表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮想箱_synonym  作者: キノミ
DanceBox
32/82

32_DanceBox_09_


----


 小さな部族の他のみんなを救うために、一人を捧げる慣習があった。

 姿の見えぬものへの畏敬の念を背負い、叩き込まれたのは最上舞踊。

 約束の夜に月は完全な円形をしていた。彼女は次の月を見られない。

 仮に、無傷の心が今もあって、どんな心境をどこまで表情に出せて、


 そうではなかった。


 心は無傷ではなかったが、彼女が踊りに乗せた想いに誰も及ばない。

 完全円が反射する光と、木々が支える原初の炎。その明かりの中で。

 

 舞い踊る。

 

 全てを知って尚も夢見た平穏への泡沫。与えられたのは最後の時間。

 許されたのは極小円の空間。全てを受け入れ解き放った至上の四肢。

 焦がれ狂う熱源よ。底知れぬ深淵よ。添い遂げ私は未だ燃え尽きぬ。

 

 夜の闇を神格が覆いつくす。


 踊り手は零れた滴を拭わない。既に身体と精神は極致を超えて迸る。

 けれど何故だろう、ほんの少しだけ踊りが鈍る。神格がそれを貫く。


 それでも止めない。それでも忘れない。


 彼女のその一欠片を誰かに伝えないほど、世界は無情ではなかった。


----


「じゃあそれでお願い」


 全身の義体化を前にして、重度の難病に蝕まれた小さな踊り手はそう言ったという。

 たった一つだけ、踊りで人を元気にするという記憶だけを残せた。それだけのはずなのに、複製され市場にばら撒かれた安価な身体制御のデータしか内蔵されていないのに、そもそもの動きのパターンすら超越して。「動作した」という表現をかき消した。彼女は確かに「踊った」のだ。


 小さな舞台の上で、全方位を囲う無人の観客席を見渡して、もはや面影すら無くなった汎用フェイス。その瞳の奥に何かが灯る。


 言ったでしょ、私はまたここに立って、踊ると。


----


 機械の踊り子は片脚を撃ち抜かれた。バランスを崩して地面に倒れ込む。多脚の掃討兵器は冷たい眼の焦点を合わせた。動くものがあれば破壊する。

 が、瓦礫の影から別の“動くもの”が現れた。人間の兵士はすぐに自身と兵器との力の差を理解して、しかし兵器に自動銃を構えた。

 踊り子が無理矢理に立ち上がった。片脚と両腕を精一杯に使って尚も舞う。それは戦場には不要な機能だった。運悪く、意味も無く、生き残っていただけだ。掃討兵器は“より動くもの”に照準を合わせ直す。

 無数の弾丸が炸裂した。

 人間の兵士は気付いただろうか。最後の数ステップは彼のために踏んでいた。


----


 湖面か、あるいは波の立たない海面か、その境界を見つめていた。


「涙一滴分だけ重心を陸側に残したまま、つま先で水面に触れるの。そうすれば電子の波紋が広がって行く。抵抗は存在しないから、どこまでもね」


 澄んだ心で呼吸を整えて、瞳を閉じる。その境界を再度見つめる。


「目の前の全てを書き換えられたら、そこへ飛び込む。水面下の世界よ。私はその中で続きを演じる」


----



……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ