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7 異世界学校

「読み書き計算でしょ~、聞き取りでしょ~、ここまでは基本中の基本でしょ」

 鈴木さんは指を折々教科をあげていく。


「そんで地学史、数学史、物理学史、化学史、生物学史、会計史、経済学史、法律史、国語史、文化史、他にも色々。

 あとは文化実技で学外にスポーツとか習いに行ったりするよ」


「ああ、歴史ってそういう……」


 彼女は三反崎(みそざき)、終電で寝てて気づいたらパラレルワールドの日本に居た一般人。

 異世界日本の事を知るたびにカルチャーショックを受けている。


 説明を聞いてここ、パラレルワールド日本が変な国粋主義社会とかでは無い事に一安心したけど、何か色々元の世界と違くない?


「先の読み書き計算は修得主義。後の歴史や文化実技は履修主義で評価されますが、それとは別に修得状況の評価もあります」

 丁寧に説明してくれた音山さんの補足を鈴木さんは次の様に豪快にまとめた。 

「要するに義務教育は『なんかそれ聞いたことある~』っていう子を育てるのを目標にしてるの」


 それぞれの分野が学問として発達してきた歴史を学習する事で、知識として詰め込むだけではない効率的な理解が得られる。という発想でこういう授業形態になったそうだ。

 歴史的なパラダイムシフト、つまり価値観や考えが大きく変わった時の事を授業を通して追体験する事で、深い理解と新しい発想を否定しない柔軟な考え方、物事を観察して発見し、証明する。という事を身に着けてもらうのが目的だそうだ。


 ちなみに国語史は現代から過去に遡る、その方がなじみの深い文体から徐々に移行できるから。という話らしい。

 ゑ?もしかしてこの世界の最近の子はあの筆で書いたにょろにょろした文字読むの?読めるの?ゑをえって読む時代の文章とか読むの?まじで?



「ええ、まぁ戸惑うのもよく分かります」

 猫本さんはこっちの感覚分かるのか。

 聞けばこっちの世界も、つい最近まで私の居た世界に近い教育制度だったらしい。


「学校教育も紆余曲折ありました。施策の進行中は学校解体とか教育崩壊とか批判を浴び、今も完全に影響が分析されて判明してるわけではありません」

 音山さんが言うには、2000年ごろに色々あって教育制度の破綻という危機的状況になった。

 そのため、現場の負担を減らす方向で社会性の育成、知識や技術の理解共有といった学校の役割を分割してあちこちに割り振られる事になったらしい。



「あと遊ぶ時間多いよね~、一日の大半はゲームやってる」

「ゲームは社会性の育成に大事ですよ」


「……何となく分かりましたけど……ゲームというとやっぱり将棋とか囲碁とかスポーツとか?」


「はい、将棋、囲碁、サッカーや野球などの各種スポーツをはじめ、鬼ごっこ、かくれんぼ、ドッチボールからボードゲーム、カードゲーム、テレビゲームと言われるものまで。

 その学校の方針や設備、専門家の充実度にもよりますが非常に多岐にわたります」


 学校で堂々とゲームできんの!?ずるくない!?パラレルワールドの子ずるくない!?ていうか大丈夫なのそれ!?


「まぁ、批判は多かったです。特にビデオゲームと言われるものは。そのためか、導入当初の頃のゲームは健康的なアピールか体を動かして入力する仕組みが非常に多かったですね」

 2000年ごろといえば彼女の居た世界でも、ボタンの入力以外にも動きを検知するなどの独特なコントローラーが多くなった頃である。向こうのゲーム会社は偶然あの形のコントローラーを開発したのか、こっちのゲーム会社は必要に迫られてのあのコントローラーの開発だったのか、それは誰にもわからない。



「今の学校が遊びも大事にしてるのは本当だよ~」


 というか、むしろゲームを集団できちんと遊べるかという能カを確認するのが本分になっている。

 集団になじめない子を指導するのはもちろん、特に注意されるのは利己的な言動が極端に目立つ子だという。


「つまり、自分の利益のために他人を貶めたり害を与えるという行動パターンがあるかどうかですね。

注意される言動の例としては

自分の影響力を誇示する目的で誰かを爪弾つまはじきにする

落ち度を非難する

ルールを自分の都合のいいように曲げようとする

自分に有利、または初心者など一部の相手に不利な条件で何度も遊ぶ

ルールで定められていない嘘をついて陥れる

不利になったら怒鳴るなど暴力をふるって威嚇する

わざとゲームを台無しにする

理屈をつけて自分の利益を誘導する

などですね。

意識的か、無意識的かを問わず、です」

「そういう体質の子を見つけるにはね~、熱中できるゲームが最適なんだよ」


 確かに例として挙げられてるのはあんまり褒められた言動じゃないけど、子供なら割としょっちゅうあることなのでは?


「たしかに子供にはよくある事なんだけど、大人になってもそのままってわけにもいかないでしょ~、それいつなおすの?今でしょって感じで早期発見早期対応に務めてるんだ」

 そのネタこっちの世界にもあるの?学校で遊んでばっかいるのに塾の需要あんの?と思ったけどむしろ塾が必要なのか?

 それは置いておいて。


「大人にも割と居た気がする…………」

 友達が昔話していたボードゲーム大会の惨状を思い出した。


「そちらの世界では日常で遭遇するんですね……こちらの世界では場合によっては懲役です」

 なんで!?ゲームで圧勝したいってそこまで悪い事じゃないと思うよ!?

 驚いていたら猫本さんが教えてくれた。


「いえ、仮にそうした不和を起こす原因が、外見からは分かりづらい生まれつきの障害にある場合は早期に認知行動療法を受けることにつながるので良いのですが」

 そういえば向こうの世界の教育現場でも行動療法とか徐々に始まってた気もする。


「ただ、そうした行動に関して世界保健委員会の勧告が出ていまして……」


 猫本さんが説明してくれたところによると、80年ほど前から始まった集団の異常な意思決定に関する研究によるものだという。


 その研究で重要だったのは、その問題で中核的な役割を果たした人物の特徴的な思考パターンに注目して『パーティー症候群』と名前をつけ、悪癖や行動パターン。そうした言動の程度、頻度、常習性などから明確な定義を作成し、その後の追跡調査や比較研究からリスクを明確化し、社会的リスク因子として目に見えるようにした事だった。


 それらは環境要因によって後天的に、誰でも発生しうる疾患として常に警戒されているらしい。

 中核人物は主導的立場に近いかは関係なく、目立たない立場に居て、徐々にグループを混乱させていくことも多いという。



「はい、そしてパーティー症候群の患者の周囲には精神疾患患者の割合が有意に増加するという統計もあります」

 そのためこの世界ではパーティー症候群を精神的、社会的な健康の重大なリスク要因として、予防措置を強く勧告している。


「『ゲームに勝とうとする』『ルールの抜け穴を利用して優位に立つ』『ルールを改変して遊びやすくする』などの行動自体は何の問題もないのです。

 場合によっては社会の利益、ゲームで言えば新しい遊び方などの利益が生まれるでしょう。自分の利益を導こうとするのも交渉においてごく普通の事です」

 音山さんは続ける。

「しかし、その目的を達成するための手段として、反社会的な行動をとる、動機が利己的で言動が他害的である、自分の意図を隠して必要以上の便宜を引き出そうとする、などの傾向の強い子は高リスク群としてスクリーニングしています。

 普通であれば三反崎さんの言う通り成長とともに社会性が身に着きますので、そう神経質になるものではありません」


「スクリーニング?」

「ええ、検査によって集団の中から特定の疾患を発症するリスクのある人などを見つける事ですよ」


「犯罪を起こしてなくてもパーティー症候群っていう診断が出たら、程度によっては職業や利用できる施設が制限されちゃうんだよね~早目にリスクが分かってた方が良いよ」

「向こうの世界はそんなのなかったし。そこまでしなくても……」

 と、思うけど……いや、周りの人の健康にも関係するんだよね?制限ってするべきなのかな?どうなんだろう?向こうの世界でも一部の職業は病気の有無でなれない職業とかあった気がするからアリと言えばアリなのかな……いやでも……


「いえ、たしかに一般市民の自由を制限する事になるのですから、慎重に行わなければ言論弾圧の手段になりかねません。

 行動制限がかかるか否かの判断には医療機関の診断の他に捜査機関の捜査と司法機関の裁定が必要になります」

 猫本さんの説明を音山さんが引き継ぐ。

「パーティー症候群は重症度により対応が異なります。

 軽度であれば自動車教習の適性検査みたいなもので、こういう傾向があるので気を付けましょうと注意を受ける、程度です。

 しかし、レベルが高くなるほど制限が増えていき、行動や職業を大きく制限される事になります。

 最高レベルになると完全隔離となりますが、そこまで行く人は珍しいらしいですね」

 え~……危ないのかもしれないけどモヤッとするな……。向こうの世界にはなかったからかな。


「それって、突き詰めると全員懲役になるんじゃないですか?」

 だって例に挙げられてる人、割とよく見るもん。


「その通りで、利己的、他害的な行動が見られればすぐに、というわけではありません。ですが常習性などは非常に注目されます。

 また、特定の条件において発症するとされることもあり、その場合は要因に近づかないように注意する。要はアレルゲンを回避するような行動が求められます」


「ええ、何より、全ての人が多かれ少なかれパーティー症候群の素養を持っていますからね。

 例えば頭痛のある時にぞんざいな態度をとる、怒っている時に思わず声を荒げる、嫌いなものを声高に批判する。

 突き詰めれば自分からは相手を気遣う労力を割かずに相手を威圧して便宜を図らせようという意図と言えます。

 大抵は相手への配慮を失うほど追い詰められているケースが多いので、医療的な面とは別に、捜査で経済不安や健康不安などの背景も鑑みるそうです」

 それを聞くとパーティー症候群って本当にそこまで珍しい症状じゃないんだね。何なら人類みんなそうって感じ。

 むしろそれって、隔離して本当に大丈夫なもんなの?


「逆にね~、そういった行動が無くてもパーティー症候群として隔離される事もあるよ。

 すっごい珍しいんだけど、やたら人を怒らせるのが上手い人」

「なにそれ?」

「はい、軽口一つで軽いパニックみたいな状態に追い込んだり、集団を苛つかせて一人の人を攻撃させたり出来る人が居るんですよ。

 手品に近いみたいで、無意識に錯覚を利用しているとされていますが、完全には解明されていません」

 なにそれこわい。

 でも、説明を聞いても隔離が適切なのかはよくわかんないな……自分もイライラしてる時にやらかしそうな気がするもん。ましてや子供の頃となると、指導を受けてもコントロールできるものなのか疑問だ。年を取って状況把握が苦手になっても似たようなイライラを起こして人を攻撃するかもしれない。



「パーティー症候群の事を抜きにしても学校でやるゲームは大事な役割があるんだ~。新しいゲームのルールややり方を説明するのって説明能力や理解力が必要でしょ~」


 特にボードゲームなどは、自分たちで新しく作ったりルールを改変したりしやすいことから、制作者は全く未知のゲームのルールを説明する。一方で新しいゲームに臨むプレイヤーもルールを理解する。という能力が分かりやすく試されるため推奨されているらしい。



 そんなわけでパラレルワールドの日本の学校はゲームに支配されているらしい。異論は認める。私もかなり何て言うか……もやっとしている。


 ゲームばっかりやっていて大丈夫か?そう思うけど多分……

「ゲームだけでなく、この前チラッと聞いた検定で学力を保ってるんですよね?」

「こっちの世界の事わかってきたね~」

 分からないでか。いや、そんな制度で大丈夫?とは思うけど。



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