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箱の外に出た私はしばらく考えていた。イオは間違いなく一般の人物として構成再現されていない。“データが変”とジェミーは言った。声をかけた私への反応は虚ろ、そして隕石の時間が残り僅かとなった時、彼女は突然涙を流した。思いが溢れたように、何かを思い出したように、言葉にも詰まっていた。
(思い出す?)
ジェミーは“大きな空っぽのコップ”とイオへの言の葉を縫い合わせた。それは咄嗟の繕いかもしれない、だが得てして正確な表現を纏うタイミングだ。使い手がジェミーならば余計に。
「仮定作者は箱を作った人、あるいはAI。ジェミーは私に合わせて構成された案内役で、ある程度“個”を持っている。登場人物には初めから設定が行われている。でもイオは何らかの理由でその設定値に異常が起きている? 本来のデータが消されている……とか?」
声に出してみて思考を巡らせる。既にコントローラーもヘッドセットも離して椅子から立ち上がっていた私は、ふと既に椅子の周りを二周ほど歩いた四角い小部屋を見渡す。灰色プラスチック風の壁も三面のスクリーンも押し黙っていた。そこから更に、箱の外にまで意識を巡らせる。仮想箱、命名私の仮想箱館。
「他の人……? うーん……」
うーん。一つ前の箱には“ある複雑な疑問”が残っている。それは私の時代で言う電子世界の「リアルタイム」があったのかどうかということだ。箱を出た後に解説があったように、全ては過去のある時点の再現(あるいは独自の創造)で、私が後からその再現世界へ飛び込んだ、それが仮想箱であるという認識に間違いはないはず。であれば、仮に仮想箱館が映画館に似た施設であっても、あったなら、他の人が“私と同じ仮想箱”に入ってくることはないのかどうか。あの場で踊りを見ていた人の中に、時間軸が異なるというか、オリジナルの人間がいたのかどうか。……ケイコが、ということに限らず。恐らく踊りの箱に関しては説明通り「NO」だと思うけれど……。
結局、仮想箱の根本の疑問群に直面してしまった。仮想箱は一人ひとりが個別に体験するものなのか。この時間空間には他の人間がいるのかどうか。階段を登ったところにあるベンチのある小高い休憩所ではない、私にとって箱の外のスタート地点であるこの施設から出た時には、きっとまた視野が広がるのだろう。
「……ん?」
階段。階段途中の覚えるくん。箱から出て(追い出されて? 時間切れの隕石でゲームオーバーだとするなら。)、また入り直しても覚えるくんは情報を保持している。私が教えたことをだ。覚えるくんは箱の外から来た人が影響できる存在で……、
「ねえジェミー、」
そうだった、今は箱の外だ。腕時計の位置を見ても何も浮かび上がらない。もちろん返事もない。何か分かりかけた気がしたけれど、まだ何か足りない。
『20秒』
『2分』
>>『20分』
『2時間』
20分もあればイオのところへ行ける。イオから続きを聞くために、再度箱の中へ。




