1巻分 幕間。勇者一行の一幕
明日が作者が書いた本の発売日なので初投稿です
神城が王城を出た数日後のこと。
異世界に召喚されたことから始まる様々な環境の変化に、いろんな意味で浮かれていた少年少女たちがようやく現実を受け入れ、一同がこの世界の常識や戦闘技術を学ぶ段になったとき、とある男子生徒がこんなことを言い出した。
「【勇者】。わたし達日本人はこの言葉に飽くなき憧憬を禁じ得ませんッ」
「シ、シュウヘイ?」
クラスメイトからいきなり自分の職業を名指しされて『飽くなき憧憬』を告白されたセイヤ少年は「いきなり何を?」と言う表情をする。それは彼だけでなく、周囲の女生徒たちも同様であった。
しかし、そんなシュウヘイ少年のセリフを聞いてピンときた生徒もいた。周囲から怪訝な視線を向けられて「滑ったか?」と内心で焦るシュウヘイ少年を庇うかのように、一人の少年が言葉を続ける。
「そして、わたし達は今日、その【勇者】の力を目にすることができますッ」
「ユウタも? 二人とも急にどうしたんだ?」
元ネタは今日であるが、敢えて今日としたところに、ユウタ少年の優しさがにじみ出ているが、それはそれ。
元ネタを知らないセイヤ少年たちや、騎士の皆さんは頭の上に?マークを乱立させる中、シュウヘイとユウタはノリノリで続ける。
「しかしッ、しかしですッ」
「その勇者の戦う姿を見たものがいるでしょうか?」
「その枯れた奥義が実戦の場で発揮されるのを見た者がいるでしょうかッ!」
「勇者の勝利はいつも伝説の中ですッ!」
「世間は勇者を気遣うあまり 実戦の場へ立たせようとはしなかったのですッ!」
アイコンタクトをしながら交互に告げてくる二人に、周囲は『お前ら仲良いな』と思いつつ、彼らの言いたいことを理解していく。
「異世界の方々や転生物のファンはもうそろそろハッキリ言うべきなのです!」
つまり彼らが言いたいのは、
「「【勇者】は保護されているッッッ!」」
【勇者】の力が見たい。そういうことだろう。周囲の人間はそう理解した。
ここに神城がいたら、流れてもいない汗を拭いながら『やろう……タブー中のタブーに触れやがった』と言ってシュウヘイ少年とユウタ少年の会話にオチをつけてあげるところなのだろうが、残念ながらこの場に彼らの話のネタを理解して、オチをつけてくれるような年長者はいなかった。
それどころか、
「いや、そうか?」
「むしろ最近だと勇者って陰キャにざまぁされたり、不遇職にざまぁされたり、悪役令嬢にざまぁされたりしてるから、結構不遇なんじゃね?」
「そうそう。何故か優秀な仲間の能力を理解出来ずにパーティーから追放したりしてな」
「結局一番の被害者にされるよな。まぁ勇者がクズって場合もあるけど、そんなん勇者にすんなし」
「大体、勇者パーティーに居るのに自分の力を理解できてない主人公が駄目なだけだろ」
「だよな。それに普通は追放する前に色々検証するはずだから、その検証のときに何かしらの問題があったんだよな」
「そうじゃなきゃパーティ全員が追放を認めたりしないって」
「ついでに言えば、やられたらからやり返すって言う性根が悪いんじゃない?」
「それもある」
「あー。被害者面して自分は被害者だから何しても良いって感じの奴いるよね」
「そんな性格だから追放されるんだって話だよな」
「「「だよなー」」」
などと、各々が異世界談義に華を咲かせている。
それを聞いた王城の兵士たちも
「言わんとすることはわからんでもないが」
「まぁ、保護はしてるけどよぉ」
「伝説だからこそってのはあるよな」
「力についてはレベルが上がれば分かる話だし」
「……実戦の場なんてこれからいくらでもあるからな(ぼそっ)」
「「「それな」」」
とネタにマジレスしてくる始末。
そんな周囲の反応を見たシュウヘイ少年とユウタ少年が「このままだと、ネタじゃなくて【勇者】に嫉妬したって勘違いされるんじゃね?」と内心で怯えを見せ始めたとき、二人にとっての救世主が現れる。
「わかるわ! 二人が言いたいのは『ダイヤモンドは本当に硬いのか?』ってことでしょ!」
「「せ、先生!」」
そう、今まで荒事には無関心と思われていた木之内女史である。
しかも彼女は元ネタの達人ではなく、あえてダイヤモンドのネタを引用してくると言う心憎い配慮まで見せてきたのだ。この気遣いをしてくれた彼女に対し、シュウヘイとユウタは救世主を見つけたかのような、はたまた同好の士を見つけたかのような視線を向けるも、当然周囲には何のことだかわからない。
「あの、先生?」
つまり、どういうとこだってばよ? と未だに頭の中から?マークが消えない様子のセイヤ少年が確認を取れば、木之内女史は、
「あぁ、ようするに二人は【勇者】である貴方に何かしたいわけじゃなくて、単純にネタに走っただけなの。だからあんまり深く考えないであげてね」
と、普通のテンションで普通にネタばらしをする。
「は、はぁ」
ネタにマジレスはいけない。年上の彼女に普通にそう言われてしまえば、現代っ子のセイヤとしてもこれ以上の追求は無粋と判断せざるを得ない。
結局セイヤはなんとも消化不良な思いを残しつつ、コレ以上この話題について考えることをやめた。
そんなセイヤの気持ちを理解したのだろう。木之内女史は「そうそう男の子は仲良くしなくっちゃね」と言って「助かったー」と言いながら抱き合うシュウヘイとユウタを見て目を細める。
……ここで終われば『良い話だなー』で済む話だったのだが、何処にでも空気を読めない人間は居るわけで、
「それでセイヤ。実際のところ【勇者】って何なの? 戦争に勝てるくらい凄いの?」
「キョウコ?」
この世界に召喚された時に騒ぎを起こしかけた少女であるキョウコが、どこか探るような目をしながらセイヤにそう問いかける。
元々ラノベを読まないキョウコからすれば、異世界がどうこうとか【勇者】がどうこう言われてもさっぱりわからないし、周囲に居る同級生の大半が現状に馴染んでいることが信じられない思いでいっぱいであった。その為、心の中では同級生たちがこの世界の人間に洗脳されているんじゃないか? とまで思っていたのだ。
考えすぎ? 否。普通に考えればそれも当然の考えであると言えよう。
何故なら彼女の価値観からすれば、自分たちは異世界の国家と言う良く分からない国に誘拐された被害者である。
それを踏まえて現状をたとえるなら、自分たちはどこぞの宗教国家に誘拐され、その自分たちを誘拐した宗教家の連中から『自分たちを不当に貶め、戦争を仕掛けてくる連中との聖戦に参加しろ』と銃を突きつけられながら言われているようなもの。
こう言った観点から見れば『聖戦』の相手が異教徒だろうが魔族? だろうが、それはこの国の人間の問題であり、自分たちには関係ないはず。それなのに、なんで同級生たちが積極的に彼らに協力するような姿勢を見せるのかが、さっぱりわからないのだ。
それでもまぁ、セイヤに何か企みが有るならいい。先ほどの例で言えば、自分たちは銃を突きつけられている状況なのだ。そんな状況で相手の要求を断ったらどうなるだろう?
考えるまでもなく、突きつけられた銃で撃たれて殺されるか、無一文で放り出されてしまう。相手の恩情? 誘拐犯にそんなのを求める程キョウコも愚かではない。
そして、もしも無一文で放り出されてしまった場合はどうなるだろうか? お金も無ければ戸籍も健康保険なんかもなく、それ以前に言葉や文字だってわからない。そもそもこの世界の基本的な常識がない人間が生きていけるだろうか?
答えは否。 どう考えてもそのまま野垂れ死にするか、騙されて娼婦などにされてしまう可能性が高い。その程度のことは彼女も(友達に教えて貰って)理解はしているのだ。
だからこそ、キョウコはセイヤが何を考えているのかが知りたかった。セイヤが状況を打開するための時間を稼ぐ為に向こうに協力をすることを表明したと言うなら、それで良い。
また、もしも【勇者】と言うのが「片手間で戦争相手を殲滅できるくらいに強い」と言うのなら、それはそれで話は終わりだ。
この場合『セイヤは簡単に勝てるからこそ協力する素振りをしているだけ』と見做し、キョウコも彼と共に歩むだけで良いからだ。
しかし、もしもここでセイヤが「勝てるかどうかわからない程度の強さしかない」と言うなら、セイヤが洗脳などをされている可能性を考え、彼らとは一定の距離を置かなければならないだろう。
そんな想いをひた隠しながら、ただ単純に興味があるように問いかけたキョウコの質問に対し、周囲の同級生も興味を惹かれたようで、セイヤの答えを待っている。
彼らはキョウコ程切羽詰まった思いは無い。しかし今、自分たちの目の前にいるのはあのゲームの主人公であり、剣と魔法の世界における最強職と名高い【勇者】なのだ。嫉妬やなにやらでは無いにしろ、実際に【勇者】と言う職業に興味があるのはこの場にいる全員が同じ気持ちである。
……まぁ昨今では『どっちつかず』だの『器用貧乏』だの『勇者の父の魔物使いが主人公』だの『目がスライム』だの『所詮日雇い労働者』だの『cv檜山さんなら最強』だの『勇者 (笑)』だのと色々と言われてネタ職扱いされつつある職業ではあるが、同時に『それだけの知名度が有る』と思えば、興味を持つなという方が難しいだろう。
実際に特殊四次職である【勇者】の基礎ステータスは極めて高く、過去に存在した統計厨の判別によると、そのステータスは以下の通り。
体力:A
魔力:A
力 :A
頑強:A
俊敏:A
知力:A
精神:A
器用:A
とまぁ、オールAである。つまりステータス上【勇者】と言う職は、鍛えようによっては剣も魔法も弓も罠の解除も極めて高い精度で習得出来る万能職であり、素の状態で女神からチートを授かった神城をも圧倒するステータスを保持しているのだ。
さらに言えば、天職に【勇者】を持つ者だけがなれる【勇者】の上位職も存在するらしく、そのステータスはオールSと言われているのだから、この【勇者】と言う職業がどれだけぶっ壊れた性能を持っているかと言うことは今更語るまでもないだろう。
故に、今回彼らを召喚したフェイル=アスト王国が、順調に鍛えれば決戦兵力になれるであろう才能を潰さぬよう【勇者】を保護し、無駄のないように導こうとするのは何も間違ってはいないと言うことでもある。
しかし、そんな知識は召喚されたばかりの彼らにはない。故にキョウコの問いに対するセイヤの答えは、
「実際の所、まだ【勇者】と言うのが何なのか、そしてどれだけ凄いのかは僕にもわかってない。だからこそ、これからの戦いで生き残る為にもキチンと学ぶ必要があると思ってるよ」と言うものであった。
そんなセイヤの言葉を聞いた周囲の人間は「そうだね!」だとか「頑張ろうぜ!」と言いながら、これからの授業や訓練に前向きな姿勢を見せて盛り上がる。
だが、質問をしたキョウコはその高揚する同級生たちとは違い、俯きながら「……そうなんだ」と呟くだけに留まっていた。
(まともなのは私しかいないんだ)
……異世界で孤立した自分に助けは来るのか。
来るとしたら、それは何時になるのだろうか。
それまで自分は洗脳されずに済むのだろうか。
次から次へと襲い来るネガティブな考えに叫び出しそうになるのをなんとかこらえながら、彼女はセイヤたち【勇者】一行と呼ばれる集団から少しづつ距離を取ることになるのであった。
閲覧ありがとうございます。
書籍を買われている読者様ならお分かりかと思いますが、こちらは一巻に掲載されたショートストーリーの未校正バージョンです。
完全に〇牙ですね。ありがとうございます。
冗談のような話ですがこれを普通に書籍に載せております。
……よく怒られなかったな。と今更ながらに思っております。
本日は微妙に進んでいる拙作のコミカライズの販促と、書籍自体の販促、さらに別作品になりますが明日発売される偽典・演義の販促を兼ねての投稿となります。
お目汚しとなりますが、何卒よろしくお願いします。
追記。
異世界の文芸・SF・その他に投稿している『転生先は世紀末な世界でした』も何卒よろしくお願いします。