003 ミナモト錬金工房
キッチンで私は保存庫から食材を取り出した。
パンとハムを切り、野菜を洗って手でちぎった。パンにバターだけ塗り野菜とハムを大胆にパンに挟んでサンドウィッチを作るとパン切り包丁で食べやすいサイズにぶった切る。
パンは焼いた方が好みなのだが、魔術操作が苦手な私は、パン焼き機の調整に目が離せないので時間がない今日はあきらめた。
大丈夫、家の近くのサンバード屋のパンはそのままでもおいしいし、うちの保存庫は優秀だ。
私は、サンドウィッチを一切れ口にくわえると、保存庫に残った食材をしまう。念のため保存庫の刻印に魔術力を流し込む。失敗すると食材がカッチンコッチンに凍ってしまうので、丁寧にやるが、一回その失敗があってから、父がカスタムしてくれたので多分大丈夫だろう。これで三日は冷え冷えの筈だ。
私は口にくわえたサンドウィッチをはしたなく手も使わずにモグモグしながら、残りをバスケットに詰めてキッチンを出た。途中リビングで昨日夜に用意しておいた通学カバンを背負って向かった先は家に隣接する工房。そこには父が居るはずだ。
工房に入ると、そこには巨人が鎮座していた。
デカ!
確認するまでもない。一目で判るゴーレムだ。着座姿勢でも人の三倍はある。
昨日帰宅時には無かったので、おそらく夜中私が爆睡している間に運び入れられたのだろう。
「父さん!朝ごはん!食べて無いでしょ?!」
私はゴーレムの周りに足場を組んで、その胸部辺りで何か作業をしていた父に大声で声を掛けた。しかし反応がない。恐らく聞こえていないのだ。
しょうがないので私はカバンを置くとバスケットだけ持って、身軽に足場をよじ登った。下からスカートの中が丸見えだがどうせ誰もいないので気にしない。
「父さん、ごはん」
私はゴーレムの胸部に頭を突っ込んでいる父に後ろから声を掛けた。
「おう、アスカか。そこに置いといてくれ」
とこちらも振り向かず返事を返して来た。これだから職人は・・。何かに熱中すると周りが見えなくなるのだ。
「そうだ、アスカ魔術核に入って接続シーケンスの初期術式を起動してくれ」
えー、制服がしわになるからやだなぁ。
「頼む。計器をチェックしながらだから自分じゃ出来ないんだ。」
こんな早朝じゃ徒弟さんもまだ出勤して来ていないのだ。
「私魔術操作苦手だから、オーバーロードさせても知らないよ」
私は憎まれ口を叩きながらも、素直に核壁が取り外されている魔術核に乗り込んだ。
「軍用の魔術刻印をなめるなよ。小娘の魔術主力でオーバーロードさせられる程やわじゃねぇ」
それもそうか。それじゃ遠慮なく!
私は接続シーケンス用の魔術式のスイッチの一つをオンにして、操縦桿型の魔術インターフェースの補助装置を握る。
魔術式のオン・オフスイッチは補助的なものだ。魔術操作に長けた人は特にスイッチをオン・オフしなくても、イメージだけで目的の魔術式にアクセス出来るのだが、私の様な素人はアクセスする魔術式を物理スイッチで選択する方が確実なのだ。
私は、魔術インターフェースから魔術力を注入する。さして本気を出すまでもなく、直ぐに魔術式が起動するのが感じられた。ただ流すだけならさすがの私でも楽なものだ。式起動状況を見ながら微妙に出力などを調整するのが大変なだけだ。
接続シークエンスの魔術式の起動は感じられたが、ゴーレムからのフィードバックは無い。恐らくだが、魔術核とゴーレムの接続を意図的に遮断しているのだろう。そりゃそうだ。まかり間違って暴走されたらこんな工房跡かたもなく壊れてしまうだろう。
「オッケーもういいぞ。アスカ」
父から声がかかったので、私は魔術核との接続を切り、魔術核から抜け出した。
その時ゴーレムを見てふと気付いた。
「父さんこれもしかしてヴァルブレイム?」
ヴァルブレイムとは王国軍の主力ゴーレムだが、本来魔術核を持っていない筈の旧タイプのゴーレムだ。
「そうだ。正確にはヴァルブレイム・ノヴァ。旧型に無理やり魔術核をのっけた代物だ。王立錬金工房から調整を依頼されてな。」
父は面倒くさそうにそう言うが、王立の工房からこんな民間工房に軍事機密の塊の調整の依頼が来るなんて本来はあり得ない。何故そんなあり得ない事が起こるかというと、父は国家錬金術師の資格を持つ元王立錬金工房開発局の主任だったからだ。
そればかりか、父はこのノヴァゴーレムと呼ばれる魔術核搭載の新型ゴーレムの試作機を仕上げた錬金術師チームのリーダーだったりする。
この東方にしては変わった苗字からも想像出来るかもしれないが、ミナモト家のルーツは西方諸国からの移民である。西方の小国の出身だった祖父は、帝国の侵略を逃れ知り合いを頼って、このリーンヴァレル王国に移住したのだ。
元々優秀な錬金術師だった祖父は直ぐに王国に保護され、国の支援の下このミナモト錬金工房を開いた。工房はあっという間に王都でも広く知られる程の錬金工房となった。
一方父は、王立高等科の錬金課程を卒業し、国家錬金術師となり王立錬金工房で着実に成果を積み上げ、やがては工房長になるのではないかとさえ言われていたが、ある日王立錬金工房を退職する事になる。祖父が亡くなったのだ。
ミナモト錬金工房を継ぐ為の退職だったので最終的には認められたが、さすがに超軍事機密を扱っていた父を野放しにする事は、色んな意味で出来なかったので、身柄も半ば拘束(王都からは許可が無いと出られない)される事と、王立工房の下請け仕事引き受ける事がその条件となったらしい。
「じゃあ父さん遅刻するから、私もう行くよ!ごはんちゃんと食べてね!」
私は、足場を降りると制服をもう一度整え、父に声を掛けた。父はモニターから目を離さず「ああ」と手だけ振って来た。
私は、カバンをもって、小走りに工房を駆け出した。やばい乗り合い馬車に遅れる!
父はパタパタと足音を立て、工房を駆け出る私にふと視線を移して見送ると、もう一度モニターに目を戻す。
「あぶねぇ。オーバーロードギリギリじゃねぇか。相変わらず魔術出力だけは半端ねぇな・・。」
そうつぶやいて、小さく首を振る父であった。