1 死にました
僕はサラリーマンです。
何においても普通で平均、特別に得意なものもなければ悪いものもない。まさに平均。学生時代では僕の点数を平均点として捉えて、僕の点数を超えたやら超えてないやらで一喜一憂していたのがいい思い出です。
先生までもが計算面倒くさいからと僕の点を平均点と決めていた位ですけど、教師としてそれはいいんですかね? ……いや、どうせ計算しても数値は合うんですけどね。
悪いわけではないけど別にいいわけでもない。だから叱られることもなければ褒められることだってない。僕を平均扱いされるのは学生時代もそうですが、大学を卒業して会社に入ってもそれは変わりませんでしたよ。
ええ、僕に対する謎の信用は死ぬまで続いてましたな。
……あ、凄い今更ですけど、僕もう死んでるんですよね。さっきの『死ぬまで続いてた』っていうのはそういう事です。
いやあそれにしても驚きましたよ。会社までの道中で踏切があるんですけどね、そこの踏切を渡っている時に踏切の先の人がなんか叫んでると思ってたら、バリスピード出してる電車がドーンって、ぶつかって来たんです。マジで気づきませんでした。やっぱり音楽聴きながらだと周りの音が全く聞こえなくて危ないんですね。
言葉通り、身を以って体感しました。即死だと思うんですけど、電車に撥ねられた後どうなったのかだけ凄く気になります。まあ死んじゃったのでどう足掻いても知ることはできないでしょうけど。
心残りはというと実はそんなに有りません。
二十五歳という若さで死んだ訳ですが、友達や会社の同僚だっていっぱい居たし仕事だってやりがいを感じてましたからね。最後に家族も含めてそういう親しい人達にサヨナラを言えないのが心残りです。
あとは結婚できなかった事ですかねぇ……日本人男性の平均結婚年齢知ってます?28歳なんですよ。ちなみに女性は27歳らしいです。
友達から『the average』というカッコイイあだ名を頂戴した僕のことですから、どうせ28歳に結婚してたと思うんです。ええ、本当に。来年か再来年位に出会いがあって交際が始まるんじゃないか的なことを期待してた訳です。撥ねられましたけど。
本当に残念です。あとの心残りは近所の野良猫がこれから生きていけるのか、とか……初恋だった人にもう一度会いたいとか、部屋に隠してたエロ本とかマイコンピュータの深層奥深くに封印してある秘蔵ファイルとかが見つかったらどうしようとか……
……結構心残り、ありましたね。
ヤバイ、心残り考えてたら地球に帰りたくなっちゃいました。どうしよう帰りたいんだけど……そんなこと出来るのかな?
「出来る訳ないでしょう」
僕の心の声をぴしゃりと跳ね除けたのは、さっきからずっとこちらのことをガン見していた女性の人。何も話さずにずっと僕のことを見てたんです。話しかけても反応してくれないし、どうすればいいのかなって。暇だったんで自己紹介みたいな事をしてたわけです。
この女の人は僕が声に出さなくても考えてることがわかるみたいなんで。
僕が死んだことも含めると目の前の方は神様としか考えられないんだけど……そこの所どうなんでしょう、女神さま。
「……半分正解よ。とりあえず、その女神さまっていうのをやめて」
ではなんとお呼びすれば?
「普通にあなたでも、なんならお前でもいいわよ。私そういうのは気にしないから。ダクトって呼んでもいいわよ」
ダクト、様ですか。
あなたは神様なんですよね? ダクト女神さま、略してダ女神さま。とある小説で慣れ親しまれている駄女神さまとお呼びしても?
「天罰下すわよ」
その天罰って雷ですか? もしそうだったらその天罰で私の鞄の中に入ってるであろうPCを再起不能にしてくれると嬉しいです。
「……あなた自分の事を普通だ普通だと思ってるようだけど、少なくとも私にはそうは思えないわね。真っ向から神に喧嘩売って天罰を性癖の詰め込んだエロフォルダを消すのに利用しようだなんて、あなた色々と強者よ」
そんな褒められると照れちゃいますよ。
「……あなたと話すと疲れるわ。ちゃっちゃと本題を話しちゃうわね」
本題と言いますと?
「惚けないでちょうだい。あなたの事だから大体察してるでしょう」
そう言われちゃいました。
いや、まあ……自分は死んでますし目に前の相手が神様なんですから、これからどういう事を話すかは大体予想はつきますけど。『ダクト』って英語で導きの意味だし。恐らく目の前にいる脚のムッチリした神様は死んだ人を何処かに送る人なんだろう。……僕は天国に行けるんですかね?
「私としては地獄に送ってやりたい所だけど、行くとしたら天国には行けるでしょうね。私は嫌だけど」
二回も言わないでくださいよ……
僕そんな嫌われる事言いました? ただ駄女神さまとお呼びしただけじゃないですか。
「私が怒るには十分な理由じゃないかしら」
貴女は見た目の割りに沸点は高そうだったんで……どのラインまで怒らないのか少し見定めてました。事実怒ってないでしょう?
日本ではヒステリーに喚き散らしてそうな御顔ですのに、実に忍耐の強い様で……御見逸れしましたヽ(´▽`)/
「耐久テストは続いているようね。私としては厳罰を食らってでも貴方を消滅させるか地獄に送ってやりたくなって来たところよ」
こめかみがピクピク動いてる。そろそろやめておこう。
マジで僕の魂を八ツ裂かれそうな感じだ。天国に行けそうだというのにここで滅されるのは嫌だ。
女神さまは「ハァ……」と溜息をつくともう一度語りかけて来た。心なしか先ほどよりも口調に荒々しさが入ってます。
「天国に行く以外に、新しく赤ん坊として生まれて転生する道もあるわ。この二択、さっさとどっちか選びなさい」
転生……生まれ変わりという奴ですか。仏教では輪廻が周り人が死んだら別の命として生まれ変わるという考えがあったけど、まさか正しかったとは。驚きです。
恐らく転生するとしたら記憶も消されるだろう。両親や親友のことを忘れて新しい家族の元に生まれるのか……うーむ……
寿命も全うできずに結婚をせずに死んでしまった訳ですが、やはり寿命は最後まで生き抜いて生涯愛する人を見つけたいですよね。天国に行っても両親とか親友は誰もいないと思いますし……まだ生きているからね。一人でおじいちゃんおばあちゃんに囲まれて待ち続けるなんて、僕は嫌です。
家族を忘れてしまうとしても、第二の人生を楽しみたい。
「答えは決まったかしら」
はい、『転生』の方でお願いします。
「了解よ。あまりに無茶な要求は聞けないけど、何か新しい人生に要望はある?」
そうですね……
要望はというと、どうしても叶えて欲しい事がありますね。
前世の僕は普通でした。普通です。平均的。
誰にも彼にも普通普通普通普通普通……………周りには笑いかけてましたけど、僕結構傷付いてたんですよ。普通なんて言われて喜ぶ奴なんていませんよね?
新しい人生ではそんな事がないように、ちょっとでも良いから何かしらの才能を、人に自慢できるものを作りたい。
「才能が欲しいの?」
そういう訳じゃないんですけどね……普通が嫌なんです。
普通じゃなければなんでも良いです。だからって変人になるのは嫌ですけど。
「ーーー承った。では貴方をこれより新しい世界へ送ろう」
女神さまが急に口調が尊大になったかと思うと自分の体、というか魂が輝き始めた。転生するという事なのだろうか。
「それでは良い人生をーーー」
視界が光に覆われて、何も見えなくなった。意識が途切れる寸前で神様の声が聞こえた。
来世はどうなるんだろう……
「……やっと行ったわね、寿命を全うした爺婆に比べて本当に若い連中は疲れるわ。異世界に転生させろだのちーと能力を寄越せだの煩い餓鬼どもに比べたらマシだったけど」
光が収まり静けさが当りを包み込む白い空間で、彼女は再び椅子へ座り込む。
地球で様々な死を遂げた彷徨う魂を導くのが彼女の役割。幾人か導きの役割を持つ者がいる中で彼女は主に事故や病気などで亡くなった若い年代を担当している。
「アイツはこれからどういう2回目の人生を過ごすのかしらねぇ……」
彼女はただ魂を導くだけであり、その後のことは知らない。
長く生きた事で魂が脆くなっている高年代の者は基本天国へ移動させて、穏やかな暮らしをする。しかし事故などで死んでしまった若者は魂がまだ新しいこともあって転生するという手段が残されている。ほとんどの者は異世界転生とやらに憧れてその道を歩む。
新たな人生に様々なものを望むのが若き転生者の特徴だが、あまりに滅茶苦茶なものでなければその願いは叶えてやっている。
女神が彼に施したのは『個人限界の解除・解放』だった。
人には生まれながらに上昇限界が設けられている。どんなに優れた才能を持っていようと、その限界を超えることは無い。そう、どんなに努力したとしても限界《普通》を超えることはできない。
地球の神がなぜ彼にあんなことをしたのか、女神には分からない。何かしらの事情があったのかもしれないし、ただの気まぐれなのかもしれない。
記憶を覗いたときの彼は人一倍努力していた。どんなに頑張っても人並み程度しかできない自分を嫌っていた。変わりたいと思っていた。でも無理だった。
本人はおちゃらけた態度を取っていたが、内心では相当苦しい思いをしてたのではないだろうか。努力が報われないというのは虚しいものだ。
そんな彼の事情を汲み取っての『解放』だった。
だが女神が行ったのはその『解放』だけでしかない。彼がこれから生まれ持つ才能なんかは完全にランダム。もし努力をやめて何もしなければそこまで。しかし、才能がなかったとしても彼が努力を続ければどこまでも高い場所へ行けるのだ。
彼は異世界でどんな道を歩むのか。
「あ、そういえば記憶を削除するのを忘れてたわね……まあ大丈夫か」
女神は椅子に座りながら、思い出したようにボンヤリと呟く。
次の来訪者が現れるのはいつなのだろう?
……彼女が主神のお怒りを受けるのは五分も経つ前の事だった。