013 王立錬金工房
レストランの食事は噂にたがわず絶品だった。庶民的というのは間違いないが、店の感じが畏まった感じではないので、私の様な庶民の出には気楽で、とっても楽しめるのも良い。味も高級レストランに遜色ないのではないかと、大貴族約二名のお墨付きをもらったので、間違いないのだろう。
こりゃ、流行るのも頷ける。今後こんな形態のお店が増えるんじゃないだろうか?
さて、おいしくご飯もごちそうになった事だし、我々はこれで引き揚げますか!
と思ったら、アル兄さまにがっしり襟首を捕まえられた。
「おいおい、これからが本題だ。お前を連れて行きたいところがあるって言ったろう。食事はついでだ。」
あちゃあ、覚えてたか・・。
「どちらへ行かれるのですか?私たちもご一緒して宜しいのでしょうか?」
エリーが拉致られそうな私を心配してそんな事を聞いて来た。
「うん。そうだね。君たちも高等科に進むんだよね。どこまで直接関係するかは判らないけど、我が王国の行く末を左右しかねない場所だ。後学の為に一緒に見に行くかい?行先は、王立錬金工房だ。」
何?それは少しだけ興味があるな。二人も満更ではなさそうだ。見たくても中々見学させて貰える様な所ではないからだ。
逆に、アイナさんは注意深く見ていないと見落としてしまう程わずかに表情を曇らせて視線をアル兄さまに送った。差し詰め「良いのですか?」と言った感じだ。
アル兄さまもその視線に気づいて笑みを崩さず彼女に向けて小さく頷いた。
しかしこの辺のやり取りのツーカー具合が、二人が恋人だと私が確信しているところなのだが、まぁそれはいい。私にはどうでもよい事だ。
結局我々三人娘は全員アル兄さまに拉致られて、馬車に乗りその王立錬金工房へ行く事になった。我々がレストランを出ると、大通りには既に馬車が回されていた。
アイナさんも含め我々五人は馬車に乗り込み、来た道を戻る形で進む。大手門通りに入り、学園を通り過ぎて、鍛治屋通りを家と反対方向に曲がる。王宮と官庁エリアを横目に見ながらその外れに向かう。
鍛冶屋通りの突き当りに、かなり大きな区画の建物があり、そこが王立錬金工房だ。城の様に壁に囲まれている。私は幼い頃母に連れられて父に着替えやら届けに行って以来だが、ずいぶん様変わりしている。もっと開放的な公園の中にあった様な場所だったと思うが、現在のこの物々しい佇まいは、やはり、魔術核やノヴァゴーレムといった軍事機密を守る為にセキュリティが強化された結果だろうか。
その所為か、馬車は建物の門の前で一旦止められた。入館手続きの為アイナさんが降りて検問所に入って行った。アル兄さんが身元保証なので、特段問題はないのだろうが、最近とみに手続きが面倒だと兄さまがぼやいていた。実際結構時間が経ってもアイナさんが戻って来ない。
私はその間、馬車の窓からボーっと外を眺めていた。門前で何台か馬車が止まっている。彼等も手続きを待っているのだろうか。中には王都内ではあまり見かけない大型の馬車まであった。窓に目張りがしてありなんとなく物々しい。恐らく軍用馬車だ。
まぁ錬金工房といっても実情は軍事工廠だ。軍人さんたちが出入りしても不思議では無い。
それどころか、魔術機動車まで走っている。魔術で駆動する車で、百パーセント軍事車輛に間違いない。魔術刻印で防御力を高められた一種の装甲車だからだ。そんなもん軍ぐらいしか使わないだろう。
庶民は軍事パレードでもやらない限りお目に掛からない、中々珍しい魔術具だが、さすがは王立錬金工房といったところだろうか。
しかし、よくよく見るとちょっと動きに違和感がある。工房のセキュリティーゲートに用がある様には見えない。門を通り過ぎて行ってしまったのだ。それだけなら、単に通りかかっただけなのかもしれないが、しばらくするとまた門の前に来て、まるで中の様子を窺う様にして、また去っていく。
もしかして、工房を警護しているんだろうか?警護ならゲートの所にでもドンと厳めしく停めてしまった方が効果あるのではないだろうか?
「ずいぶん時間が掛かっているな。そもそも普段は休日にこんなに来客は無いんだけれどなぁ。もしかして今同盟本部で首班指名会議中だから、陛下の首班指名反対派に対して対テロ警備でもしてるのだろうか?」
アル兄さまも少し普段より物々しい気配を感じているらしい。
「でも、同盟国議会の本部はザルツ王国ですよね。陛下もそちらに居られるのでは?」
アイがもっともな意見を言った。王様の留守中にテロを起こしても何になるのだろうか?
そんな事を言っていると、アイナさんがようやっと検問所から小走りで出て来た。
「時間が掛かってしまいごめんなさい。なんか普段来ない様な軍部の人が大挙して押しかけて来ているみたいなのよ。こんな休日に一体何しに来たのかしら?」
そう言って、不審げにその軍部と思しき人たちを一睨みすると、我々にゲストカードを渡し見えるところに身に着ける様に指示した。
その後に漸く馬車はゲートを潜る事が出来た。ずいぶん厳重な入館チェックの割には、実際通る時は、門番が馬車内をちょっと覗き込んだぐらいだ。なんかバランス悪くない?
兎にも角にも、門をくぐり、しばらく進むと車寄せがあり、そこで我々は馬車を降りた。アイナさんは少し用事があるという事で、一旦そこで分かれた。後でまた合流します。との事だった。別れ際にアル兄さまに何やら耳打ちしていた。差し詰め若い女の子(我々)に要らぬちょっかい出すなとくぎを刺されているのかもしれない(笑)
建物に入ると、流石にアル兄さまは慣れたもので、ずんずん中に入っていったので、私達はその後に続くが、若い女学生が珍しいのだろう。行き交う人がいちいち視線を向けて来た。
その度に、愛想笑いで会釈する我々であった(笑)