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ダテマルくんの声は私の横に立つオブジェから聞こえていた。必殺技の名前も、ジェミーが飛んで行って援護している間のやり取りも、ちゃんと私は聴いていた。だから
「ひとまず、ありがとう」
かっこいいエレゴーストの少年の他にお礼を言うべき人物がもう一人いる。空き瓶を持った青い瞳の秘書さんだ。
「ありがとう」
意識は再び箱の外。ヘッドセットを外して椅子から抜け出て伸びをする。箱の外は座り心地を主張しない小さな椅子がひとつあるだけの小さな部屋だ。ここには私しかいない。寂れた仮想箱館だからなのか館内にも人の気配が無い。ただ、灰色のプラスチック質感の壁、レトロゲームのような細やかな演出が箱の外にこの仮想箱の作者の存在を……
「……ん?」
存在すると仮定した作者は“箱の外に”ではない、どちらかというと箱の中にいる。では現在も存在しているか、かつて存在したのか。これは後者だと思う。どちらも第一印象のまま更新されていなかったけれど、ダテマルくんの在り方が貴重な再問いかけをくれた。箱の中にかつて存在したのではない、“箱の中に何らかの形で今も存在している”のではないか。ここで私の考察は突然飛躍してしまった。仮定作者は“今も”“神様”であるのかどうか。これに回答するには情報が足りない。ただ、“当初は”神様であろうとしなかった。少なくとも部分的にそうだった。ジェミーであり覚えるくんでありイオであり、さっき私が出会った二人がそうだ。最初から考察の余地無く世界を造らなかった。……多分。
この視点での議論は実は私の中で何度か繰り返された。彼らのような振れ幅が設計に織り込み済みなのかどうか。私がどんなに大きくゴンドラを揺すっても、結局はより大きな装置の軌道から抜け出すことはできないのではないか。私は何度も自分の感覚を信じて彼らを信じ、今回もまたそうした。これからもそうする。遂げるまでそうする。気付けば随分とやる気になっていた。意地かもしれない。都合の良い感じに手が届きそうな演出に釣られてしまっているのかもしれない。一旦それでいい。行けるところまで行ってどうしても行き詰まったら、その時は、
「その時はジェミーに聞くのかな、私。」
椅子の縁を指でなぞる。合成皮革でも化学繊維でもない手触り。
ダテマルくんともう一度会おう。彼は私の力になってくれる。彼が私の力になろうとするとメカグモが威圧しにやって来るのかもしれないけれど、きっと結果的にプラスになる。私たちの行動次第で、いかようにも。箱の中にはそういった可能性が散りばめられていて、それをいくつも集めればきっと人工隕石を止められる。
中々強気な考えだ。実のところ、まだ不安は残っていた。2時間で最適な動きを選べたとして、本当に私は手のひらの上から抜け出せるのか。というより、手のひらと喧嘩できるのか。さんざん試してダメだったら、それでやっと私は諦めるのだろうか。ジェミーと一緒にみなさんに謝ってまわる? それでは納得が行かない。
「……よし」
手招きする椅子に座って簡素な装置を身につけ視界を覆う。そのまま、意識を箱に委ねた。そうだ、例えば覚えるくん――