第1章 003 〜冒険への導き〜
なんなんだ。 この光。 まさかこんな古典的な合言葉が正解だったというのか。 さっきの詠唱に少し羞恥心を感じていた。
『うわぁー綺麗だねぇ』
そんなレンの羞恥心など、まるで忘れさせるかのように黄金の扉は神々しく光っている。
「と、とりあえずだな。 どうする? 今ならワンチャン開くんじゃね? そんな雰囲気だよね? これって」
すると突然、鐘の音の勢いが増した。 それに導かれるようにそのまま、レンは扉を押した。 先程までの頑丈でビクともしなかった扉が、まるで普段当たり前のように開いていた自宅の部屋の扉のように軽々しく、しかしゴゴゴゴゴォと重々しい音を立てて開いたのだ。
「え? え、え、え?! なんなん?! 」
『イェーイ! なんかわからないけどいい感じだねぇ!ゴーゴー!!』
戸惑うレンとは裏腹に、ニーチェはとても嬉しそうにこの状況を楽しんでいた。
ーー開かれた扉の奥へ進むと、神々しい光は消え激しい音を立てて扉は閉まってしまった。
「この様子じゃもうこの扉は開きそうにないな。 まぁ、とりあえず入れたみたいだから一歩前進ってとこだな」
レンは閉じた扉を触りながら、振り返り辺りを見渡した。 正面には大きな階段があり、奥へと進めるようだ。
他にも部屋らしきものはあるが、こういうのはこの階段へ進むのが正しいルートなのだろう。それにしても中へ入っても人の気配はない。
「まぁちょっと怖い気がするんだけど、いっちょ行ってみますか! なんか俺ガキの頃からこういうのに憧れてたんだよな」
『知ってるよぉ。 君は部屋にこもってよくゲームとかしてたもんねぇ。 何が面白いのかボクには分からなかったけどねぇ』
などと話しながらレンはニーチェを頭に乗せて階段を上がって行った。 特段何があるわけでもなく一歩ずつ階段を上っていくと、如何にもと行った感じのそれっぽい扉があった。
「お! きっとここだよな。 如何にもって感じだ」
ーー扉を開くとそこは、神々が居そうな園だった。 まるであのエデンの園のようなイメージそのもので、草木、花が咲いていて、天井のはずが、空があり日が出ていた。
「あ、あれれ?! 室内だったよな?! 中庭にでも出たのか? それにしても綺麗なところだなぁ」
辺りを見渡し感心しているレンを横目に、ニーチェは奥の気配に反応していた。
『レン! あっち。 誰かいるよ』
ニーチェの視線の先へ目を向けると、パチパチと手を叩く音と共に、綺麗な長い金髪をなびかせて、裸の……少年?のように幼く見える人物がやってきた。
「ハハハっ。 ようこそ。よく来てくれたね。僕は君を待っていたんだよ。 ここまで来れたって事は、君たち二人であの扉をちゃんと開けたんだね。いや、僕は信じていたさ。 それにしても久々な来客に僕は胸が高まるよ」
長い髪をかき分けて整い過ぎている顔立ちの若い少年が嬉しそうに話しかけて来た。 歳の頃で言えば12.3といったところか。 何故だか裸で、しかし恥じる様子もなく自然に接してくる。
「あ、あのさ、お前は誰なんだ? もしかして察するにここに住む神様的なやつか? 」
聞きたい事は多々あるが、レンはとりあえず目の前の彼が何者なのか。気になって仕方がなかった。その問いにハハハっと笑い彼は答えた。
「神様かー。うん、どうだろうね。 信仰さえあれば誰であれ神のような存在になれるんだし。 最近なんて特にね。 だからその辺の捉え方は君たちに任せるよ。 じゃあ何者なのか?と君の問いに答えるとすると…そうだなー。僕はここで君たちのような存在を待ち、導くための存在だよ」
いまいち納得はいかないところはあるが、多々ある疑問をぶつける事にした。
「そうか。導いてくれるってのはありがたいんだが、まずは色々と聞いてもいいか? あのさ、俺って本当に、その…死んだのか? それにーー」
と質問を言いかけて、彼はレンの質問に割って入った。
「君は死んだよ。 それはそこの…えーとニーチェ。そうニーチェからも聞いたよね? その死なんだけど、まずは君の考えを正そう。 君たちの世界では死んだら終わりだなんて言うけど、死とはそんなに怖いものでもないんだよ。 簡単に説明すると普通なら死ぬと、ここを通らずにあるべきところに帰り、そしてそれがまた繰り返されていくんだけど。 君の場合は少し違うね。君にはニーチェが居たから。 君があの世界で産まれた時、ニーチェも一緒だった。 まぁ、次元がちょっと違うから感じる事は出来なかったんだけどね。ニーチェが可愛く育ってくれてて僕は嬉しいよ」
淡々と当たり前の事を当たり前に話すような態度で、口を挟む隙さえ与えずに彼は続けた。
「あっ! 君の考えてる事は何となくわかるから、僕の方から色々説明してあげるよ。 本当は説明って得意じゃないんだけどね。 あのね。まずここはニーチェからも聞いてあると思うんだけど、いわば中間地点。そしてあの扉を開く事が出来た君たちはこの先は進む事が出来るんだ。ここから先はニーチェも知らない世界だから。二人でちゃんと力を合わせるんだよ。さっきみたいにね」
見た目的には幼い子供にそう言われると色々思うところはあるが、とりあえずそれは置いておいた。
「さっきみたいにって、なんだ? あの開けゴマって合言葉か?」
なんの事かわからずにレンは質問した。
「ハハハ。 ああ、ごめんごめん。 説明不足だったね。 てっきりもう気がついてるかと思ってさ。 あの時ニーチェを頭の上に乗せて、二人で意識を合わせただろう? その前もニーチェと鐘の音をイメージして、扉の前まで来れたよね? そうやって想いを合わせて意識する事で、魔法のような力を使う事が出来るんだよ。だから君のあの恥ずかしい詠唱も、その間の抜けた合言葉も全く効果は無かったよ。あのタイミングでたまたま偶然二人の想いが重なったって事だね」
彼の若干皮肉めいた発言にレンは耳を赤くした。だかその魔法のような力という言葉のワクワク感に興奮を抑えられない様子だ。
「なぁ! 神くん! とりあえずよくわかんないんだけど、とりあえず、俺ってば選ばれし勇者でニーチェが俺の相棒って事で良いんだよな?! んで、なんか魔物とかは魔法で退治して、そのうち魔王とか倒しちゃう感じてOKかな?」
これから始まるであろう冒険の予感にレンは心を震わせた。その様子にニーチェもやれやれと言った感じた。
「ハハハ。察しがいいね。君がいう魔王たる者の存在がどの程度の者なのかは知らないけど、近しいところはあるのかもね。 それに物怖じしないところもさすがだよ。 やっぱり君たちで良かった」「ーーこればかりはランダムだからね」
最後の言葉はレンたちの耳には届いていない。
レンはニーチェとはしゃいでいる。とは言ってもレンが一方的にやる気に満ち溢れ、ニーチェに強要しているといった感じだ。
『もう、なんなのよー! うるさい! うるさいー!』
「とか言って、お前もワクワクしてるんだろう? とうとう俺の…いや、俺たちのターンだぜ! 」
出会って間もない二人……否、この世に生を授かった時からの付き合いだ。その仲睦まじい感じは本当に微笑ましいものだ。その姿には神くんも微笑むばかりだ。
「あっ! そう言えば神くん。 俺たちの事を導いてくれるとか言ってたけど、具体的にはどこに連れてってくれるんだ?」
と、思い出したようにレンは質問した。
「うん。 もう準備はいいかい? この先へは僕も行けないから力にはなってあげられないからね? 大丈夫かい?」
神くんの心配も押し切って
「ああ! いつでもOKだ! 早く冒険したくてウズウズしちゃってますから! 魔王でもなんでもズバババーってやっちゃうからね」
はやる気持ちを抑えきれない様子だ。
その様子に神くんは顎を引いて
「頼もしいね。 じゃあレン、ニーチェ。 こっちに来て」
そう言って二人を奥の方へと誘導する。奥へ進むと相変わらずエデンの園感が至る所は広がっていて、その先に魔法陣の様なものがあった。
「でました! これぞ異世界! 魔法陣だろこれ? うわー本当にあるんだな!」
レンはもはや、なにを見ても感動してしまう。 生前、よく頭の中がファンタジーだと言われるくらいのファンタジスタトだ。RPGゲームや異世界モノのアニメなんかはずいぶんと観て育ったものだ。
「君は本当に面白いね。 じゃあ準備も良いみたいだし、そのままその、魔法陣に立ってよ」
神くんはレンたちを魔法陣の中心に立たせ、初めて真剣な表情をみせてから目を閉じ、ブツブツと何かを唱え始めた。 その姿にはレンは興奮したが、その瞬間目の前が見えなくなるほどの光がレンたちを包み、目を開く事も出来なかった。
「いってらっしゃい。 頼んだよ。二人とも。」
そう言って裸の少年は微笑んだ。
ーーそこには二人の姿はすでになかった。