017 起動
私は表情を引き締めてドラグーンに向かう。
アル兄さまは私とは反対に、建物の方に向かって歩き出し、その場を離れる。
ドラグーンの足元に到着した私は見上げる。何度見てもゴーレムでかい。しかし、足場も組んでないゴーレムってどうやって搭乗するんだろう?
そう言えば乗った事ないな。もしかしてこれも賭けの一環?
そう思っていたら兄さまからインカムで指示が来た。
(足から登れる様になっているよ。登ったら手のひらに飛び乗って、胸の下の△マークに魔術核壁開閉用の刻印があるよ。)
私は言われた通り、足にあるそれ用と思われる取っ掛かりを使って、ひょいひょいとよじ登った。
ミニスカートは下からパンツが覗き放題だが、まぁ周りには誰も居ないので良しとしよう。もし誰か隠れ潜んでいて覗き込む様な輩がいたら、踏みつぶす事にして、私は手のひらにひらりと飛び移った。
言われた位置に恐らく兄さまが言っていた開閉用と思われる魔術刻印がある。指先で触れると大して魔術を込めるまでも無く魔術隔壁が開いた。
私は一応、片手でお尻のスカートの裾を抑えながら中を覗き込む。
ふーん。魔術核の操作席は私が乗り込んだ事のある魔術核とあまり違いはない様だ。私は少しホッとしたが、考えてみれば、今、世に出回っているノヴァゴーレムは皆このドラグーンをコピーしているんだから当たり前か。
私は、それだけ確認するとするりと魔術核内部に潜り込んで席に着く。
(ちゃんと座席との固定具を装着してくれ。座席の両肩にあるベルトを引き出して、股間近くの金具に取り付けるんだ。それ無しに万が一転倒でもしたら大怪我だ。下手したら首の骨を折って死亡だぞ。)
うげぇ。そんな凄い衝撃なんだ。まぁ確かに高さ九メートルの高さを落下したら無事じゃ済まんもんね。魔術による緩衝効果も転倒する様な状況で正常に働いている保証はない。
私は言われた通り固定具を取り付け、ついでに事前に言われていたインカムの端子を座席に頭部横に取り付けた。ちゃんと忘れてませんよ。
「兄さまインカムを取り付けました。聞こえますか?」
返答はすぐに帰って来た。
(うん、聞こえるよ。)
しかし、このインカムどういう仕掛けになっているんだろう。特に魔術操作はしていないんだが・・。
(それはね。人は常に微弱ながら魔術力を放出しているんだ。それを利用しているのさ。さらにこのインカムはノヴァゴーレム専用だから操作者側のコントロールは魔術核に依存していて、操作者はゴーレムの操作者に集中できるようになっているんだね。さて、こちらはオッケイだ。いつでも始めてくれ)
兄さまは漸くアイとメリーが待つ建物にたどり着いた様だ。
まだ魔術核を起動していないので外の様子はほんとど見えない。私は、狭い覗き窓から覗くが、足元はほぼ見えない。向こうで手を振っている三人は確認出来たので、まぁ良しとする。誰か足元に居れば兄さまが知らせてくれるだろう。
「それでは、行きます」
私はごくりとつばのみ込み、息を整える。接続シーケンス用のスイッチはこのゴーレムには無い様だ。自力で魔術式をコントロールするしかない。
操縦桿の様な左右の魔術インターフェースに両手を置き静かに魔術力を其れへ流した。
刻印から脳裏に術式が展開されるイメージが浮かぶ。魔術式が次々と発動するのが判る。我ながらスムーズじゃない?
やがて、魔術核を介してゴーレムのフィードバックが次々と送り込まれている。
グガっ?!それと同時に不意に全身に激しい脱力感が襲う。魔術力が吸い取られているのだ。半端ねぇな。軍用ゴーレム!
私は気合で意識を保ちつつ、魔術出力をコントロールする。吸い取られるに任せると自分の魔術出力の限界を超えて卒倒してしまうからだ。いつもは刻印をオーバーロードさせない様に、コントロールしているのだが、今回は自分が壊れない様に頑張っている訳だ。中々新鮮な体験である。
頭に浮かんでは起動して消えていく魔術式と格闘する事、数分。おいおい、いったい何十個の魔術刻印が施されているんだ?と考え始めた時、突如視界が開け操縦席の壁が消え、風景が見渡せるようになった。これはあれだ。巨人の視線と言う奴だ!
魔術式のイメージも止まった。ドラグーンとシンクロできたのだろうか?
「兄さま外が見える様になりました。魔術核を起動出来たのでしょうか?」
(魔術式のフィードバックは終わったのかい?)
「はい。これで動けばいいのでしょうか?」
(うん、そうだね。でも突然歩き出したりしたら、転倒してしまうかもしれないから、まずはゆっくり右腕を上げてごらん。自分の右腕を上げればいいんだ。魔術インターフェースの感覚はもうない筈だけど、頭の中で自分の腕を上げるイメージだ。)
私は、言われた通り右腕を上げようとした。動かない!と言うか体が一ミリも動かないんですけど!全身拘束されているみたいだ!
(それはまだ、魔術力がゴーレムにいきわたってないんだ。もうひと頑張りだ。魔術力を思いっきり、自分の体に行き渡す様に出力してご覧。)
ぐぬぬ、負けるか!魔術出力適性Sの私をなめんなよ!私は気絶しない範囲でありったけ魔術力を全身に向けて(イメージ)放出した。
途端に今まで体を拘束していた圧力が上半身から消えていく。静かに手を上げる。上がった!
私のその様を見ていた三人が歓声を上げる。私は、自分の手のひらを眺める様にドラグーンの手を眺める。そして下半身を動かすために更に魔術力を込める。
所が、更なる変化はその瞬間に起こった。私、いやゴーレムの体が光ったのだ。様々に色を変えながら発光するドラグーン。
心配そうにアル兄さまの方を振り向いたアイとメリーの二人。
だが兄さまはその視線には全く気付かぬまま、発光するドラグーンをただ陶然と見つめていた。