30 異世界の青い星
「うわーすごい景色……」
「三崎さんさ~、もしかして空飛ぶ乗り物系初めて?」
鈴木さんが声をかけてくれる。
「私の居た世界。飛行機はあるけど飛行船はほとんどなかったの」
「へぇ~、そんな世界もあるんだ」
百聞は一見に如かず。
と、水素飛行船に搭乗中の三崎 光です。
現在種子島に向けて飛行中。
今回のフライトでは20人乗りの機内はほぼ貨物室になり、ほぼ私たちの貸し切り状態。
「あの、高い所が苦手なら廊下側の席をお譲りしますよ?」
猫本さんが心配して申し出てくれる。ちょっと呆けてたせいで怖がってると思われたんだろう。
「あ、大丈夫です大丈夫です。
元の世界の飛行機と比べて窓大きいなーって思ってただけなんで」
「ああ、なるほど」
飛行船、横がかなり大きなガラス張りで眺めがいい。
ガラスじゃなくて細塵結晶だけど。
「飛行船ってこんなに速いんですか?」
結構速度が出てる気がするけど……もっとこうフワーんとしてるんだと思ってた。
「日中は一回雲の上に出ちゃえば太陽光を受けられるからね~、ソーラーパネルでプロペラ回すか、太陽光集めてジェット出したりしてると思うよ」
詳しいメカニズムは分かんなかったけど、そんなわけで飛行機には劣るものの多少のスピードは出るらしい。
「……飛行機と比べて、たまに右に行ったり左に行ったりしてるような……」
別に酔うってほど激しい方向転換でもないし、一方向を目指してるっぽくはあるんだけど。
「ああ、向かい風なんですかね?
帆船が向かい風に向かって進むように、船体全体を帆にして抵抗を減らすんですよ」
そんな事もしてるのか。
飛行船は、推進力で揚力を生み出す飛行機とは違って浮力に多少余裕はあるが、丸みがある為に風の抵抗をもろに受けてしまう。
その為に向かい風や横風に煽られないようにする飛行船独自の航法らしい。
飛行は安定している。離着陸時も飛行機と違って加速が要らないのでエレベーターみたいにフワーっとしたものだった。
しかしチラチラ気になってしまう頭上の広い空間。
「でもなぁ……水素……」
だって今朝タイムリーに『小型飛行船墜落爆発。飲食店など巻き込む』とかやってんだもん。幸い亡くなった人は居ないらしいけど。
確かに飛行機だって燃料に何かあれば爆発するけどさぁ……。
「以前もお話ししましたが、水素は大気と触れないようになっていますから大丈夫ですよ。
火事でも空気が入らないと鎮火しますよね」
音山さんが根気強く教えてくれる。爆発限界。濃度が濃すぎても火は点かない。言われてみればそうかぁ……とは思うけど。
「多くの材料には、水素に晒されると水素を吸収して脆くなってしまう水素脆性という性質があるんです。
おそらく水素飛行船が作られなかったのはその辺も理由の一つですね」
「初耳です。音山さん」
そんなのもあって水素飛行船が危険だったのか。
こちらの世界では水素脆化のメカニズムの解明と高いガスバリア性を持つ材料の開発というブレイクスルーを経て近年ようやく水素飛行船が運行されるようになったという。
種子島が見えてきた。
そこでびっくりする。というか、さっきからチラチラ見えてたのは錯覚じゃなかったのか。
島から伸びる塔、というには細すぎるしケーブルというには太すぎる構造物。
それが何本か、飛行船より遥か上空まで伸びているのだ。
思わず窓辺に寄って見る。
「やっぱりこの辺まで来たらここには寄りたいよね~、成層圏交通機関シグマ-Hi」
後ろで鈴木さんが喋る声が聞こえる。と、同時に、ケーブルの根元から何かがゆっくりと、そして徐々にスピードを上げて、ケーブルを登って行った。
……もしかして……軌道エレベーター?
「いえ、軌道エレベーターではありませんよ」
猫本さんにサラッと否定された。
「はい、成層圏交通機関と言います。
ロケットを成層圏までリニアモーターカーで運び、上空の空気抵抗が少ない地点でロケットを点火してリニアモーターカーをカタパルト代わりにしてロケットを打ち出すのですよ」
目で見えないぐらいの上空では、東に向かって滑走路の様にリニアのレールが伸びているらしい。東の空に目を凝らすけど見えない。
「どうやってそんな建物作るんですか?」
東の海には雲を突くようなバカでかい柱も見えない。
「複数の超巨大水素気球で吊ってます。
上空のジェット気流や、頻繁に発生する台風に抗して位置や姿勢を制御できる気球と牽引装置の開発は大変だったと聞きます」
どえらいパワフルな建築……。
建物を支える気球はメンテナンスのために時々入れ替えてるらしいけど。
この世界、そろそろラピュタっぽいもの作れるんじゃない?
成層圏交通機関の根元に立つ。
上を見上げても終りは見えない。ケーブルと見紛う塔っぽい何かと、ケーブルの途中に付いている風船と見紛う巨大水素気球以外何も見えない
ケーブル?塔?は何本かある。
それぞれ役割が違い、打ち上げ棟、研究棟、見学等、非常棟だという。
打ち上げ棟はリニアレールが敷かれ、空港の滑走路同様に立ち入り禁止になっている。
「一時間待ちだってさ~」
「え?宇宙に行くの?」
聞いてないよ?
「ううん~、見学棟はエレベーターであがれるんだ~。
皆で行こう」
「いいですね」
「ああ、一度見てみたかったんです」
成層圏を見学って言われてもピンとこない。
「帰りのエレベーターでさ~、一瞬無重力体験できるからさ~」
それ、絶叫マシンじゃない?
10人前後が座れる大型エレベーター。
ベルトは両肩を通すしっかりしたやつだ。
エレベーターは速い。
少しずつスピードを上げるので負担を感じるような事は無かったけど、それでも速い。
「うわぁ……速っ!」
「上空25kmまでいくからね~」
鈴木さんの答えに思わず二度見する。
時速100kmでも10分以上かかるじゃん!
みるみる小さくなっていく地上。
島の全域が見え始めると、何とも言えない遠くに来ちゃったな感を感じる。
上空は風の為、振動を感じる事があります。とかアナウンスされたけど、特に気付くような大きな揺れは無かった。
……ベースの振動に慣れちゃってるのかもしれないけど。
雲の中に入ってホワイトアウトする視界。
徐々にその雲からも離れ、青空が一面に広がる世界へ。
そして。
『成層圏交通機関シグマ-Hi見学棟にようこそ。出入り口はこちらです』
その光景を見ていると言葉が出なくなる。
青とも黒ともつかない空の色。
眼前に広がる雲海。
いや、黒い空に地球が青く光っている。
宇宙とも上空ともつかないそんな景色。
施設の中に入ると、そこも大きな窓で全方位の見渡せる空間だ。
床に数か所、透明になっている部分があり、地上が見える。
神様の視界ってこんな感じなんだろうか……
写真を撮ってる一団が居て、ようやく我に返る。
絶対に撮るよこんなすごいの。
「4人全員で入っとこ~よどうせなら」
職員の人に記念撮影してもらったりする。
『南に見えますのが衛星加速軌道です。
13:28分頃、補給艇が通過予定です』
遠くに辛うじて見える糸のような構造物。それがリニアのレールらしい。
見ていると光がすごい勢いでその構造物を昇って行った。
地上から昇る流れ星の様に目の前を駆け抜けて、あっという間に東の空の一点の光になって見えなくなった。
補給艇は宇宙ステーションに人や物資を運ぶらしい。
そんなに打ち上げ回数は多くないので、見学棟の目玉の一つだという。
写真撮り損ねたなぁ。
数十分後。再びエレベーターに乗って帰る、帰りのエレベーターは一瞬だけ無重力になるのが目玉だ。
数十秒間はベルトを外して自由に動いていいのだ。
「みてみて~、映画とかでよくある壁に着地するやつ」
あれ、かっこいいよね。
鈴木さんはふわふわ浮いちゃってるけど。
そんなこんなでなんとかアクションシーン風の写真を撮ろうと色々しているうちに無重力タイム終了。
結構短い。
いきなり重力が作用してどたっと落ちるんじゃなくて、徐々に重力が戻ってくる感じ。
後は地上までベルトを着けて到着を待つ。
徐々に減速してるから安全なんだけど、地上がすごい勢いで近くなってくるのは若干恐怖を感じる。
帰りのグループ旅行号の中。
皆で感想を言いあった。
「私も初めて行ったのですが、何というか、感動的でしたね」
撮った写真を見てみる。
ほとんど宇宙、でも地球。
明日からまた仕事が始まる。
また成層圏交通機関には行きたい。でも北国とかいろんなところにも行ってみたい。
皆と行きたい所、見てみたい所がすぐ手の届きそうな所にあるのが嬉しくて、また明日から頑張れそうだ。
パラレル日本社会科見学、異世界転移が思ってたのと違う
https://ncode.syosetu.com/n8568fe/
終
つたない作品でしたが、読了ありがとうございました。
このお話はフィクションですが元ネタになった技術などはいくつかありますので、技術描写を好んでくださった方はむしろそちらの実在の技術記事を閲覧したほうが楽しめるかもしれません。
楽しく読んでくださってありがとうございました。