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仮想箱_synonym  作者: キノミ
DanceBox
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25_DanceBox_02


 次に話を聞けそうな人は……と定まらない誰かを探して店内を歩くのは、ここが喫茶店であるのなら尚更不自然な動きになってしまうような。そもそも本当に誰も気にしていなくて、皆が村人B以降であることを忠実に守っているのかもしれないけれど……。今、無意識に町の人のアルファベットを一つずらした。あれだけ人間らしく会話ができて、呼吸も仕草も人格も持っているケイコもやっぱり仮想箱が再現したデータに過ぎないのだろうか。それを肯定するかのような自分の無意識を叱りたくなる。グラスを見つめる年配の男性も、扉の方に視線を固定していた若い男性も、チラッとこちらに目をやることはあったがすぐに彼らの時間へと戻った。さして他人を気にしていないというのは間違いないようだ。

 と、今度は煙草を細い指でつまんだままこちらを見ている女性が目に留まる。目が合うと意地悪そうではない微笑みを浮かべた。黒いロングドレス風の恰好に短めに揃えた髪が映える。もしかすると視線を中心とした彼らの所作の誘導で、私が誰と話すことになるのかは最初から決められていたのかもしれない。それに反抗してみることも考えたけれど、決められた話し相手が有効な回答を持ってることもまた想像できたので大人しく従うことにした。


 女性は私が小さく頭を下げて向かいの椅子に座ると、まず見慣れた形の銀の灰皿に煙草を置いた。灰皿の形と時間の軸が脳裏で密かにじゃれ合う。女性は交差させた腕をテーブルそっと乗せると体重をいくらか預けた。ここまでお互いに声を発しなかった。私が話すのを待つのかと思ったが、「さっきあの子にもナンパしてたでしょう」と一言。

 話を聞いてみると、この女性は扉の向こうのことを「見世物」という言葉を使って少し教えてくれた。皆それを見に来ているのだという。ここは控室か休憩室のようなところで、見世物を見る前の人も見た後の人もいる。一度それを見てからまた扉の向こうへ行っても行かなくてもいい、という。扉は見世物への入り口の一つであり、ここを経由しなくともその場所へ行く方法があるとも教えてくれた。


「これ美味しいわよ。お酒じゃないからあなたも飲めるわ」


 薄い赤色をした半透明の飲み物を勧めてくれた。あのメニューに値段がないのは無償提供であるかららしい。飲み物の名前は私が知らないものだった。


「直接の言及はしないことにしておくわ。面白くないもの。自分で見てらっしゃい」


 席を立つ前に女性にしっかりとお礼を言った。最初の一言にはちょっと戸惑ったけれど、品のある女性だった。私の考えを鋭く汲み取って言葉を選んでくれたように思う。



* * * *



「あと一人くらいに聞けば十分じゃない?」と女性は言っていた。私もその通りだと思う。さっきと言っていることが違うけれど最後の一人は決定事項とやらに逆らってなるべく自分で決めてみようと思い、喫茶店風空間の細長い丸テーブルと高めの椅子と人々の間を歩きながら周囲を観察する。もうあまり怪しまれるかもと人目を気にしなくなってきたような気がする。じっと扉の方を睨む人は何人かいたが、その中でも特にこちらから話しかけにくそうな人を私自身で選んだ。


「あの、すみません……」


 無精ひげの若い男性は天然のものかもしれないパーマの毛先を揺らし、少し驚いた様子でこちらを見る。「あ、はい……」と答える彼に、まず彼の時間を邪魔してしまったことを詫びる。彼は真剣な面持ちで扉を凝視しているタイプの一人だった。

 男性はやはりこの空間で誰かに話しかけられることを想定していなかったようで、下手に出て控え目に受け答えする様子に私の方が申し訳なくなってしまった。しかし私が扉の向こうのことを聞きたがっていると知ると、彼の瞳の奥に灯っているものが見えてきた。


「あなたはもう見たんですか」


 これから見るところだと答える。


「ではなるべく何が待っているかは言わないようにします。俺はただ、あれに魅了されてしまったんです。もう何度も見に行って、もう何度もここで苦しんでいる」


「苦しんでいる……ですか?」


「ええ。手の届く届かないはもういい、あれはその、ともかく俺を惹き付けるんです。ずっと見ていると抜け殻になるまでそうしてしまうから、少しここで休んでまた見に行く。ここで休んでいる間も色々考えちゃうようで、実は考えられるほど頭が回っていないことも分かってて……」


 男性は熱くなってしまい申し訳ないと言った。私は想いが伝わってきて何が待っているのか楽しみになったとお礼を言った。しかし男性は、今の感情は人に良い影響を与えるようなものではないと目を僅かに曇らせた。私は座ったまま男性に分かるように少し大げさに喫茶空間内を見渡した。何かを見て何を思うかは人それぞれで、その良し悪しを議題にしないなら、強い振れ幅で何かを感じ取れる方が私は素敵だと思う。という感じのことを彼の感覚に合わせて言葉にした。



 小さく頭を下げて三人目の席を離れると、いよいよ私の進行方向はカウンター対岸の大きな扉へ。ふとケイコたちのことが気になる。振り返ることはまだしないつもりだが、ケイコも黒いドレスの女性も直前に話した男性も、私が扉を開けるのを見ているのだろうか。テーブルの位置関係を考えると遠くからでも私のことが見えなくはないはず。背筋を伸ばして行くべきかと考え始めた辺りでケイコの言っていたことを思い出した。「ドアは二重構造になっていて、最初に気合いを入れて開けたら拍子抜けする」だったはず。ホントでもウソでも後でお礼を言いに行こう。私が何を考えるのかよく分かっていらっしゃる。「引っかかったー」とか言われてもそれはそれで。

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