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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

クビシメラプソディ

作者: 海月 楽

「気持ちいいの?あなたは気色悪いのに、ね!」


何度も振り下ろされる細腕は鞭のようにしなり、手のひらは確実に白い双丘の片方を赤く染め上げていた。


「こっちをお向き!」


犬のように付けられた首輪にはやはり犬のようにリードが付けられ、それを引いて命令される。

その命令により無理矢理振り返りさせられた人物は程よく筋肉がつきつつも未だ少年らしさを残す、金髪碧眼の美しい青年だった。

気品溢れる顔立ちをしているにもかかわらず、こうして無下に扱われる青年、その正体はこの国の王太子だった。


「いい子ね。」


そう言って王太子にまたがりその高貴な首に触れるのは、彼の婚約者である公爵令嬢だ。


「さっさと逝け!」


令嬢が王太子の喉仏を押す。

息が続かなくなった王太子は次第に身をよじらせ苦しむ仕草を見せたが、ベッドの上でビクビクと手足を跳ねさせたのち、全身の筋肉を弛緩させるように静まった。

令嬢は自分の尻に付いた液体に触れ、その液体の付いた指をペロリと舐めた。

そしてそれを口に含んだまま王太子とキスをする。


「見られて興奮いたしましたか?」


キスを終え、令嬢が王太子にたずねると王太子は無言で頷いた。

令嬢は傍観者に無言で微笑みかける。

それは傍観者に向けてどうだ、と言わんばかりに。

傍観者こと、警護に当たっていた赤毛の青年は言葉を無くしてただそれを見ていた。


「まだいけるでしょう?自分の口から説明して。」


令嬢は赤毛の青年と目を合わせたまま王太子に囁くと、半ば夢見心地のように瞳をトロンとさせている王太子のリードを引っ張り、上半身を上げさせた。

令嬢は王太子の背中に周り、ベッドの側面に座らせて赤毛の青年と対面させた。


「さぁ。」


焚きつけるように令嬢は王太子の耳元で声を掛けた。


「この時だけなのだ…身分も忘れ、重圧から解放される時はっ…彼女だけが見てくれるっ!王太子ではない、王族ではない、ただの私をっ…」

「よく言えました。」


王太子の訴えるような説明に、言われた赤毛の青年本人ではなく令嬢が先に言葉を発していた。

令嬢はご褒美にと、美しい金糸のような王太子の髪を乱暴に鷲掴みして乱暴に首を上げさせると、だらしなく開いた王太子の口に唾液を注ぎ込む。

巻き込まれてしまった赤毛の青年はただ声も発することなく、金縛りにあったように動けなかった。


「次は仲間に入りますか?」


令嬢のその語りかけにやっと赤毛の青年は反応し、慌ててドアを開け逃げるように去っていく。


「…お可愛らしい。」


部屋に残った令嬢がそう呟くと、王太子はムッとした表情になる。


「ふふふ…あなたも可愛いらしい。嫉妬しながらも嬉しいんでしょう?」


令嬢はそう言って爪を立てると、王太子は嬉しそうに鳴き声を上げた。


**


公爵令嬢はつまらなかった。

妹がやっていたゲームの悪役に生まれ変わって、婚約者である王太子ともヒロインとも良い関係を結んでいる。

処刑は嫌だが、ゲームとしてそれじゃあつまらない。

だから、少しばかり遊んでみたのだ。

揺らぎもせずにゲットなんて面白くもない。

だから、揺らしてみた。

公爵令嬢は手元にある小瓶を指で弾いて揺らす。

小瓶は倒れそうになりながらも、縁を描くように回る。

やがてその揺れも治まるように、あの赤毛の青年も公爵令嬢の手の中に収まるのだろう。

お仲間ちゃんゲットだぜ!なんちゃって。

どうせゲームなら隅々まで楽しまなくちゃ。

一人だけ、なんてすぐに終わるじゃない。

令嬢は頰に手をついて、小瓶を見つめていた。

そうだ!ヒロインを餌にしましょう!

攻略、コレクション、釣り、沢山楽しめていいわね。


「…行くぞ。」


わざわざ呼び出しにやってきた王太子の手を取り、公爵令嬢は立ち上がった。

いつもは腕を組むところだが、令嬢は差し出された王太子の手を離さず、今日はそのまま指を絡ませる。

王太子はその仕草に頰を染めて令嬢に微笑みかけた。

令嬢もまた王太子に微笑み返し、そして横目に後ろに控える赤毛の青年と目を合わせた。

そしてまた優しく微笑んだ。


「でも、今日は貴方とお話ししましょう。」


令嬢は王太子と絡ませていた指をするりと外し、赤毛の青年の手を取った。

その瞬間王太子の顔が険しくなる。


「…失礼ながらお断りさせていただきたく…」


青年は昨日のことがあってから、自分の役割として王太子の警護は続けていても、令嬢と王太子に対してどう接していいのかは決めかねていた。

一度、仕えると忠誠を誓った二人のあの姿はまるで、以前に二人に抱いていた『女狐』と『傀儡』という言葉が青年の頭を過る。


「私は『女狐』かしら?」


その青年の考えなどお見通しと言わんばかりに、令嬢がたずねる。


「…いえ…」


しかし、あの日二人に仕えると誓った日のあの令嬢の気高く強い瞳は嘘ではないと、頭の中では信じたいと思っている。


「貴方は王太子の御身を守る者のように、わたくしは王太子殿下のお心を守る者。どんなに蔑まれようともわたくしは殿下のお心を守ります。」


まただ。

青年の胸は強く令嬢のその瞳に惹きつけられてしまう。


「私が道を外れないのは婚約者のおかげなのだ。苦しくて逃げ出したくなる時も側で励ましてくれた。私が心を晒け出せる唯一なのだ。」


王太子は青年の手に置かれていた令嬢の手を一つ取った。

その手は令嬢らしからぬ赤く腫れて、熱を帯びていた。

青年もその熱の違和感は感じていたが、王太子がその手を取ったことで気づいてしまった。


「わたくしは痛みを共有することしかできません。しかし、殿下のお心がいつ何時も健やかであられることを願っております。」


昨日王太子に痛みを与えていた令嬢の手は同じく痛みを抱えていたのだ。


「貴方が居てくれて本当に良かったと思っております。わたくしだけでは殿下の御身をお守りするには不十分でした。わたくしは女狐で構いません。しかし、殿下のことだけはよろしくお願いいたします。」


公爵令嬢ともあろう方が、自分よりも下の貴族に頭を下げることなどまずあり得ない。

しかし、青年の前で躊躇いなく膝をついた。

それに令嬢の王太子の婚約者であるというプライドが伺える。


「…他言はいたしません。しかし、慣れないものですから、巻き込むことだけはおやめください。」


そう言う青年の顔はあの王太子の痴態と令嬢の露わになった姿を思い出すかのように真っ赤に染まっていた。


「申し訳ありませんでした。二人だけの秘密だけれど、知る人が居てくれて嬉しかったのです。わたくしたちの愛の形ですから。」


令嬢は少女のように微笑む。

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