第2章 002 ~奇跡のチカラ~
夜も更けエマは眠りに落ちていた。 朝から歩きっぱなしなのだから流石に疲れただろう。 無防備な寝顔はとても愛らしい。 だがエマから「絶対にこっち見ちゃダメ。 何かない限り近寄らないでよね」 と言われてたレンはその言いつけを健気に守っている。
「それにしても、見張りって言っても流石に眠いよな。 。 って言っても夜の森は余計に怖えな。 今にもなんか出てきそうだ。 なぁニーチェ…」
夜の森は都会育ちだったレンには味わった事も無い暗さだ。 呼びかけるニーチェに反応はない。 流石に精霊と言えども眠るようだ。
それから時間が過ぎ、さすがに疲れていたレンも眠りについてしまったようだ。ーーそんな時、奥の方から草木が擦れる音がした。
その音に反応したのはニーチェだ。 ニーチェは慌ててレンを起こす。
『レン、起きて! ねぇ。 なにか居るかも』
その言葉にレンは重い瞼を開く。
「どうしたー? 気のせいじゃないのか?」
『そんなはずないよぉ。 それにこの気配…』
その時、ガサガサと音を立て何かが動くのをレンも確認した。
「あっちだ。 超怖えけど…行くしかねぇよな」
レンは見張りとしてのーー否。 男としての使命感から松明を手に取り、震える足を抑え音の方へ向かった。もちろん相棒のニーチェと共に。その辺はもう当たり前のように運命共同体なのだ。
『ねぇねぇレン。 もし魔獣だったらどうする? 武器も無いし、ボクたちは魔法さえ使えないよぉ…』
「魔獣ねー。 蓋を開けてみれば可愛いワンちゃんでした。 なんて事には…… !!! やっぱりならないっすよね」
レンの願いとは裏腹に、そこに現れたのは可愛いワンちゃんなどではなく、一目見るだけで分かる程に、まるで顔に魔獣と書いてあるかの如く。 そんな分かりやすい魔獣が目の前に現れたのだ。 見た事もない生物で、大きさは熊ぐらいはあるだろうか。 牙をむき出し、とても話が通じるようには思えない。
「ヤバイヤバイヤバイ。 ヤバすぎる。 ニーチェ。どどど、どうする?!」
『ボクらじゃどうしようも無いよぉ。 エマたちなら、きっと魔法で何とか出来るかも』
その提案にレンは首を横に振った。
「こんな恐ろしいやつをエマたちの所へ連れてってたまるかよ。 くっ。ここは何とかヤツを撒くしかねえ」
そう言ってレンはニーチェと共に逃げる。 無力なレンにはそれしか無いのだ。 本当は今すぐにでもエマに泣きつきたい気持ちを堪え、ただただ逃げる。
『どうするのぉ?! いつまでも逃げれるとは思えないんだけどぉ』
「わかってる! 今ーー考えてるから! 何か無いか。何か…」
そう言い、走りながら落ちていた丁度良さそうな木の棒を拾い上げる。とはいえそれで太刀打ち出来るとも思えないが、気休めくらいにはなるだろう。
「ーーーーくそっ。やるしかねぇな」
覚悟を決めた瞬間、振り返り様に鮮血が飛び散る。無情にも魔獣の爪はレンを襲ったのだ。
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「……ん? なに? 今の音…。 ねぇシャル」
何かの気配を感じエマが目を覚ましシャルを起こす。
『どうしたの? エマ。 何かあったのかい?』
「なんか音がしたの。 ……あれ? レン? レンは?」
周りを見渡し近くにレンとニーチェの姿がない事に気がつくと、慌てて立ち上がる。
「何かあったんだわ…」
『エマ! あっち!』
シャルが闇に動くナニカを発見した。 一瞬レンたちかと思ったが、すぐにそれが違う存在だと認識する。
「魔獣…だわ。 いくよシャル!」
エマは魔獣と対峙した事があるのか、驚く様子もなく立ち向かう。 先程見せた様にシャルを肩に乗せると同時にシャルが光り、目の前に先程の炎とは比べものにならない程の燃え盛る炎が生まれ、目の前の魔獣を焼き尽くす。
「レンが危ない! 早く見つけないと」
『そうだね。 ニーチェに何かあったら大変だ』
松明を手に辺りを探す。 ーーしかし嫌な予感が当たってしまったのか、まだ真新しく水々しい血がエマの足元に飛び散っていたのだ。
「これって……。 嘘…でしょ?!」
その血は奥の方へと続いている様だ。 恐る恐る先を進むと、血を流す人影を見つけた。 ーーそれと同時に辺りは眩しいほどに光り、刹那、稲妻がもう一つあった大きな影に落雷した。
「え? レン? レン!!」
エマは目の前の光景に一瞬戸惑ったが、レンの姿を確認すると急いで駆け寄る。 レンは血を流しそのまま疲れ果てた様に倒れこむ。
「レン! ねぇ! レン…」
意識を失うレンを必死で呼びかけるエマ。
『エマ、シャル。 レンが…レンがぁ』
白い精霊。先程、稲妻を生み出したニーチェだ。 涙を流しその小さな体でレンに寄り添う。
「さっきのは? いいえ。 とりあえずなんとかしないと!」
エマは出血が止まらないレンの体を手で抑える。
「お願い。 止まって。」
『…魔法使えたんだよ。 レン』
「ニーチェ…?」
『起きてよ! あんなに冒険を楽しみにしてたじゃないかぁ。 魔法も使えたんだよぉ…。 必死で心を合わせたら奇跡を起こせたのに……なのに…ねぇ起きてよぉ!』
涙を流し震える声で呼びかけるが、レンに反応はない。
「心を…。 そう……そうよ! シャル!」
『そうだよ! エマ!』
何かを思い出した様に頷く二人。そして二人は目を閉じ集中した。ーーその瞬間眩しい光が生まれ、レンを優しく包み込んだ。
ーーーーー気がつくと辺りは明るくなっていた。
「ん? あ、あれ? これは…」
目を覚ましたレンは驚いた。エマが可愛い寝顔を見せてレンに寄り添いうように眠っていたのだ。
『レン! 良かったぁ。 死んじゃうかと思ったよぉ』
「なにこの状況?ドキドキしすぎて心臓爆発して死んじゃいそうだよ!」
涙目で安心するニーチェにレンは軽口を叩く。 その様子にニーチェはホッとして
『エマは倒れたレンにずっと癒しの魔法をかけてくれてたんだぁ』
「癒しの魔法って? 魔法はあのイグニっていう火の魔法しか知らないって言ってなかったか?」
『あの時はそうだったみたいだけどぉ。 レンがあの状態でみんな必死だったから、それで新しい力に目覚めたみたいなんだぁ。 ボクとレンがあの魔法を使えたみたいにね』
「魔法?! え?俺たち魔法使えたのか?!」
その返答にニーチェは驚く。
『覚えてないのぉ? まぁあの状態じゃ無理もないかぁ。 とにかく魔法を使ってあの魔獣を倒せたんだよぉ。 一歩前進だねぇ!』
「そ、そうか! なんか実感ないけど、やっぱり俺って凄い才能があるのかもな!」
『才能があるのはボクの方かもよぉ〜。 ーーとにかく! エマとシャルは夜の間ずっと君をみてくれてたから、今はそのまま眠らせてあげよぉ』
「そうだな!」
寄り添う彼女を動かさないように、そのままの体制でドキドキする心臓を抑え、レンはエマが起きるのを待った。
ーーーーパチン!! という音が森中に響き渡る。 エマが起き寝ぼけて隣に目をやると、そこに寄り添うレンの姿に自分から寄り添った事も忘れ、勢いでその顔にビンタをキメこんだ音だ。
そうして今日も、このパーティの慌ただしい一日が始まるのだった。