15 異世界お一人様住居
「では、続いてベース車両内の施設の説明に移ります」
私は何故かパラレルワールドの現代日本に来ちゃった一般人、三崎 光。
こっちの世界の日本は福祉政策として一人に一台、自動運転のキャンピングカーをくれる事になってるらしい、太っ腹だ。
今、末広さんていう職員さんからその車両の説明を受けてる途中。
寝室。贅沢言える身分じゃないですけど、ベッドも机も広いし収納もそこそこ、いいんじゃないでしょうか。
コンパクトに収まってて私の間借りしてた賃貸より快適なのでは?ちなみにベースの改築は有料で受け付けてくれる。
「運転席にもシートベルトはありますが、衝撃に一番強いのは寝室ですので緊急事態の時は寝室に入りベッドにあるベルトで体を固定するように指示されることもあります」
ベッドにシートベルトとかあるんだ……あんまりここを散らかしてはいけないという事ですね。ベッド周囲は衝撃を吸収するように色々工夫があるらしいが、仮に本をベッドに上に散らかしておくと時速100kmで本が吹っ飛んでくることもあり得る。
「私室、トイレ、シャワールームはプライバシーレベル4ですが、台所などはプライバシーレベル3になっています」
一人だからって裸みたいな恰好でお風呂場まで行こうとすると何かあって映像を確認するとき恥ずかしいって事ですね。
「私室のベッドの下に記録装置があり個人情報カードで開きます。
メンテナンス時にご自身でテープの交換をしていただくことになります」
自分で替えるんだね、まぁ個人情報の塊だから人に任せられないよね。
「あ、ここ……」
着いたのは台所、最初の鈴木さんのベースとそっくり。
私が最初にこの世界で目を覚ました場所とほとんど同じ部屋だ。
「ここは台所です。利用する時は駐車時にお願いします」
家電製品のほとんどは作り付け。大きな揺れがあっても倒れたりしないようにという事だろう。また、何かしら工夫されて調理器具が吹っ飛ばないようになっているようだ。
料理みたいに、大きく揺れたら危険がある作業をする時は駐車場内に入る事とされている。守ってない人も多いらしいけど。
レンジで軽くチンするだけとかだと、どこからが料理かとか線引きが難しいのもある。
次は水道。
「水の残量はこちらの柱の中で確認できます。ここに濁りや汚れなどがありましたらすぐにご連絡ください」
そう言って、壁の縦長の水槽みたいな所を示した。
ベースに水を供給する方法は二つ。
一つは給水タンクに水を入れること、これは自動運転によって給水所で給水してくれる。
もう一つはなんと、空気中の水分を回収する事。
他にも滅菌とか毒物の検出とかで難しい技術を使ってるらしいけど、説明されても分からなかったので割愛。
台所にあるのは加熱調理器具、水道(温水あり)、冷蔵庫、食器棚、調理用器具の棚、食料庫……
「食料庫?」
「思いがけない所で故障や災害に遭う可能性もありますので、最低一か月分の保存食を備蓄しておくことが法律で定められています」
そういえば保存食の話を聞いた気もする。
元の世界も災害多かったもんな、出先で現地の人に迷惑かけないようにってところだろう。災害時にベースがあったら心強いだろうなとも思う。
見た感じでは缶詰よりも切って使えるパウチ型が多い印象、温めないで飲める冷製スープみたいなやつ。あとフリーズドライの野菜。
これらの保存食はお値段がお安くなっているので、特に一人暮らしの人は普段の食事は主に保存食を使い、使った分を補充している愛用者も多いとの事。
食器洗いや排水口の掃除がめんどくさいので全部使い捨て容器で済ます人も居るらしい。全部ゴミ箱へポイで済むもんね……
ベースでの生ごみに関しては、全部ゴミ箱へ。が原則だ。
汁物、揚げ物油などは専用の吸い取り紙に吸い取って捨てる。
食器洗いの前にも紙で汚れをふき取ってゴミ箱へ、洗剤を使うならその後で少量使う事を推奨されている。
向こうの世界と同じ感覚で食器洗いすると排水管に残ったゴミで虫とかの発生の原因になるらしい、気を付けよう。
さて、向こうの世界でも悩まされた例の不快害虫とかが出たら必ず連絡してほしいとの事。
侵入経路や繁殖し得る場所を特定して車両を改良したいのだそうだ。ついでに駆除もしてくれるし場合によっては公衆衛生上の観点から新しい車両に変えてくれる、是非お願いします。
次の部屋にあったのは、洗濯機。
クローゼットの隣にドア。
確かに鈴木さんのベースにもあったけどさ、これ、天井の高さぐらいある、どう見ても部屋のドア、……絶対洗濯機じゃないでしょ、物置かなんかだよ。
開けると……天井はすりガラス状で明るく温室の様、実際に日差しがあるとあったかい。
物干しざおはギリギリお布団が干せそうな大きさ。
ハンガーに洗濯物をかけて、ピッって押すとお洗濯開始、洗濯乾燥までしてくれる。終了後はハンガーごと洗濯機の隣にあるクローゼットに移すだけ。
簡単に言うと、自動洗車機と超音波発生器と掃除機とドライヤーが合体した感じ、らしい。なんだろうその小学生が考えた最強家電みたいなのは。本当に洗濯できるのかな……説明されても分からなかったので割愛。
次に案内されたのはトイレ、例の洋式便器っぽいやつ。
「トイレゴミ回収袋はですね」
トイレゴミ回収袋……ああ、トイレの中に敷かれてる袋。
「スーパー、コンビニなどの日用品、トイレ用品コーナーで販売しています。
トイレットペーパーなどと同じ場所ですね。規格化されていますのでお好みに合ったものを選んでください」
トイレットペーパーでも何でもまとめて袋に落としてポイ。
これさえあればトイレも掃除いらずだし、慣れたらめちゃくちゃ便利そうだ。
「トイレゴミ袋は水を大量に使う想定になっていないのでウォシュレット用というのもありますが、よほどの量でない限り袋が破ける事はありませんので普通用でよろしいかと」
……破けたら悲惨だな。ちなみにトイレ専用掃除機もあるらしい。なぜなら一時期、水洗トイレに慣れたお年寄りがトイレゴミ回収袋をどかして使用してしまうケースが多発したため。
高齢化社会対策を一本化していたおかげでこの専用掃除機の開発は極めてスムーズにいった、といわれている。
トイレの横はシャワー室、兼洗面所。トイレとは別の部屋。
いたって普通のシャワー室だが見えない所の排水システムが色々工夫されてるらしい。乗ってる分には関係ないけど。
さて、メーカーにより多少違えど、ごみ箱は密閉され、ある程度まで溜ったら自動運転車が専用高架道沿いのゴミ収集所にぽいしてくれるので基本的に自動。台所の生ごみもシャワーや洗濯機の排水も似たような感じで一緒に回収する。
「原則超高温処理で分解しますが、分別されているゴミは買取を行っております」
特に古本、金属などは綺麗に分別されてると高く買い取ってもらえるらしい。
「おわった~」
初めてのこちらの世界の自分の部屋、ベッドの上でごろごろする。快適。
末広さんに教えてもらった事、ちゃんと頭に入ってるだろうか……分からないことがあったらお問い合わせくださいとは言ってたけど……
「どうしよっかなぁ……」
そろそろ午後も遅い……やるべき事はいっぱいあった気がする。
「そうだ……下着……」
着替えも食べ物もないんだけど……でも保存食はさっき……あったし……所持金は……ちょっとある。
異世界……元の世界のお金が使えないので入国管理局の方で情報提供料と合わせて換金してもらった……でも、どこに買いに行けばいいのかも分からない……
ぐだぐだ……だらだら……数時間後?
「頭動かない……」
そう思ってたら私本の呼び出しが鳴った。
『鈴木です。三崎さんおつかれ~。
ベースの説明はもう終わりましたか?疲れて寝ちゃってますか?
ご飯は食べましたか?日用品を買うお店に迷ってませんか?
私はいま、横浜1502環2階のリリーっていう喫茶店に居ます。何か困ってたら声をかけてください。
猫本さんもいます。
音山さんはこれから合流予定です』
お気遣いメール……立て込み過ぎてて混乱気味な事、全て察されてる、待ち合わせもちゃんと外だし。
鈴木さんってふわふわして見えるけどお気遣い屋さんだよなぁ、と思いながら「すぐ行きます」のお返事を返すことにした。
お別れから数時間ぶりのことである