第15節 温和な一日
魔獣襲来のないある日の出来事。
数日間、魔獣襲来のアラートが昼夜問わずに鳴り響いていた。しかし、今日は朝からアラートが鳴り響く事無く、平穏な日を過ごせそうだ。焔は、普段着のまま部屋を出て学園内を一人で散歩する。
廊下に差し掛かると、外から烏姿のモリガンがやってきた。焔は、彼女を自分の肩に止まらせた。
「モリガン様!」
「元気にしていたか? まぁ、その様子では何ともないようだな。」
「はい。兄貴は、皆は元気ですか?」
「問題無いよ。ルキウスも公務をこなしつつ、アクテという奥方と共に幸せな生活をしているよ。」
焔は、モリガンの言葉に安堵する。騎士団も、徐々にローマ市民から親しまれているらしい。モリガンは、安心する彼女にある質問を投げかける。
「前から思っていたのだが。お前は一人で過ごそうとする。お前が住む世界でもそうだったのか?」
焔はモリガンの問いに一拍置いて――
「私は、一日でも一人でゆっくり過ごす時間が必要なんです。人付き合いが難しい方で。」
と話した。
「一人で過ごすのは、人間にとって必要だろう。それに、無理に人付き合いをするのは個人の差がある。アイツだって、自分の力に関して悩んでいた故に一人の時間を多くとっていたからな。」
「兄貴が……。」
「まぁ。これは、口外するなってアイツに言われたが。」
「えぇ?!」
「アハハッ! 良いのよ。もう、昔の事だ。クーが認めた妹分に話しても、問題はなかろう。さて、私は戻らせてもらうぞ。勝利の風の加護ぞあれ。」
「あ、ありがとうございます。」
焔はモリガンを空に飛びたたせて、中庭へ到着する。彼女の視界に、中庭の一本の樹の近くにいる人物を捉えた。よく見ると、自分の助手をしてくれているギャレットだった。
彼の美しい白金の髪がそよ風でなびき、穢れを知らない海の様な蒼い瞳は快晴の空を見上げていた。焔は「綺麗」と思うと同時に、胸のあたりがドキッと音が鳴ったように感じた。
“アレ? 今……私は、一体、何を考えて”
「焔。どうしてこんな所に?」
「あ、そ、その。散歩をしてただけだよ。ギャレットは?」
「僕は……空を見てた。レイラさんが色んな空の写し絵を見せてくれた。こんな風に海の様な青空、雲と調和した青空、茜色に染まる無数の星々が煌く夜空……。でも、こうしてみると、一日経っただけで空は昨日と違うって感じる。どうしてだろう。」
「理由は、無いと思うよ。ただ、空は人間が様々な感情を持つ様に、十人十色みたいな感じじゃないかな。……って、何言ってんだ、私。」
「面白い表現だ。言われてみれば、そうなのかもしれない。僕は、この学園の入るまでは部屋の外に出る事が出来なかったから。」
「え?」
“今、何て?”
「実は、知識を学ぶ為に家に籠りっきりだったんだ。レイラさん……お母さんって言った方が、正しいかな。最初、歩くのが大変だったけど、兄さん……パラケルスス先生も忙しい中、僕を支えてくれた。」
「……そう、だったんだね。」
“そう言えば、パラケルスス先生もギャレットと髪と瞳の色が似てる”と焔、
“意外な関係性……。でも、歩けないってどういうこと?”とユウ、
“だよなぁ。普通は小さい頃って言わねぇか?”とホムラは思う。
「うん。そう言えば、兄さんが言ってたんだけど、僕は感情が精錬されてるって。錬金術で、赤化って言うんだ。僕は、君からの影響がある気がする。」
「ファッ?! え?」
“変な声出てしまったぁッ!”
突然言われた事に、焔は吃驚すると同時に赤面してしまう。ギャレットは、そのまま続ける。
「驚くのも無理はないけど、本当なんだ。それは、相性がいいことだってお母さんや兄さんが言っていたんだ。」
“まだ何も知らないからだけど、勘違いされてもおかしくないんだからなッ‼”と焔、
“何、変に意識してんだよ……”とホムラ、
“まぁまぁ。これも、お年頃ってやつだよ”とユウ、
“ユ、ユウ! あまりそう言う事を言わないでください!”とレイは思う。
「そ、そうなんだね……。」
焔は、彼の迷いのない発言に頷く。しかし、心に影響があることは善悪関係なく、そのまま反映されると言うこと。彼女は自分でも驚く程、彼の放った言葉の真の意味を察した。
また、薄っすらと危機感を覚える。自分の心、歪み汚れた感情が彼に影響してしまうことに。
「あ、ごめん。忘れてた用事を思い出した。じゃぁ。」
「え? うん。」
ギャレットは、急いでその場を去る焔に驚きつつも優しく見送った。彼女はギャレットから離れて自室に戻って深呼吸をした。
“ギャレットは悪くない。でも……”
焔はそう思いながらも、直ぐに気持ちを切り替えて訓練所へ向かって鍛錬を積む事にした。魔術、刀の技、スカアハから教わったことを行っていく。
“991、992……995、996……999”
「1000ーーッ!」
最後の鍛錬である素振りを終え、呼吸を整える。時計を見ると、正午を指していた。そこへゾーイがやって来た。
「ここにいたのですね、焔。丁度、お昼だったので。」
「約束のこと? 忘れてないよ。今仕度するから待ってて。」
焔は急いで戻って支度を整えて、ゾーイと共に町にある一軒のレストランにやって来た。二人は、旨味たっぷりの魚介料理を堪能する。
「うまっ! 魚って、こんなに美味しいのか?!」
「海の神の恵みにより、魚介類は栄養がたっぷりと聞いています。漁夫の多くの方々は、彼を信仰しています。」
「んじゃ、海の神様に感謝しなくちゃね! 美味しく作ってくれる料理人にもだけど。」
ゾーイは、焔の言葉に納得する。そして、最後にゾーイが好物というオレンジバターケーキがやって来た。バターは貿易で得られたもので、シュメール王国が作ったモノだという。
オリュンポスは、地質的に柑橘類が育ちやすいが、他の農牧業に比較的向いていない土地が多いのだとか。
「美味しいです。バターの香りと甘味、オレンジの酸味が。」
“ゾーイ。嬉しそう。好きな食べ物、かな”
焔は、目を輝かせて食べるゾーイを見て微笑んだ。自分もと、分けられたケーキを食べ始めた時、ふとギャレットとの会話を思い出す。胸辺りでチクッとしたが、直ぐに忘れる様にした。
「ねぇ、ゾーイ。私、ゾーイについてよく知らないし、話せる範囲で良い。昔、どういう暮らしをしていたの?」
「……誰にも言わないことを、約束してください。」
ゾーイは焔にそう忠告して、かつての自分の事を話した。焔は、彼女の話に微笑ましい内容から残酷な内容まで全てを聞いた。また、何故、幼い姿で呼び覚まされたのかをゾーイは答えを見つけたかのように話す。
「でも、焔と会って、少し嬉しかった事もありました。こうして、家族以外で一緒に食べたのは、貴女が初めてです。そして、花屋の手伝いを自分から進んで手伝う事が出来ました。人間は少し苦手ですが、完全に嫌いではありません。」
「そっか。ゾーイがそう思うなら、良かったよ。こちらこそ、ありがとう。」
「いいえ。こ、こちらこそ、あ、ありがとう、ございます。」
ゾーイは感謝の気持ちを込めて礼を言うのが初めてだったのか、頬が薄紅色になっていた
。食事を済ませた後、手伝いを頼まれた花屋に赴いて店主と話し込んだ後、学園の自室に戻る。レイラ、否、エディタの残した資料の続きを読む。
【先程のページに記した“世界の正しい在り方はなんだ”“人は、どういうものなのか?”と、無垢なる魂に問う為に、錬金術で人造人間たちを作った。
そのうちの二人目、名を『ギャレット』。主に聖なる無垢の騎士の力を借りている。他にも、精神面の成長を促す為に画家の心核を移した。画家のその後に関しては、自我はないままギャレットの趣味に影響しただけだった。騎士の方は自我が強く、ギャレットの体内で抗っていた。
『体を顕現・維持できない英雄だからこそ彼の体を借りて欲しい』
と、私は伝えた。騎士は、この様な事を二度とするな、と答えてギャレットに力を貸した。成功するのなら、どんな手段だって選ぶ。神が己の過ちを認めるまで】
焔は、この文章からエディタの狂気を感じて資料を勢いよく閉じた。神が過ちを認めて堕ちる、というのは今いる神々がいなくなるに等しい。
彼女は、なにか大きな計画があると推測し、窓から空を覗いて嫌な予感を感じていた。
“私がしっかりしないと……”
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