第22節 災禍のあと
ファヴォックとの戦い直後、焔は無意識の中を彷徨う。その時、人格「ユウ」が現れ、その正体を知る。
焔は、無意識の中にいて自分が寝ていることに気づいていなかった。そこにユウが現れ、自分がファヴォックとの戦いの後、死んでおらず寝ていると知る。
“私、寝てるんだ……”
「うん。でも、時期に目覚める。その前に、私は君に礼を言いたい。」
“え?”
ユウは、焔がオリュンポスに訪れたこと、ファヴォックと戦ったことで自分の正体を思い出したという。
自分は男性、正式の名は『ユウ・ミュケナイ』でアルケイデスの先祖である。
「私は、あの邪竜による毒で時が過ぎる度、痛みや苦しさ酷くなって自分を忘れて死んだ。そのせいで、息子や子孫たちにも毒の呪いを受けて寿命が縮まった。
だけど、君の緑炎のおかげで子孫への呪いは消えそうだ。あの炎は、万物の始まりにして浄化の炎だ。君が呪いを背負っても、無事な理由の一つだ。」
“聖なる炎が、万物の始まり……。ユウ。本当のこと、なの?”
焔は、まだ受け入れられなかった。まだ、この目で実態を見ていない。ユウは、彼女の答えに背かずに静かにうなずく。
「緑炎の力があるから、呪いは抑えられてる。けど、いつしか身体を蝕む可能性はある。」
“時間に限りがあるってこと?”
「うん。すまない。もっと良い方法があれば、君に呪いを背負わせるなんてこと……。」
“ユウのせいじゃない。悪いのは、エディタだ”
「ありがとう。君は本当に優しい。……あのエディタの資料を見て、あの災禍の真相を少しでも知れて良かった。それと、私の子孫は無事なのだろうか?」
“はい。リーダーとして、オリュンポスを守ってますよ”
「そうか。あと、あの剣は君にしか扱えないだろう。持っていってくれ。……私はもう消えてしまうが、君に出会えて良かった。ありがとう、焔。」
ユウは微笑みながら言うと、静かに光となって消えた。
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景色は、風穴のある岩の洞窟。そこに、大きな音と共に巨体が落ちてくる。夢とはいえ、焔は目を瞑った。
彼女は、音が静まって目を開ける。そこには、深紅の光を放つ心臓を持つ怪物が倒れていた。ファヴォックだ。
あの時は、完全復活ではなかった為に心臓を不気味なウネウネが覆っていた。奴の完全な姿は、肋骨と心臓が丸見えであった。ファヴォックは、静かに目を閉じて息絶える。傷が深かったのか、内臓が零れ落ちる。
同時に、心臓から吐き出されるかのように何かが落ちた。焔は少し歩み寄って見ると、正体は人型だった。
“ヒッ!”
しかし、ただの人型ではない。真っ白で口以外の顔パーツは無く、色がない長髪であった。それは、声にもならない苦痛の叫びを上げながら地を這って行く。その跡は、ファヴォックの血の色に染まっていた。
人型は、ある所で止まると、身体がボコボコし始めて細胞分裂が起こって急激な進化をした。肌と髪には色が付き、顔パーツができて完全な人になった。
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「ハッ‼」
焔は、勢いよく上体を起こす。目の前の視界は、学園内の自分の部屋。そして、アッシュとアーサーの姿があった。
「焔! 大丈夫か? 冷や汗が凄いぞ。」
「キュウ!」
「アッシュ、アーサー。……嫌な夢を見ただけ。」
焔はそう言う。アッシュは、彼女の冷や汗を拭いてから、目覚めたことへの嬉しさを涙ながらに漏らす。アーサーも、同じ仕草をする。
「心配させて、ごめん。……この包帯は?」
「あ。その、言い難いんだけど……アスクなんとかって言う医者とパラケルススって言う錬金術師によると、後遺症……ある種の呪いのような感じだって話してた。」
アッシュは話を終えると、そっと包帯を取る。見えたのは、焔の左腕が肘あたりまで黒く染まっていた。また、同じ場所に深紅色の蔓のようなモノが張り付いており、淡い光を放ちながら静かに脈打っていた。
「うっ……。」
焔はあまりのことに吐き気に襲われ、アッシュに背中を擦ってもらう。ユウが言い残した言葉は本当だ、と改めて確信する。彼女は呼吸を整え、アッシュにギャレットの無事を尋ねた。
「彼は無事だよ。ただ、未だに目覚めない。話は聞いたが、奇妙な邪竜の力の源になったことで、昏睡状態になるくらいの負担がかかった可能性があるって。」
「……。」
「見舞い、行きたいんだろ?」
「へ?」
「顔に書いてある。」
「うぅ、そんな見ないでよ……。恥ずかしい。」
焔は、顔を反らして言う。アッシュは、アスクレピオスから彼女がギャレットの見舞い行くなら同行を頼むと言われていた。
彼女はアッシュとアーサーを連れ、ギャレットがいる部屋へと向かった。部屋にパラケルススがいて「自分とアスクレピオス、彼女以外は誰も入れない」という。
「構わないよ。俺は、外で待ってる。」
アッシュは、事情を理解して部屋の扉を閉める。アーサーは、彼女の依頼でアールシュの元へと向かった。焔は、パラケルススにギャレットの事を尋ねた。
「まだ、目覚めの兆しがない。でも、命は取り留めている。君が傍にいること。それが、彼にとって良いんだ。」
ギャレットは、ベッドで魔法工学の機器に繋がれていた。所謂、点滴や酸素補給機に近しいモノであった。焔は、責任と言う感情が脳裏に蘇ってくる。
「どうして、そう思うのですか?」
「僕の本名は、フィンレー=アダム・パラケルスス。彼の本名は、ギャレット=アダム・◯◯◯◯◯◯。姓は違うが、繋がりがある兄弟だ。」
“ギャレットのお兄さん?! 確かに、似てるような……”
「最近、ギャレットに変化があってね。錬金術でいう赤化現象……感情の精錬だ。僕も赤化を少し受けているが、ギャレットの方が強い。君の影響でね。」
「私の、影響……。」
「自責することは無いよ。赤化は、一番重要なことなんだ。いずれ、その時が来なければならない。僕たちは、錬金術で生まれた人造人間……ホムンクルスだ。特に、ギャレットの方が強い赤化が必要だった。」
「まさか……。」
「信じられないかもしれないけど……。どうか、ギャレットの君に託したい。アスクレピオス先生には、このことを伝えてあるから。何かあれば、僕かアスクレピオス先生に言って欲しい。」
「分かりました。あ、あの、私、ギャレットの看病をしても……。」
「構わないよ。君がそう言うと思っていたから。」
と、パラケルススは口にした。
それから、焔は毎日休まずに彼の部屋へ足を運んだ。彼女は、監督生を一時休暇とすることとなった。
ケイローンも承諾し、代理として就いたアルケイデスは、彼女の事情を知ってメガラを中心に仲間と連携を高めていった。彼にとって、良い経験になる事を祈ろう。
しかし、ギャレットは目を覚まさず三日三晩が経った。焔は、ただ目を覚まして欲しいと祈りながら看病に当たる。
傍にある魔法工学医療機器は、彼の息は途絶えていないことを観測している。
“私のせいで……”
「うぐッ……!」
左腕の呪いが暴走しそうになる度、チクリと痛みに襲われる。包帯で辛うじての封印の為、完全に抑えることは至難の業であった。
一方、監督生が休みを取ることになった知らせを受け、魔獣討伐クラスは様々な感情を抱えていた。
「なぁ、監督生が一時的に休暇になるってよ。」
「マジかよ。……一体、あの夜に何が。」
「休暇って、俺たちは働けと言うのかよ。」
「おい……いくらなんでも、それは――」
「お前の言いたいことは分かる。けど、リーダーなら、もっとしっかりして欲しいぜ。」
再びギャレットの部屋。焔は、彼の傍で椅子に腰掛けていた。カーテンの間から光が差し込んだ時、魔法工学医療機器が彼の意識の反応を捉えた。
「……ほ、の、か。」
ゆっくりと名を呼びながら、ギャレットは瞼を開けた。焔は彼の目覚めを目の当たりにし、これは現実かと戸惑うが、目覚めてくれた嬉しい気持ちが大きいため、勢いで彼を抱きしめた。
「うわっ! 焔。どうして、泣いてるの?」
「無事で良かった。……ぐしゅ。」
ギャレットは驚きつつ、抱きしめてきた焔から涙ぐんだ言葉を聞く。彼は、焔が心配していたことを知って「心配させて、ごめん」と優しく言葉をかけた。
彼の目覚めは現場にいたメンバーに知らされ、無事であることにそれぞれ安堵していた。パラケルススやアスクレピオスも、彼の無事に口元を緩ませた。
ところが、ギャレットは、焔の左目と左腕の包帯のことで不安を消しきれなかったのである。左目の色が明らかに違うことを見て、詳しく問いたださずにはいられなかったのだ。それは、焔も「いつしか知られてしまう時が来る」と腹をくくっていた。
数時間後、昼過ぎ頃。焔はギャレットに呼び出され、散歩がてら海岸の砂浜で話をすることになった。彼は戸惑いつつも、彼女へ左目と左腕について尋ねた。
“やはり、聞いてくると思った……彼の為にも、答えるしかない”
「これは、ファヴォックの呪い……の一種だよ。」
「?!」
「ギャレット、貴方のせいじゃない。ファヴォックの帯の攻撃を避け切れなかったのは、私だから心配しないで。確かに、呪いはあるけれどギャレットが無事に帰ってきてくれた。
それに、オリュンポスも災禍に二度も巻き込まれなくて良かったし、守るべき人たちが無事でいたことが何よりもうれしかった。」
と言い、焔は微笑んだ。ギャレットは、彼女の表情について思う。
“何故、貴方は微笑むことができるの?”
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