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4.絵本で文字を学びましょう




場所はリビング、妙に弾力のあるソファの上で、僕は兄であるコリンと一緒に母さんと戯れていた。


コリンの兄さんは僕より2歳年上でこの家の長男。いずれは父さんから爵位を継いでこの領地を治めることになるだろう。貴族にとって兄弟とは後継争いの原因になるために、長男と次男は大抵が仲が悪く険悪である。家を継げない他の兄弟たちは成人すれば家から出されて、何処かの家に婿入りするなどしなければならなくなる。


家を継ぐ者以外は他所の家との関係を結ぶために婿や嫁に出されることになる。政略結婚などに通常恋愛は関わらない。婚約、結婚をしてから愛を育む男女もいるがそんなのは稀有だ。



貴族は金があるが自由はない。

ずっとそう言われているし、僕もそう思っている。



だが家督を継ぐのであればある程度の恋愛は可能だ。まあやっぱり貴族のお家事情は絡んでくるらしいけど……


話を戻そう。簡単に何が言いたいかというと、僕はコリンと将来争うかもしれないという事だ。コリンの他にも新しい弟や妹が生まれればそれは激化するだろう。



「りひと!」



そんな話を父さんから盗み聞いて僕は兄であるコリンには嫌われていると思っていた。だけど現実はどうだろうか。コリンは僕の事を人形のように愛おしそうに抱きしめながら時折話しかけてくる。赤子に向ける笑顔に暗い部分は一切感じられなかった。


確かに二歳の段階から『将来争うことになるかも』って理由で赤ん坊を嫌う事はないし、跡目争いの話なんて子供にしないか。もしコリンが人から言われても難しい事はよく理解できないだろうしね。



それに将来僕は家を継ぐ気はない。

恋愛結婚できないのは悲しいが、こんなに清廉潔白でかわゆいお兄ちゃんを蹴落としてまで恋愛したいという気持ちにはなれない。領主の仕事とか難しそうだしね、領主になったら必然的に他の貴族とも関わらないといけないわけだし、異世界に来たのに心の読み合いをしたくはない。

僕はのんびり平穏に暮らしたいのだ。

政略結婚した相手と恋愛は次第にしていけば良いさ。



「あう」

「りひと、しゃべった!」

「ふふ、そうね」



ここは天国か? いつのまにか僕は天国に来てしまっていたのか?

和やかな空間よ、永遠に続け。


コリンと母さんが僕のほっぺをプニプニしてくる。母さんは当たり前だけど、コリンも力を入れずに優しくツンツンしてくる。子供は興味のあるものには興奮して雑な扱いをするからなぁ。目を輝かせながら興奮しながらも僕が痛がったり嫌がらないように注意してる。この子は将来大物になるかもしれない。



しばらくプニプニし続けた後、母さんとコリンはうっとりした感じで息をついた。母さんエロい。コリンも満足してくれたようで何よりです。


ん? 父さん? 隣の部屋で半狂乱になりながら公務をしてますよ。この状況を見たら発狂しそう。まあ僕とコリンに構いすぎて仕事を溜めた父さんの完全な自業自得だけども。父さんガンバ。



「はい、じゃあ今日はこの絵本を読みましょうね」

「わあい!」



母さんは膝の上においていた子供に優しい絵の書かれた本を持ち上げて見せた。この世界にも子供向けの童話があるようで、ここ最近母さんはコリンに子供が字を覚えるのに役立つ絵本の読み聞かせを行なっていた。


僕がここにいる理由だが、察しのいい人はもう気が付いているだろう。この絵本の読み聞かせがこそが僕の目的である。僕が文字を覚えるのにこの絵本の読み聞かせは僥倖だった。



「むかーしむかし、ある所に、おじいさんとおばあさんがおりました」



母さんは僕を膝上に置き、コリンは母さんの右腕にぴったりとくっついて話を聞いている。母さんはコリンに合わせてゆっくりと文字を読んでくれる。それも僕にとっては非常に喜ばしい事だ。母さんの言った単語とどの文字が対応しているのか、それをじっくり考える。


この単語は恐らくこれだ。もしそうならば『あ』という字はこれではないか? 他の箇所と比べて本当にそうか確かめよう。


そうやって地道に一つずつ当てはめて覚えていく。大変なように思うかもしれないが実はそうでもないのだ。僕が文字を覚えるにあたって一番懸念していたのは平仮名の他にもカタカナ、漢字などの別の種類の文字が入ってくる事だった。もし複数言語の混合だったら5年は文字の勉強に費やしたかもしれない。


だがこの世界の文字は複数言語が混合したものなんかではなく、日本語で考えると全て平仮名で書かれているようなものだった。当然覚えるべき文字は断然に少ない。もちろん日本にはない特殊な言葉の繋ぎや変化はあるが、そういうのは絵本の中でも一つか二つ見る位だ。子供が読む絵本だからこそ少ないのかもしれないが……そういうのはまたおいおい覚えて行けばいい。



「ーーーはい、おしまい」


十ページほどしか無い絵本を読み終わった。今日の読み聞かせは終了である。


柔らかくも温かい母さんの膝の上で今日もバッチリと文字の学習をできた。もう数字を表す文字なら全部頭の中で思い描ける。数字の表記の仕方が元の世界と同じ十進法で助かった……



「きょもおしろかた」



コリンが満面の笑顔で辿々しい言葉を紡ぐ。

かわええ。ああ、前世でこういう子供が欲しかった。抱きしめたい。


母さんはコリンの頭を優しく撫でる。僕にも撫でさせてください。ついでに僕も撫でてください。



「そう言ってもらえるならうれしいわ……リヒトも今日は眠くならずに起きていられたのね」



僕も母さんに撫でられる。

……いや、いつも寝てるわけじゃ無いんだよ。アレは体の本能言うかね、赤ん坊だから仕方ないの。自然な事なのですよ。母さんの膝って温かいからさ、目がとろーんてね、ね?



「私はパパのお手伝いをしないといけないから、コリンはリヒトのことを見ていてくれる?」

「あい! おにいちゃんらかららいじゅぶ!」

「ふふ、お願いね」



兄としての責任に燃えているコリンに母さんが薄く笑いながら僕の体をコリンに預ける。おお、これは艶艶した母さんとはまた違ったソフトな肌触り……


母さんが隣で絶叫しながら狂乱状態の父さんの所へと行ってしまった。これでさっきからドンドンとうるさい音が収まるといいんだけど。



「あそむ?」



コリンが首を傾げながら聞いてくる。『遊ぶ?』って言ったのだろう。例えコリンとお馬さんごっこがしたいといっても分からないし伝わらないと思う。

なのでここは寝る一択だ。ちょうどまどろんできた所だし……


目尻を下げてまぶたを重そうにして眠い演技をする。半年間熟達した演技の精度は自信を持って太鼓判を押せる。



「ぇぅ……」

「りひと、ぬめいの?」



目を閉じて口を半開きにする動作、優しく目を擦ってからのウトウト攻撃! 効果は抜群だ!



「こりんもぬる!」



コリンはいい笑顔で僕の事を抱きしめながらソファに倒れ込むと体を丸め込む。

腕で体をガッチリ固定され全身で包み込まれた。一緒に寝ようと言うことか。可愛らしい。僕もコリンを抱きしめたい。腕は長く無いのでコリンの服にしがみつく。



「おやすみりひと」



少し密着しすぎな気もするが、ギューっと抱きしめてるわけでも無いので息苦しいわけでも無い。

側から見れば赤ん坊と二歳児が一緒に寝ているだけだ。別に不自然な事はないか。



子供の体温というのはとても高い。全身を包み込まれているからその熱量がとどめなく僕の体に流れてくる。だが熱いと思うことはなくむしろ心地よいとさえ感じる。人の肌というのは寝るのに最適なものであるらしい。


コリンもだんだんとまぶたが重くなってきたようだ。小さい赤子のこの体の相当の熱量を持ってるだろうから、その熱でコリンも眠くなってきたのだろうか。


今まで寝るのは母さんの膝の上が最上と思ってたがこれもなかなか良いものだ……



アリスター卿が仕事を終え夕食を食べる直前までコリンとリヒト、その二人は仲良く眠り続けた。




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