11 異世界治安維持監視網
彼女は、ある日急にパラレルワールドの日本に来ていた一般市民の三反崎。
現在こっちの常識を勉強中。
「プライバシーレベルというのは、そのエリアに設置してあるカメラの性質やカメラの持ち込みの可否を指定した区分だと思ってください。
現代日本には町のあらゆるところに監視カメラが設置されています」
音山さんは左手を開いて右手の人差し指を一つ当てて見せた。
「レベルは0~5の6段階あり、0ほど公。レベルの数が大きいほど公開されにくい空間である事を指します」
「レベル0は完全にWeb上に公開されており、誰でも閲覧できるカメラです。
イベント会場や大きな駅前、桜、紅葉の名所など、現場の様子を見て混雑や開花状況などを確認したい時に使われますが、限定された場所に設置され、数はそこまで多くはありません」
「あれ?数は多くないって……監視カメラは町中に設置されているはずじゃあ…」
「レベル1の説明を聞くとすぐわかるよ~」
鈴木さんにそう言われたので、黙る。
「レベル1は公道の監視カメラです。これは特別回線内にのみ公開されており、一定期間保存されています。
特別回線は警察官や緊急時のオペレーター、警廻隊と呼ばれる警備業務員は防犯などのために閲覧できますが一般回線には流れていません」
音山さんは眉をひそめて続ける。
「何故ならそれが公開されていると、例えばストーカーなどがターゲットを発見、監視するなどの悪用ができる可能性があります」
「ひい」
その発想は無かったけど、確かにストーカーがやろうと思えば間違いなくやるだろう。
「レベル2は各事業者が施設内に設置する、レベル1と近い仕様のカメラですね。
施設内で一定期間映像を保管しておく事が定められています。これは警察が捜査などに利用します」
つまり、元居た世界の監視カメラと言えばこれだ。
「レベル3は室内の監視カメラです。この室内にもありますよ」
「ええ!?」
「ただし、そのカメラは独立して、絶対に回線に接続していてはならない事。特別な記録・閲覧様式を用いる事。
その記録の閲覧には何重にも許可が必要で、閲覧者も自身の情報を公開して複数機関から許可を得るようにする事。などの厳しい規定があります」
音山さんは安心させるようににこっとした。
「事件の捜査など必要なときにのみ閲覧が許可されますので、不用意に個人の映像がばらまかれるような事はありませんのでご安心ください。
飛行機のブラックボックスのような物です。個人情報を扱う事業所などレベル2のカメラが設置できない場所にも設置されています。病院の診療記録映像などもこれとは別仕様で同形式の堅牢さが求められるようになっています」
「三反崎さんがうちに現れた瞬間もその監視カメラで確認してね~、ほぼ間違いなく異世界転移者って事になったんだよ」
あの時そんな事があったのか。
「レベル4エリアからはカメラの持ち込みが禁止です。トイレ、お風呂、更衣室、私室などですね。カメラが持ち込まれることによる危険性の方が大きいとされる場所です。
ただし防犯のため、レベル4エリアの入り口にはレベル1~3のいずれかの監視カメラの設置が義務付けられます」
ふむふむ、隠し撮りとかの犯罪が起きやすそうな場所って事か、ただしそこで事件が起きたとき困るから出入り口に監視カメラを設置すると。
「ああ、そうだ。以前話題に出ましたが、パーティー症候群と診断された人の一部はプライバシーレベル3と5のエリアには入れません。事件を起こす可能性、事件未満のトラブルでも他者の精神を害する恐れがあるからです。
レベル4エリアに入れるのは、公衆トイレや更衣室も該当するため、それを禁止してしまうと社会生活で著しく不利益があるからですね」
猫本さんの補足に音山さんが続けた。
「ちなみに、学校はプライバシーレベル2~4ですが社会的、知識的に未熟な子供と関わる以上、犯罪行為を隠匿しようとする可能性が高い為、パーティー症候群は不適とされます。
また、心身ともに弱っている人を相手にする医療関係者。力関係で優位な立場になりやすく、プライバシーレベル上位の情報にアクセスし得る警察、警廻隊関係者にも不適とされます」
……ああ、パーティー症候群だと職業選択が制限されるってこういう事か。
ちなみにインターネット上の多くの双方向性のあるやりとりのできるサイト、つまりメッセージが送れるサイトはプライバシーレベル3指定になっている。
最初の登録時やメッセージを送る際、『このメッセージを送信しますか?』に合わせてパーティー症候群ではないかどうかも質問されるらしい。これは世界保健委員会の勧告に基づき世界通信網の世界標準だ。
その後は各国の制度に則って対応される。日本の場合はそこで何かトラブルを起こして警察に捜査される事態になると、医療機関の診断と司法組織の判定を受けて場合によっては拘束される。世界各国にも似た仕組みがあるそうだ。
「レベル5は個人でなく法人などが設置するもので、機密情報をやり取りする事の多い会議室や、企業秘密の工程のある工場の区画などが指定されます。
出入り口には注意書きが掲げられたりボディチェックがあったりします。カメラの持ち込みは禁止。逆にプライバシーレベル5のエリアでトラブルに見舞われても証明できない可能性があるので、立ち入る際は気を付けてください」
「私ね~、プライバシーレベル5の怖い都市伝説知ってる~。”つまりそういうこと”っていうの」
鈴木さんの語った都市伝説は、いわゆる政府や企業の偉い人とか有名人が集まる高級な料亭の話だった。建物全体がプライバシーレベル5で、秘密の会合によく使われる、という設定だ。
ある日、大物政治家の秘書見習いの人がお供でそこに入ったとき、廊下で店の女性スタッフに絡んでいる酔客がいたそうだ
「ここで働いてるって事はつまりそういう事だろ?」と性的なサービスをほのめかすような言動をしていたという。
すぐに店の男性スタッフが止めにはいったので秘書の人は「ああいう人も居るんだな」とあきれながらその場を立ち去った。
そして用事も終わって帰り際、表に救急車が止まっているので少し待ってほしいと店から伝えられる。
「ああ、救急隊員がカメラを付けてるので写っちゃわないように配慮ですかね」
と、猫本さん。
さて、秘書が部屋の入り口からこっそり外を確認すると担架が運ばれてきた。シーツが被せてあり、全く動いていない、そしてチラッと見えた靴下は、例の酔客が履いていたものだった、言動にあきれていたのもあって、派手な色の靴下を「下品だな」という印象とともに覚えていたのだ。
担架が動いてシーツからはみ出した手の色は、どう見ても生きてはいなかった……。
「これ事故に見せかけてお店に殺されたって話ですよね」
「そういう系の怖い話だね~」
「都市伝説ですよ。レベル5エリアでも事件や事故があれば捜査が行われます。
確かに監視カメラの映像は重要な証拠になりますが普通の捜査方法が廃れたわけではないのです」
「たしかに~、人の口には戸が立てられないっていうし、緩徐通報システムとかで何かしら情報が来そうだよね」
話を聞いていると芋づる式に知らない言葉が出てくる……
「緩徐通報システムって何ですか?」
「ええ、ではまず、普通の通報から。現代日本の電話での緊急通報は、警察は110、救急は119です」
ここは向こうの世界と同じ。
「自分では緊急事態か判別が難しい時は#7119や#7110です」
ここも向こうの世界と同じ……同じだっけ?おまわりさんに繋がるのは無かったような……?
「その他にもWebを通じた匿名通報の緩徐通報システムという物があり、
疑わしいけど確信はない、気のせいかもしれないけど気になった事がある、犯罪とは言えないかもしれないけど不快、などといった日常で気になった事の日時場所を通報していただくシステムです」
遠目に見たあれは痴漢だったのかもしれない、近所に夜間に騒いでいる一団が居る、うちの職場は違法操業なのではないか、毎日このスーパーで商品を別の棚に置く人物がいるなどなど。
「そういった、今すぐに対応してもらうほどでもない事や確信が持てないけれど気がかりだった事などを通報いただき、事件に発展した時や事件が発覚した時の余罪やアリバイの手掛かり、治安の維持や違法行為の発見などに役立てようという試みです。
即応性はありませんが犯罪の防止や何らかの手掛かりになる可能性があります」
「いたずら通報が多くなりませんか?」
「プライバシーレベル1のカメラの映像は一定期間保管されていますので、それと合わせて裏付けをしていたずら通報をチェックしていく形です。
残念ながら裏付けが得られなかったケースに関しては『こういう通報があった』という記録だけが残る形になりますが、それでも何らかの手掛かりになったケースはいくつもあります」
「それって、気付いてどのくらいの期間なら大丈夫なんですか?」
「数年後などでも構いませんが、早い方が良い事は間違いありませんね。
防犯の都合上、防犯カメラの映像が保管されている正確な期間をお伝えできませんが、出来れば一両日中に出来るだけ手掛かりにつながりそうな正確な場所と時間を通報いただけると確認が早いと思います」
細かい事でも気軽に通報しちゃっていいそうだ、お巡りさんも大変そうだ。
「プライバシーレベル0~1の防犯カメラのチェックはね~、大体はお巡りさんじゃなくて警廻隊の仕事だよ」
「お巡りさんと違うの?」
「街中を警備する人~。
犯罪歴とかパーティー症候群みたいなやばそうな経歴がなければね~、基本職と大体同じ資格で職業につけるよ~。
鎧着て盾を持って大勢で行動してお巡りさんが到着するまで交通整理とか野次馬を遠ざけるとかする役の人だね~、任務中はずっと鎧兜カメラを動かしてるから、現場を記録する役目もあるよ」
機動隊?
「ここで経験を積むと警察とか消防のオペレーターになるための条件が一つ解放されるの」
ジョブの条件開放と来たか……やっぱりこの世界のシステム、ゲームにあるやつを彷彿とさせる。基本職をマスターすると上位職が解放されるやつだ。
私はこっちの世界でまだまだ知らないことがある、でも、独り立ちの日は近付いてくるんだ。




