009 アルバート・グレイスリー・ホーンブレイン
校門で私は予想外の人物の出迎えを受けた。
その人物は、学園の送迎用馬車とは比べ物にならない様な豪奢な馬車で待っていた。
その人物は、私を認めると、自ら馬車の扉を開けて顔を出した。
「やあアスカ。ご苦労だったね。家まで送ろう。」
その人物は明らかに堅気でない感じの貴族風の衣装をまとった男だった。というか本物の貴族なので当然だ。
「アル兄さま。どうしてここに?」
彼の名前はアルバート・グレイスリー。ホーンブレイン子爵だ。立派な大貴族様だがそれ以上に彼を有名にしているのは、彼が魔術核の発明者という点である。
天才魔導師にして天才錬金術師の呼び声高い人物である。
私が彼の事を気安く「アル兄さま」等と呼んでいるのは、彼が父と十年来の親友で小さい頃から知っているからである。
その所為かどうかは判らないが、私が畏まって「ホーンブレイン子爵様」等と呼ぼうものなら、とても不機嫌になるという至って面倒な人物である。
本当は「兄さま」と呼ぶ程近い年齢でもない。確か三十の少し手前ぐらいの年齢なので、私の倍近く生きている。だからと言って「おじさま」とかも禁句である。今やそんな事気にする様な歳ではない気もするが、二十代前半の時は「おじさま」とか「おじさん」とか呼ばれたくなかったのだろう。なので三十が近づいた今でも「兄さま」と呼ばされている。
まぁ実際彼は実年齢に比べて、若く見える。その上貴族らしい整った顔立ちだ。と言ってもどちらかと言うとどこか頼りなげというか、うだつの上がらない見習魔道士言った感じで、とても天才魔導師と世間を騒がしている人物とは思えない。
「さぁ、乗って」
と私をせかす。言い出したら聞かない我儘なのは貴族のお坊ちゃん丸出しなので私は素直に従った。まぁ親切心からだしね。多分。
馬車は静かに出発した。
「しかし、なぜ私がこの時間になるのをご存じだったんですか?」
彼が我慢強く下校時間から校門で待っていたとは思えない。
「校長に呼び出されたんだろう?」
何故それを知っている?まさか学園にスパイでも放っているのか?まぁそんなマメな奴じゃないよな。
「なんせ、僕が君の才能をギリアム君にチクった張本人だからね。」
なんだとー!国からの強い要請って、言い出しっぺは貴様か?貴様が私を国に売ったのか?!
「まさか。むしろ逆だよ。僕は君を国から守ったのさ。」
どういう事?どうもこの手の天才の考える思考にはついてイケん。
「今、東国同盟の本部で首班指名の選挙会議が開かれているのは知っているかい。その会議でおそらく我がリーンヴァレル国王ヴェルン三世陛下が指名されるのは確実と言われている」
ん?そうなんだ。うちの様な辺境国が首班?やっぱノヴァゴーレムの関係?
「その通りだ。この技術は、我が国だけでなく同盟全体の命運を握る事になるだろう。当然ノヴァゴーレムは同盟を上げて増産され、操作者である魔術騎士確保の為、激烈な争奪戦が繰り広げられる。まぁ他国に自国の魔術騎士を流出させる様なヘマはしないと思うけど、国内だって一枚岩じゃない。政治の世界は難解だし、様々な派閥が様々な思惑でそれぞれ自分の勢力増強に努める事になるだろうね。」
うーん。話のスケールがデカすぎて、一初等科学生には荷が重いんですけど。
「その政治のパワー合戦の渦に君を巻き込まない様に、早めに手を打ったんだよ。今なら僕の手の届くところに君を置いておく事が可能だからね。」
いやいや、その話を聞くとお前が真っ先に巻き込んだ様にしか聞こえないんですけど。
「まぁいいさ。こう考えてくれ。どうせ巻き込まれるなら知り合いの方がいいだろ?」
まぁそれはそうかもしれないが、そもそも巻き込まないという選択肢は無かったのだろうか?
「それは、無理というものさ。君はギリアム君に自分の考課表を見せてもらわなかったのかい?あそこに書かれている君の魔術適性は異常さ。数字だけ見ればね。そして各勢力のスカウターは君の為人なんて気にしない。君の存在に気付けば、遠くない将来間違いなく陰に日向に争奪戦が始まるよ。」
うーん。なんかいずれにしてもあまり明るい未来は見えてこないなぁ。
「諦めて魔術騎士になりなさい。君は僕の為の魔術騎士になるんだ。」
そんな、プロポーズみたい事言っても駄目だ。貴様にはちゃんと美人の彼女が居るだろう?これだから大貴族様は信用できん。
「そうだ。今度の休日は暇かい。君に見せたいものがあるんだが」
残念!今時の女学生に暇などないのです!今度の日曜日はアイとメリーで最終試験明けの打ち上げ会で美味しいものを食べに行く予定です!
「それじゃあ、彼女達も連れて来るといいよ。お礼に僕が今王国で人気のレストランでごちそうするよ。」
ぬぐぐ、汚い手を使う・・。
メリーは兎も角、私やアイはそれ程自由になるお小遣いは多くない。彼が招待してくれるレストランとなれば、普通の女学生にはとても手が出ない様な高級店に違いない。
私は、「彼女たちに聞いて見る」といって、とりあえずその話はそこまでになった。しかし見せたいものって何だろう。
うちの工房に着くと、アル兄さまはそこで私と共に降りて、父と話があるという事で一緒に工房に向かった。私は父に帰宅の報告をすると、後で少し話があるので、食事の時にでも時間を取ってくれとだけ伝えて、工房の人たちへの挨拶もそこそこを家へ向かった。