城とやらは貴族に叙せられたからといって調子に乗るような輩ではない、と」
「あ~どっちかと言うと『責任とか取りたくないから多少は不自由でも良い。なんなら貴族としての権力も外交官としての権力も無くていい』って感じのことを言っていたわねぇ」
「なんだそりゃ? その神城って奴は、この短期間で貴族になってその上で外交官って立場まで得たんだろ? まさかフェイル=アスト王国の上層部が自発的にその立場を与えたわけじゃねーだろうから、神城から働きかけがあったんじゃねーのか? それなのに権力を行使するつもりがないっておかしいだろ?」
獣の王は、そう言いながら首を傾げた。
元々フェイル=アスト王国が勇者を召喚した理由は、自分たちにとって不毛な戦に関わることを嫌ったことにある。つまり、言い方は悪いが、戦費と労力を削減するために勇者を召喚したと言っても良いだろう。
で、ある以上、勇者たちが自分たちに敵意を抱かぬよう、そこそこの扱いをしつつ経験を積ませ、いずれは戦場に派遣するように動くのがフェイル=アスト王国としての基本方針であろうことは想像に難くない。
しかし、だ。
それを行うにあたって、特定の人物を『貴族であり外交官』という特別扱いする必要があるのだろうか?いや、ない(反語)
と言うか、特定の人間を特別扱いすることは、他の勇者たちからの不平不満が発生するなどといったデメリットが生じてしまうので、本来はするべきことではないのだ。
それも、勇者だの聖女といった希少な職業に就いている者ではなく、薬師を貴族にする?
……どう考えても後々問題が発生する未来しか見えない。
魔族以上に権力に執着する人間がこの程度のことに気付かないはずがない。
薬? お抱えの薬師にすればそれで終わる話ではないか。その程度のことで異世界から戦奴隷とするために召喚した者を貴族にしたり、ましてや外交官に任命するなど、単純に考えてありえないだろう。
ならばその立場は神城が働きかけて得たものであるはず。そうして立場を得たにも拘わらず、神城は権力を行使することを厭うていると言うではないか。
「それならなんのために貴族になんてなったんだ?」
「「さぁ?」」
……王として『権利と責任』を背負う彼らに、貴族という立場が持つ『権利』だけを求めた、つまり『権利を行使しなければ責任は生じない』と考えている神城の思考が理解できるはずもない。
「あぁ、それは彼が向こうの人間であり、商人だからだろうよ」
一同が首を捻る中、一段高いところに座る男が声を挙げる。
「商人、ですか?」
その声に一番最初に反応したのは、種族的に知識欲が強いエルフの王であった。
「あぁ。これに書いてある」
視線で「なぜその答えに行き着いたのか?」と問う彼に、魔皇は苦笑いしながら、ヴァリエールが持ち帰った一枚の紙をチラつかせる。
「それは……あぁ、向こうの文字ですか」
「そうだ。どうやら神城とやらは向こうの世界で営業をしていたらしい」
魔皇が見せたのは、ヴァリエールもアテナイスも読めなかった、向こうの字で書かれた名刺であった。
「営業?」
「向こうの職業の一つだな。この場合は薬の販売員みたいなものだと思えばいい」
「なるほど」
異世界に存在する未知の職業に興味を示したエルフの王であったが、思った以上に普通の職業だったことで興味が失せたのか、
(T薬品の営業、か。自分たちを召喚したのが貴族制の封建国家だということに気付き、自己の権利を主張できる立場を得るために貴族となったのだろうよ。同時に、それだけの見識があるなら異世界の貴族に監視されることも承諾済みだ。つまり下手な動きは不可能だと初めからわかっている。ならば神城が求めたのは立場そのものであり、そこに深い意味は、ない)
「とりあえず、ヴァリエールとアテナイスは神城と今後も繋ぎを取るように。情報もさることながら、場合によってはフェイル=アスト王国を含む各国や、勇者同士に打ち込む楔として利用させてもらう。そこそこ仲が良くなるまではこちらの情報は秘匿するように」
神城の行動に不可解な行動は無い。そう判断した魔皇はすでに神城と顔を繋いだ二人に対し、新たな命令を下す。
「では敵対はするな、と?」
「そうだ。今のところどちらにも転がせる存在だからな」
「もしも向こうが敵対してきたら?」
「状況次第だな。どちらにせよ武力という面では恐るるに足らん相手だ。殺す必要はないから軽くいなして帰ってこい」
「「了解です」」
「「「「「……」」」」」
アテナイスとヴァリエールが最低限の確認を取った後で魔皇からの命令に従うことを承諾した。
他の王の中には、内心で(殺したほうがいいんじゃないか?)と思っている者もいるのだが、魔皇が『殺しても殺さなくてもいい』ではなく『殺すな』と言ったことの意味を考え、それに異を唱えるような真似はしなかった。
……わざわざ反対意見を述べて『よろしい。ならばどちらの意見を通すか決めようではないか』などと言われるのを嫌ったとも言う。
敏腕社長が率いるワンマン経営の会社に勤める中間管理職めいた処世術を習得している王たちはさておくとして。
こうして神城は魔王軍の中に於いて『不殺対象』という括りに入れられることとなったのだが、それが彼にとって良いことなのか悪いことなのか。
それは現在のところ誰にもわからない。
しかし……
「で、話は変わるがヴァリエールよ」
「ん?」
「歓待を受けた分と土産の分、きちんと代金は払ってきたのだろうな?」
「……あ」
「おいおい、食い逃げか? まさかアテナイスもか?」
「……はい」
「そうか。恩には恩で、仇には仇で返すのが流儀というものだ。今回は明らかに情報を多く貰っているし、土産まで持たされておきながら何も返礼をしないのでは我らの名折れというもの。次回はきちんと支払うように。あぁきちんと向こうが望む物を与えろよ? 不要な物を与えても返礼にはならんからな」
「「はっ」」
神城からすれば『もう関わらないでほしい』というのが最大の望みであるが、残念ながらそれを聞いたところですでに神城をロックオンした彼らに、その要求を飲むつもりはない。
――薬剤師として適当に薬をつくりながらゆっくりとした生活を送る。
そんな神城の願いが叶うのはいつの日か。
少なくとも、再度王都を訪れることになるヴァリエールとアテナイスがその願いを叶える使者でないことだけは確かであった。
無理やりまとめた感じなので、後から修正(と言うかもはや改稿)する可能性大。
まぁわざとヴェリエールに日本の名刺を渡した時点でこうなるのはほぼ確定だったので、自業自得と言えばそのとおりなんですけどね。
魔皇様に目を付けられた神城君の未来はどっちだ? ってお話
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誠に申し訳ございません。最近普通に忙しくて更新できておりません。
もう少しこの状態が続きそうです。
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