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仮想箱_synonym  作者: キノミ
MeteoriteBox
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47_MeteoriteBox_09


 声だけ出していたジェミーがまた手首の辺りから飛び出して耳付きテレビになった。


{ハルカが探しているものが分かってきた気がするジェミ}


「本当に!?」


 私自身がまだ朧気なのに、ジェミーはそう言った。


{ちょっとあっちのお店に行こうジェミ}


「……お店?」


 ジェミーはその姿のまま短い手である方角を示す。あ、指は無くて、カラーコーンの先端みたいな手で……。ところでジェミーは{お店}と言った。この世界には物が売っていて、“貨幣”に相当する交換概念があるということだ。その先を考える前にジェミーは緑粒子の舞いを経て手首に戻り、あのコンパスモードになった。私の手の甲に緑色の矢印が浮かび上がる。

 仰せのままに、だ。矢印に従うことを決めてアメ玉群にも時計麓のベンチにも別れを告げる。忘れずに貴重な情報をくれた人たちにも心の中で礼を言った。


 矢印に従うように歩く時、省エネモードのようになっている自分に気付いた。目的に向かうという目的だけが燃料だからか、はたまた目的自体が明確だからか。おかけでまた一呼吸置いて街を眺める……までもなくすぐにお店に着いたようだ。


{ここジェミ}


「……お店、だよね、何のお店なんだろう?」


 ジェミーが指すのは四階建てのビルの一階だ。けれどもこのお店には装飾の類いが無い。そう、看板が無い。それどころか左右にも全く同じ様式の四階建てのビルがある。これがお店だとすれば、ジェミーがここと言わなければ誰もこの建物に入れないのではないか。ジェミーは私にしかいないはず。


{まあ入るジェミ}


「……いきなり何か起きたりしないよね?」


{大丈夫ジェミ}


 自動ドアのセンサーが作る不可視円錐はここでも同じスケールだろうか。ドアに近づくと、YESの代わりにドアが開く。アンドロイドと目が合って、それがお辞儀をした。先に相手がヒトでないことを認識したはずの私は無意識にお辞儀を返す。


「いらっしゃいませ」


 音はアンドロイドの頭部から発せられた。左に低めのテーブルと椅子が置かれたスペース。右に空間が細かく区切られた据え置き型の端末と向き合うためのスペース。正面にカウンターとアンドロイド。情報を得る空間? 物と貨幣を取り替えるにしては物が並べられていない。いや、アンドロイドの後ろの空間に……


{入り口で立っていても良いけどジェミ……}


「そ、そうだよね」


 とは言っても私はジェミーに連れられてきたので、一体何をすれば良いのか分からない。


{受付まで行くジェミ。私が勝手にやるジェミ}


 アンドロイドがやや戸惑い気味にあたふたする私を笑うことはないと思うけれど、アンドロイドの視線と気配に意識を向けつつ近付く。相手が接客機能を持ったいわばお店のマスターであるのなら特に不審がらなくてもいいはず。そう言えばこのアンドロイドはなんともアンドロイドらしい姿をしている。一目でそれと分かる、ヒトを模していない外見。


{ハルカは聞いてるだけでいいジェミよ}


「はーい……」


 ジェミーがテレビ化(実体化だっけ?)して受付のテーブルに乗った。


「いらっしゃいませ」


{どうもジェミ}


 ジェミーが応えた瞬間に、ゴーグル状のパーツは私ではなくテレビ化したジェミーを捉らえた。テレビ化の瞬間には無反応だったはず。


{テトレンズをくださいジェミ}


「かしこまりました、お連れ様のご利用分でよろしいですね?」


{そうジェミ}


 機械とテレビ……じゃなくてジェミーのやりとりは、何故か私の第一言語を介して行われた。テトレンズ?


「お連れ様のデータを照合してもよろしいでしょうか?」


{それは少し待つジェミ。私から設定値を渡すジェミ}


「かしこまりました、お願い致します」


 照合? 設定値? 私がスキャンされそうになってジェミーがそれを止めたのだろうか?

 ジェミーとアンドロイドは握手をした。私にはそう見えた。


「いただいた入力値で作成します。形の指定はございますか?」


{ちょっと待ってジェミ}


 形……?


{ハルカ、何か四角い物を思い浮かべてジェミ}


「え?」


 聞いているだけとは言え未来単語の行き交う話しについて行くのに必死な私。咄嗟に思い浮かんだのは小さな四角いチョコレートだった。10円くらいで売っているあの。


{どのくらいの大きさジェミ}


「このくらい?」


 片手で大きさを表す。あ、でもこのチョコ台形だ、横から見ると。


{あれをベースにベーシックなのでいいジェミ}


「へ?」


 気の抜けたOKを表した手をそのままに気の抜けた声が出た。


「かしこまりました」


 何をどうかしこまったの……



* * * *



 わけの分からぬまま眺める私をおいてジェミーはアンドロイドとのやりとりを終えた。でも何かを受け取ったようには見えなかったし、対価の支払いも私の感知できない形で行われたか、あるいは存在しなかったか……


{ハルカ、お待たせジェミ}


 ジェミーがアンドロイドに軽く手を振り私に向き直る。


「説明が欲しいなー……」


{まあまあ、とりあえず手で四角を作るジェミ}


 ジェミーが言うことを聞いてくれない。手で四角を作る……四角って結構難しくない? 少し考えた末に私は両手でチョキを作りそれらを重ねた。うーん……あまり綺麗な四角にはできない。人の体も自然の産物、それはそうか。


{登録したジェミ}


「……はい?」


{その四角を覗くジェミ}


「……はい」


 なんだろう。左目で、二つのチョキが作る少しいびつな四角形を覗く。なんてことはない、ジェミーがそのまま四角い枠の中にいた。


{私を見てもあんまり変わらないジェミ。お店の中をぐるっと見てジェミ}


「えぇ……?」


 他に人がいなくて良かった、今の私はそれなりに怪し……


「わ」


{どうジェミ}


 半透明な厚みの無いスクリーンが空間にいくつも浮いている。テキストとイメージがそこに収まり、一部が動いて視線を誘う。行動を誘導するアイコン、無機質な壁や床、椅子にまで一気に鮮やかに色味が付いたような? テキストは何故か読み取れないが、携帯端末を扱う店内空間のような感覚が少しだけまとまった姿を見せた。


{ここの情報は今は気にしなくて良いと思うから、私の方でぼやけさせているジェミ}


「……ジェミーは何をしてくれたの?」


{私じゃなくてテトレンズジェミよ。もう手は外してもいいジェミ。もう一回四角を作ればレンズは外せるし、もう一回作ればまた付けられるジェミ}


「はあ、はい」


 チョキをやめて四角を崩す。視覚はそのまま。もう一度四角を作り覗く。視覚は元に戻った。殺風景な店内。再度四角を作りまた覗く。視覚には少し賑やかになった情報群。


「おー……」


 未来のデバイスに触れたら語彙に依らず間抜けな感想しか出なくなるのは悪いことではない。それは美しき感嘆である。……ってことにしてもいいかな。



* * * *



 百聞は一見に如かずで説明を省くのかと思いきや、ジェミーはお店のドアを開けて外に出る前に補足説明をしてくれた。未来デバイス『テトレンズ』が私に何を見えるようにしてくれたのか。それは空間に付加された情報であるという。空間を飾ることはお店にもできるし、個人にも、そして公的な存在にもできるらしい。見る情報は自分で決めることができるとジェミーは添えた。テトレンズが使えることが標準かどうかと聞けば概ねの肯定、つまりはさっきの駅前の人たちは皆、テトレンズを介した視界を持っていたことになるはず。レンズを通した街はどんな風に見えるのかな。彼らには何が見えていて、私には何が見えていなかったのだろう。

 一旦レンズを外した状態でお店の外に出た。ドアが閉まる前に振り返る。孤独なアンドロイド店員が深々とお辞儀をする見えたので、自分の尺度でお辞儀を返す。愛想と命令が自動ドアに希釈された。

 外は変わらずだ。駅前に似た空間でヒトが行き交っている。少し未来の装備を付けて、少し素知らぬ面持ちで。私は片手で四角を作ろうとした。親指と人差し指をくっつけて力加減を微調整する。綺麗な四角形などできそうにないけれど、そのまま左目でそれを覗く。


{それじゃだめジェミ}


 視界が何も変わらないからきっとそうだろうと思ったが、どうもダメらしい。もしかして登録しちゃったから? {変更するジェミ?}とジェミーが言ってくれた気がしたが、諦めてチョキを重ねた私からジェミーの提案がどこかへ溶けていった。そう、溶け入るように流れ込んだ視覚情報に押し出されたのだ。


「……そうきましたか」


 ヒトが鋭敏に違和感を検知できることは不思議ではないけれど、その反対。景観への違和感が軽減された。浮かび上がる指示記号と若干のテキスト情報はもはや「主役たち」に成れていない。しゃがんで足下の地面にピントを合わせる。細長石タイルを模した素材に何かを擦ったような黒い跡。振り向いてビルの壁面に近づき経年模様を発見。チョキを重ねてそれらが綺麗に消えることを確認する。またレンズを付ける。

 確かに、広告の類いの情報は空間に浮き、あるいは流れている。けれどもそれ以上に目立つのは“ちょっと汚い駅前”を思わせるデータだ。じっとしていられなくなった私は「ジェミーちょっと歩くよ」と断りを入れ、人目を気にせず建物の裏手や影を探した。踊る記号と案内表示ではなく、数値群を囲った不思議な浮遊小窓でもなく。これからグラフィティへと至ることを想像させるラクガキを見つけるのにそれほど時間はかからなかった。


「ジェミー、これは何でしょう?」


{へんな落書きジェミ}


「落書きって言葉があるんだね?」


{あるジェミよ。ノイズデータって言った方が良いジェミ?}


「落書きの方が良いかなー」


 そう言えば、とテトレンズを外す。ジェミーを含めて、今私が体験している世界は私から何かを抽出して構成されたもの。偉そうに言えば私の影響を受けたもの。テトレンズが未来のデバイスであるとして。駅前の待ち合わせスペースで聞いた自浄機構が存在した/しているものだったとして。上書きする視界がシミ一つない世界なら、それはなんとも味気ない答えだっただろう。では、味気なくない世界の監督・演出・役者・観客・カメラといった視点とは。


「……ちょっと考えすぎたね」


{そうなのジェミ?}


「うん……」


 少し駅から離れて、どこか座れるところでも探そうかな。見る情報は自分で決めることができる、か。ジェミーはもしかしなくても示唆を扱い慣れているようだ。

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