表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/1

1. ねじれた別れ話

この小説は、文の頭が五十音順になっています。そこも含めてお楽しみください。

 熱いコーヒーが運ばれてくる。

 いい香りが鼻腔を優しく刺激して、その香りだけを嗅いでいれたらどんなに幸せだろうと思う。

 海野うみのユウは、ひと口だけカップに唇を付けた。演技の一環として、相手に平静を印象付けるために。


「お別れね、わたしたち」

「考え直すことはできないのか?」


 きっと無理だろうという予感はあったが、僕はここで彼女を呼び止めないわけにはいかなかった。


「口だけなら何だって言えるわ」

「けれど、君は重大な勘違いをしているんだ。このままにしておくことはできないだろう」


 最初からこうして尋問されることはわかっていた。

 白いカップと黒いコーヒー。すべてがその二色だけで完結している。世界がこのコーヒーと同じくらいにシンプルなら、こんな()()()も起きなかっただろう。


「そう、勘違い」


 退屈そうに、彼女はそう言った。


「致命的な勘違いだ。つまり、僕はあの夜、誰にも会ってはいなかったんだ」

「テキトー言わないでよ」


 唐突に、彼女の声が低いものに変化する。

 なんといってもそれは、彼女が本格的に怒るときの癖のひとつだった。

 憎々しげな表情を浮かべて、僕は全身で睨まれる。盗人ぬすびとにでもなった気分だった。


「ねぇ、テキトーに言っているんじゃないんだ」

「能書きはいいから、それならぜんぶ説明してよ」


 花の匂いがする香水を、彼女は首筋に吹き付けているようだった。ひどくコーヒーの香りの合わない、残念な匂いを漂わせている。


二日前ふつかまえの夜、君が目撃したのは僕じゃない」

「変なことを言うのね。本当にそんな言い訳が通じると思っているんだとしたら、やっぱりあなたとは別れることになるわ」


 まぁ、彼女がそう思うのも無理はない。みんな僕の吐いたくだらない嘘だと考えているんだろう。


「難しいことを言うつもりはないよ。目にしたのは、僕の双子の弟だろう。もう二週間も前から僕の家に半居候状態なんだ」


 やはり彼女は、僕の懇切丁寧な説明を信じていないようだったし、端から信じる気もないようだった。


「ユウの顔を、わたしが見間違えると思ってるの?」

「よく見なきゃ、いや、よく見ても僕と弟の見分けはつかないよ」


 ライラックの香りをさせた彼女は、とても鋭い表情で僕を殺すように細部まで入念に眺めた。両方の耳の形、まつ毛の長さ、頬の赤み、鎖骨あたりのホクロに至るまでを観察した。


 ルーセルの『蜘蛛の饗宴』が、店内BGMとして流されている。


「恋愛関係の継続というのは、もはやしょうがないから諦めることにするとして、最後に君に尋ねたいことがあるんだけれど」


 露悪的に、僕は口角を吊り上げてみせた。


()()()は、本当に海野ユウだろうか?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] お もろい [気になる点] ろ こつ [一言] す き
2020/03/02 17:08 こ ど も
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ