旅路日記Ⅲ
――日記。ローマの復興が始まって、数日くらいは経った。
フロリマールは、ルミソワにいるチルパさんと連絡して、救援物資をローマに贈呈。勿論、ネロは大喜びだった。
ネロはオリヴィエの治療により、元気になった。また、母親への恨みは少し収まった。産んでくれた事には感謝する、と本人が言っていた。そして、自分と母親によって犠牲になったオクタウィアとポッパエアへ黙祷を始めた。その傍には、アクテさんがいた。
アクテさんはネロを支える為、再び皇后として即位した。二人は、本当に良い夫婦だと思う。
私の知る歴史だと、ネロは暴君としての名が高かったけど、こう言うのもありなのかもしれないって感じる。
でも、振り返ると、アグリッピナは間違ってたし、正しかったのかもしれない。
間違ってたのは、親としてネロの意見を聞かなかった事と皇帝権の乱用、同盟国を攻め立てて我が物にしようとした事。
唯一、正しかったとすれば、元老院の不正を許さなかった事。それでも、暗殺は良くない。禁固刑か懲役刑の方が妥当にも思える。
この時代、と言ったら変だけど。法律で殺人罪が周知徹底された頃と違うのは明確……。どうにも出来ないのが、悔しい。
これ以上は止そう。それにしても、疑問がある。皆、見た目に変化がない。多少は分からないと思うけど、どう見てもおかしかった。何かあるのだろうか……。
それから、数カ月が経って夏の終わりを迎える。ローマは、賑やかさを取り戻していた。ローマに、栄光あれ!




