015 ドラグーン
静寂の中に佇む巨人はもちろんゴーレムだろう。
だが、いままで見て来たゴーレムとは、なんとなく雰囲気が違う。どことは無しに歴史を重ねて来た様な趣が感じられる。
装甲に施された装飾も、今風のシャープなイメージではなく、良く言えば古式ゆかしい。ありていに言うと古臭い。
もしかして、ただの彫刻?そう思える程芸術的と言って良い趣がある。だがそんなのわざわざ兄さまが私に見せる訳が無い。
私はその巨人に近づいて、見上げる。
「兄さまこれは?」
アル兄さまは子供っぽくニヤリとする。
「それは、ドラグーン。僕と君のお父さんが作り上げたこの世で初めてのノヴァゴーレムだ。」
ほ、ほう。なんとなくそうかなと言う気もしてたけど、その割にはずいぶん時代がついている気がするのは何故だろう。
「さわっても?」
私は、駄目もとで聞いて見た。ゆうても超国家機密だ。見るだけでもかなり特別な事だろう。そう思っていたのだが、予想外に「どうぞ」という答えが返って来た。早速私は、脛当たりの装甲に触れてみる。
なんじゃこりゃ?素材がちょっと判らない。通常ゴーレムの装甲には金属が使われる事が多い。金属そのものが、防御力が高いというのもあるのだが、一部の金属は魔術刻印と相性がいい。ゴーレムの装甲は通常魔術刻印が施されていて、防御力の向上が図られている。
それに対してこの今触った部分は、感触的には樹脂の様な、固い皮の様な、なんか知っている様な気もするが、いずれにしても明らかに金属ではない。
無造作に指先で触れているとその個所から円形に、ほわっと緑色の光が薄く灯った。驚いた私は「おわっ!」と慌てて手を引っ込めたら、光っていた個所はスーと光を失い元に戻った。
「アル兄さま、これはいったい?」
我慢できず思わず反射的に聞く。兄さまはまるでいたずらっ子の様にニヤニヤ笑いながらゴーレムに近づき私の横に並ぶ。私の手を取ると、先ほど触れた位置に私の手の平を持って行った。私の手が再びゴーレムに触れる。
「魔術を流し込んでごらん。」
私は言われた通り、触った手のひらに魔術力を軽く込めた。
さっきよりはっきりその部分を中心に装甲が光を発する。私はまたびっくりして、腕を引っ込めてしまった。その驚きに満足したのだろう。兄さまは私の腕を解放してくれた。
少し心配になったのか、アイとメリーも我々二人に近づいて来た。
「これはね。竜種の鱗と革から出来ているんだ。装甲だけじゃない。このゴーレムの一部は竜種の素材で出来ている。」
竜種。それはこの大陸で至高にして最強の生物と言われるドラゴンの総称だ。人間を除いて魔術を使える唯一の生き物で、人間が魔術を駆使できる様になった近世の前の時代では、ほとんど不可侵な存在であった。しかし、今では出会う事は殆ど無くなってしまった。元々そんなに接触例は多くなかったのだが、魔術を使い初めた人を嫌い大陸北の人を寄せ付けない神山地方へ完全に住処を移してしまったと言われている。竜種の素材を使ったゴーレムだから、竜騎兵。そう考えるとひねりがない(笑)
「竜種の素材とかどうやって入手したんですか?まさか密漁?」
アイが当然の疑問をぶつけた。竜種は現在その希少性と神秘性から捕えたり殺したりする事が大陸の国際法で禁止されている。地方によっては、信仰の対象になっている処もあるぐらいだ。
「まさか。」
兄さまは心外といった表情を浮かべ続けて説明する。
「知っているか判らないが、数百年前ゴーレムがまだ作られ始めたばかりの頃、竜種の素材を使用する事があったんだ。まだ魔術刻印の技術が確立されるはるか以前の時代だ。魔導士たちは、竜種の素材が持つ魔術的な能力に頼ったんだろうね。このドラグーンに使われているのはその当時のゴーレムから転用したものだよ。この国は歴史だけは古いからね。何とか一体分仕上げるだけの素材は入手する事が出来た。」
わざとらしく、やれやれと言う表情を浮かべる兄さま。これだから天才錬金術師は・・。まぁただそれには父も片棒を担いでいるのだからあまり人の事は言えない。
「でも、それじゃあ?」
今度はメリーが、次の疑問をぶつけた。
「そう。当たり前だが量産が不可能なワンオフのノヴァゴーレム。これは恐らく唯一の一体さ。だから目下の所僕の取り組んでいるのは、アルファブレイム(まがいもの)ではなく、こいつの量産化素体を作る事だよ。」
どうもアルファブレイムがお嫌いなのは、このドラグーンの性能に遠く及ばないかららしいが、今では入手不可能な竜種と言う超激レア素材をふんだんに使っているのだ。当たり前の様な気がする。
「兄さま。このドラグーンを今の技術と素材で再現する事は可能とお考えなのですか?」
曲がりなりにも錬金術師を目指す私としては気になる所である。
「どうだろうね。竜種の素材が持つ魔術的能力には、これを作成した僕達ですら解明できていないものがいっぱいある。だから完全に再現するのは竜種自体が持つ特異性を解き明かす必要があるのだが、そんな事は不可能だし、やる気も無い。だから、僕は僕が持つ能力を全て使って、このドラグーンに匹敵するゴーレムを作るつもりなんだよ。」
なるほど。これは、父が、彼の事を今孤独かもしれないと言った意味が分かった。このドラグーンというゴーレムを一緒に作り上げた父が居ない今。彼の思考、特にそのレベルについて行ける人間が居ないのでは無いかという事だ。
いやぁこれは私にも荷が重いよ。父さん(;^_^A
「そこでだ。これからが今日の本題だ。アスカ・エレナ・ミナモト君」
いきなりフルネームを呼んで来た。大体しゃちほこ張って私を呼ぶ時は無理難題を吹っかけて来る時なんだよねぇ。
「僕と賭けをしないか?」
兄さまはとってもいい笑顔でそんな事を言って来た。