第10節 ローマ市街/散策
焔とアーサーとクーは、アールシュを連れて街へ出た。
その翌日。焔はネロの許可を経て、クーとアールシュと共にローマ市街へと赴いていた。スラム以外では、相変わらずの賑やかさである。
「まずは……そうだな。服かな。いつも、それじゃねぇ。兄貴は、どう思う?」
「一理ありだ。毎日同じ格好じゃ、つまんねぇだろ。」
「じゃぁ、決まり‼服屋に行こう!」
焔はそう言って、ローマ市街の服屋へと向かう。しかし、どれも布一枚のみで、焔たちの様な服は見当たらなかった。それだけでなく、鬼の子を連れているだけであって、何件かの服屋から断られた。
「ぐぬぬ…。鬼だから、嫌だとぉ……。見た目とかで、決めんじゃねぇよ‼人間同士だって、ある癖によぉ‼あ゛ぁ゛?」
「焔?」
「兄さん?」
「キュウ?!」
焔の乱暴口調に、クーとアールシュ、アーサーは驚いてしまう。クーは、アールシュの発言に疑問を持つ。
“アールシュ。兄さんって言ったか。焔の事だよな……”
「え?あ、あぁ。ごめん。つい、怒りが、爆発……した。」
「心配すんな。俺も、思ってた。お前の言う通りだ。」
「あ、ありがとう。兄貴。」
焔はクーに礼を言い、アールシュに好きな布や飾りを選んで良いと伝えた。
「う、うん。……えっと、あ、これが良い!」
アールシュが手にしたのは、無地の紫と黒の布地、インド柄の様な水色のバンダナであった。焔はそれらを決めて店員に尋ねる。
「あの、この布地を使って、服を作れますか?」
「ん。久しぶりの特注だな。で、誰が着るんだい?」
「あの、この子が着るんです。ど、どうか、お願いいします。」
焔は断られるか不安を持ちつつも、店主に尋ねた。
「ん?あ、あの闘技場の子供か。いやぁ、お前さん、剣奴隷から解放されて良かったな。」
「ん?どーゆー事だ、おっさん。」
「理由は後で話す。さぁ、坊っちゃん。こっちに来てくれ。体格を測定したいからな。おーい!久しぶりの注文だぞ!」
店主の男クレリウスはそう言うと、奥から従業員が出てきた。従業員は嬉しそうに笑顔で焔たちに感謝を言った。
従業員の名は、テネル。彼は商人を夢見ており、特に服に関して興味があるらしく、その意思の元でクレリウスは雇ったと言う。
テネルは、アールシュの体格測定と服の制作している間、クレリウスは焔と話をする。クーは、店の外で見張りをする。
「私は、剣闘士が戦う姿を見るのが好きじゃ無くてな。一度、友人に進められていた時、その子を見たんだ。初めは怖かったさ。
その後も何度も断ったが、やっぱり友人に連れられてなぁ。あの日は、お前さんが助けに行っていただろ?感動したぜ。今回は特別だ。お代はいらないぜ。」
「えぇ?!」
焔は驚いた。クレリウスは今回だけだと話し、彼女は礼を言う。そんな彼女を見て、クレリウスは呟く。
「何だろうな。お前さんを見ていると、亡くなった友人を思い出すよ。」
「友達、ですか?」
「あぁ。ソイツはエルヴィスって言って、妖精の血を引いていたから俺よりは断然年上だったさ。人間と対等に仲良くする事と服を作る事が好きだったんだ。
俺も、何度助けられた事か。友達にして、親だったな。……でも、あの日が全てを変えた。」
クレリウスの話によると、第五代ローマ皇帝としてネロが付いて五年後。突如、亜人種に対する攻撃を行った。噂によると、皇帝が情緒不安定を起こしているとか。
それは、エルヴィスにも及んでいた。彼は戦う力はあったが、妖精の血であるが故に冷たい鉄に触れると火傷を起こすという。ローマ兵士の武器は鉄製だった為に、彼は致命傷を負って川に投げられた。
クレリウスは探し回って見つけた時は、傷が深くてもう駄目だったという。
「でも、噂は半信半疑だったから、忘れている者が多い。だが、何か裏があるはずなんだ。けど、俺の様な庶民じゃ、どうにもできない。スラムも広がっちまってよぉ。
だが、あの闘技場で皇帝の客人席に座って、あの鬼の子を助けるお嬢さんを見て思ったんだ。お前さんなら、ローマを助けるってな。根拠って言うより、勘だ。」
クレリウスはそう言って水を飲む。焔も、彼に分けてもらった水を飲む。その器は、エルヴィスも使っていたのか、銀製だった。
「そ、そんな。……クレリウスさん。実は、私も、ローマの現状を見て、助けられないかと思っています。スラムの人たちの事も、助けたいです。まだ、この国に来て日が浅いので言えた事じゃないのですけど……。」
「いや、例え異国の者であっても、俺は来てくれるだけでありがたい。異国の者だとか、軽蔑する者も多いが、それを受け入れる日は来るさ。
エルヴィスも、そう言っていた。人は戦う力ではなく、いつしか輪を繋ぐだろうって。それと、俺はエルヴィスに剣を教えてくれって言った。
けど、駄目だった。その代わりに服の事を教えたんだ。だから、俺は店を継いだ。いつか、他の国の服を見るのが夢だ。」
「そうなのですね。その夢、叶うと良いですね!……お前の夢、見守っているぞ。」
焔はエルがその発言をした事に、何が起きたのかと混乱する。クレリウスは、彼女の口調について何だろう、と思っていると、テネルが彼の元へとやって来た。
「クレリウスさん!できましたよ!確認をお願いします。」
「おっ!そうか。どれどれ……ふむふむ。うん!合格だ。アールシュ!そのまま着替えて行くか?」
クレリウスはそう言うと、アールシュはコクリとゆっくり頷いた。彼は、早速更衣室に入ってテネルの教えで新しい服を着る。焔とクーは、更衣室から出て来たアールシュを見て、おぉ!と声を上げる。
無地の紫のタンクトップに、紺のサルエルパンツ。首には、インド柄の水色のバンダナが付けられていた。
「似合ってるじゃねぇか!」
「うん。良い感じだよ!決まってるぅ!」
「あ、あ、りが、とう。」
“アル。喋れる様に、なってきている。な、何だろ、嬉しすぎて……”
焔はそう思っていると、頬に暖かい何かを感じる。彼女がそっと触れると、自分の涙だった。嬉し泣きだ。彼女は、初めてだった。
焔は困惑しつつも、慌てて涙を拭ってアールシュを褒めて、クレリウスとテネルに礼を言った。また、同じ服をもう一着受け取って三人は王宮へと戻る。
「アル。そう言えば、靴、履いていない、って言うより、壊れているねぇ。」
焔はアールシュの足元を見ると、ボロボロと言っても言い程のローマ兵の靴だった。
「あ。本当だ。ん~、なんなら無くても良くないか?」
「えぇ?!」
焔は、クーの言葉に驚いた。
「俺だって、ガキの時はそうだったぜ。」
「ソレ、参考になるのかい?」
焔はクーの言葉に、それで理由を貫けるのかと少々悩む。
「えっと、兄貴?靴、履かなくても、良いの?」
「おう!誰が靴を履かなきゃいけないって固定化したかは分からないが、決めるのは自分自身だぜ。アールシュ。」
「決めるのは、自分自身……。」
アールシュは、クーの言葉を小声で繰り返した。
「兄貴。ごめん。私は、靴を履かないと駄目な人だぜ……。」
「良いんだって。お前も、お前だ。」
「あ、あざっす!」
焔は、何て馬鹿らしい事を言ったのだろうかと、後で恥ずかしくなった。アールシュは新しい服になった事をとても喜んでいたのか、今日は口元が緩みっぱなしだった。
その日の夜。アールシュは町へ赴いた疲れが出たのか、ベッドでスヤスヤ寝てしまった。すると、部屋のドアをノックす音がした。焔はアールシュを起こさぬ様にそっと開けると、暗殺者だった。
「暗殺者さん。どうしたんですか?」
「すまない、こんな夜中に。少し話をしておきたい事がある。」
アールシュを起こさぬ様に、二人はバルコニーの近くで話を始める。暗殺者は、ボッパエア暗殺は王室と深い関わりがあり、自分が暗殺課業をしたと話す。焔は大声を上げてしまったが、アールシュは起きなかった。
「すみません。しかし、どうしてその事を?」
「実は、この裏にはネロ皇帝の母、アグリッピナ様が実質的支配しているのです。ネロ様が即位されてから五年間、安寧の日々でした。しかし、ネロ様はいつしか、母親に支配される事の恐怖に囚われたのです。」
「母親に支配される?」
焔は、ネロの逸話に心当たりがあった。
暗殺者によると、アグリッピナは息子ネロをよく可愛がっていたという。ネロの父親は、アグリッピナの兄・カリグラ帝に殺されている。
ネロは叔母の下に引き取られ、アグリッピナは島流しにされた。島流しの期間、アグリッピナはある魔術師から予言を受けた。
『息子は、大いなる皇帝の玉座を手にする。しかし、それには代償がいる』
その「代償」と言うのが、自分……つまり、アグリッピナの命だった。彼女は直ぐに受け入れた、最初は。そして、ネロの義父となったクラウディウスが皇帝に即位。
しかし、数年後に暗殺され、彼の嫡子・ブリタニクスも暗殺された。原因は毒で、犯人はアグリッピナだった。
全ては、皇帝となる定めを受けた愛する息子・ネロの為、ローマを自らの手で支配する野心を成す為に。
暗殺者としては、アグリッピナはネロを愛し過ぎていると考えている。
焔は暗殺者との話を終えて、一人でスマホで「ユリア・アグリッピナ」について調べる事にした。
読んでください多まして、ありがとうございます。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
焔:ローマは、色んな意味で深い……。このまま、計画通りに行けば良いけど。
『イリュド豆知識!』は、また今度ね。次回、『第11節 ローマ皇帝/拝謁』!やっと、会えるのか……あの皇帝に。




