第15節 スラム街/治療
焔は暗殺者と共に計画を進め、偽皇帝ことアグリッピナは策略を企てる。
ネロはオリヴィエの治療を受けながら、ある悩みを打ち明ける。
その数日後。ネロはオリヴィエの治療により、徐々に回復しつつあった。彼は、ルキウスと偽名して兵士からバレない様に生活をしていた。
某日の夜。焔は、夢を見ていた。
◇◆◇◆
「起きて!」
“この声、子供の男の子?”
焔は目を開くと、木漏れ日と幼い少年が目の前にいた。焔は上体を起こすと、少年は彼女に話しかける。
「お姉さん、名前は?」
「名前。私は、焔。貴方は?」
「◯◯◯◯。」
◇◆◇◆
焔は目を覚ますと、スラムのとある一軒家の部屋の天井だった。丁度、朝を迎えており、直ぐに身支度を整えた。
“何だったんだろ、今までの夢とはちょっと違う。青みがかった銀髪、綺麗だったなぁ”
「おはよ。」
焔はそう思いながらも、ロランとオリヴェエに挨拶する。
「おはようございます、焔殿。」
「おはよ、焔。早速、悪いんだけど、ネロ陛下を起こしに行ってくれる?僕たちは、料理の準備をするから。」
「OK!」
焔はオリヴィエの頼みを聞いて、ネロの元へと向かう。彼女は、ネロに優しく声を掛けて揺すった。しかし、彼は眠気たっぷりと言う雰囲気で布団に包まろうとする。
「起きないと、ご飯が冷めるよ。ネロにも用意しているから、一緒に食べよ。」
「むむ……。一人は、やだ……。」
ネロは、焔の言葉にゆっくりと起き上がって目を擦る。彼は、投獄されてから今まで一番安心して眠った事が無い、とオリヴィエは診察で分かったと言う。
寝すぎも良くない為、規則正しい生活を送る必要があるので早寝早起きの日課を行なう。
“眠そう。私も、何度か叩き起こされたけど、今はだいぶ平気になったな。人間って、不思議……”
焔はネロを起こした後、リビングまで案内してスープが入ったコップを彼に渡す。
「はい、豆のスープ。熱いから気を付けて。」
ネロは焔の忠告を受けつつ、スープをゆっくりと飲んだ。
「美味。……懐かしい味だ。アクテがいればな。」
焔は、昨日も聞いた女性と思わしき名をネロは口にした為、彼にどんな人なのかを訪ねた。
「我の幼馴染みで、妻だ。とても優しくて、いつも寄り添ってくれた。我にとって、大事な人だ。
しかし、あの日、我はアクテを暴言で傷付けてしまった。彼女は、宮廷から離れた。それ以来、会っていないのだ。どこにいるのかも、分からない。」
ネロは、寂しい表情で言った。焔は、アクテが彼の妻だと言うことは知ってはいる。しかし、彼女に会ってはいない。
それと、彼女の人格にいる魂には、成さねばならぬ事があった。
「ねぇ、アクテさんが今どうしているか、調べてみない?」
「え?でも、今は殺されるかもしれない身だぞ。どうするのだ。」
「あの二人に頼むしかない。私も、私でやらなくちゃいけない事がある。」
焔はそう言い、ロランに“ある事”を頼んだ。そして、ローマ市民の格好をして、ある場所へと向かった。
ネロは、オリヴィエの治療を受けながら彼に問う。
「なぁ、オリヴィエ。其方の考えで良いのだが、もし、其方が皇帝であるとして。親が悪いことをしていた場合、どう処罰を下す?」
「陛下……。」
「怖いのだ。親を殺めるなど、許されるものではない事は分かっている。しかし、我は、我にとって、あの女は恐ろしいのだ。記憶から消したい程だ。」
ネロは、本心を打ち明けた。
彼は、母・アグリッピナから様々な押し付けを受けてきたらしく、自分の思いを口にしても聞いてはくれなかった。それだけでなく、アグリッピナから“愛人”と言って良いくらいの扱いを受けた事があると言う。
オリヴィエは、その問いに答えた。
「私は、騎士の身です。しかし、もし、王が悪事を働くとするなら、止めに入ります。できるだけ、武力で傷付け合わぬよう。
難しい事だと分かってはいますが、私は民の為に平和に解決を望みます。昔、戦いにまで発展して被害を被った友人がいます。」
オリヴィエの言う友人とは『氷の騎士』と呼ばれた者のことである。彼は、自分の領地の民を巻き込んだ醜い争いを知っている。
「民の為に、誰も傷付けずに解決……。」
ネロはそう呟くと、オリヴィエは続けて言った。
「陛下。陛下は、陛下自身で決められるのです。自分で決めるというのは、人生の過半数を占めますから。」
『自分で決める』。その言葉は、ネロの心に深く響いた。彼は、うちに秘めた思いを口にする。
「……我は、自由になりたい!民と共に、芸術を楽しみたい!皇帝と言う役目を、自分の力で果たしたい!」
オリヴィエは、ネロが自ら言葉で思いを伝えた成長を感じた。また、ネロの瞳には確かな決意が宿っていた。
「オリヴィエ、教えてくれぬか?自分の思いは、どこまで自由なのだ?それを、我は知りたい!」
ネロは、オリヴィエにそう尋ねた。彼はネロの質問に対して、答えた。
「あくまで、自分の考えですが……。自分が嫌がる事は、家族や他人にはしていけない事です。
嫌な気持ちになるかもしれません。それでも、感謝を忘れなければ、大切な人たちは陛下を支えてくれるでしょう。」
その頃、焔は町中を歩いて、ある場所へと到着していた。
“ここだな”とエルヴィス、
“本当に良いの?エルヴィス”と焔、
“構わない。俺の力は、お前に譲渡されている。役に立つ時はあるだろう”とエルヴィス、
“まぁ、以前から助けてもら出てますね。ありがとう、ございます。……本当に、未練はないのですね?”と焔、
“あぁ。しばし、体を使わせてもらうぞ”とエルヴィスは思う。
「いらっしゃい。どの布を選ぶんだい?」
そう言ったのはクレリウスだった。彼は、ローマ市民に化けている焔に気付いていない様子だった。
「良い店じゃないか。お前の努力の賜物、だな。」
「え?その声、まさか。エル―」
クレリウスは、懐かしい声に名を言い終える直前。焔、否、彼女の体を借りているエルヴィスは、クレリウスの口を手で塞ぎ、もう一方の手は自身の口に持って行き静かにと合図する。
「ここではマズイ。奥で話そう、クレリウス。」
二人は奥へと向かい、話を始める。
「もしかして、エルヴィス、なのか?けど……。」
クレリウスは、エルヴィスにしては身長が低いと思っていた。エルヴィスはフードを外して―
「あぁ。彼女の体を借りている。お前に伝えるべきものがあるからな。」
と言い、彼女の深い事情を話した。クレリウスは、彼女が背負う事の重大さに緊張が走りつつ、伝えるべき事は一体何だろうかと疑問を持つ。エルヴィスは、彼に一つの質問をぶつけた。
「クレリウス。お前は、この服屋をどうしたいのだ?」
「どうしたいって。そりゃぁ、まだまだ小さいが、いずれ世界各地の布を買ったり売ったりできたらいいなと思っている。
あとは、スラム街にいる人たちや生活で困っている人に、無償で服を提供したいって思う。」
「本当に、良いのか?お前は、ローマ兵士になりたいと幼い頃言っていたが……。それに、あの日以来、彼女を通じて久しぶりに会った時、お前は自分を責めているように思えたんだ。」
「だって、エルヴィスを助けられなかった。それが、悔しいんだ。お前の好きだった服屋を営んで、人と関わりを持つ事。それで、お前の為になるのならって。」
「クレリウス……。一度しか言わないから、よく聞け。俺は、お前を責めたりはしない。むしろ、この店を継いでくれて感謝している。彼女が見てくれたおかげだが、お前は立派になった。
もう、俺の死を自分のせいだと思うな。これからは、テネルとこの店に足を運ぶ者たちやローマの為に頑張るのだ。お前なら、できるさ。」
「エルヴィス。……あぁ、お前がそう言うのなら、やり遂げてみせるよ。おかげで、今一度、自分がやるべき事を思い出させてもらった。ありがとな。」
「礼には及ばぬ。さて、時間はない。もう、会う事はないが、お前の働き、しっかりと見せてもらうぞ、クレリウス。」
「あぁ。見ていてくれよ、エルヴィス。」
エルヴィスは、フードを被って服屋を後にした。クレリウスは密かに彼を見送り、店の外に出て空を見上げる。
“信じられない事だったけど、エルヴィスと話すと、ヤンチャだった俺が落ち着きを取り戻す程だったな。お前のおかげで、今の俺がある。
妖精のお前からしたら、人間は短い人生だけど……しっかりとお前の分まで、生き抜いてやるよ”
街を歩く焔は、エルヴィスと脳内で会話をする。
“エルヴィス……本当に最期なの?”と焔、
“あぁ、構わない。クレリウスの意志は確かだったからな。しかし、人間とは不思議な生き物だな”とエルヴィス、
“それは、お互い様よ”と焔、
“ははっ、そうだな。……焔、お前にとって、これからは恐怖を感じる事があるかもしれん。だが、恐れを知ってこそ、立ち向かえ。良いな?”とエルヴィス、
“うん。あ、ありがと、エル”と焔は思う。
そして、彼女はエルの力を授かり、エルヴィスの魂は天へと戻って行くのであった。これで、焔、ユウ、レイ、ホムラの四人となった。
しかし、喜んでいるのも悲しんでいるのも、時は無い。
焔は、暗殺者に頼まれた魔法陣を町のあちこちへと配置して大召喚への準備を整える。一方、ネロはオリヴィエとロランの治療と教えによって、決意を固めた。
『我、ネロ=ルキウス・クラウディウスは、母アグリッピナを止め、元老院の悪事を取り締まる!』
読んでくださいまして、ありがとうございます。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
ロラン:焔殿によると、いよいよと言う所の様です。
オリヴィエ:そうだね。スラムの人たちは、徐々に元気になっていると言うのに、許せん……。
ロラン:確かに。油断はできませんが、このまま見過ごす訳には行きません。と、ここで、『イリュド豆知識!』です。
スラムの皆様にお配りしている薬は、オリヴィエ殿が手作りで行っています。その効果は、体内の有害物質を体外に取り出すと有能ですよ。
オリヴィエ:これくらいは、医者として当然だよ。ネロ陛下は、どうやら前向きになってくれたようだけど、彼を支える事は変わりないよ。
次回、『第16節 スラム街/計画準備』。




