19_SandBox_16_
また一つの場面空間を終えた私も、一人と向き合っていた。二人は真っ黒な空間にいた。面は空間と同じ色、輪郭だけ青白く光る一本の長い板に立っている。視線の高さは同じ。
もしまだ私を止める者がいるとすればあなただと思っていた。
「ご機嫌いかが、ハルカ。」
あの存在が簡素な白い場面空間の直前に一瞬で私を模倣したものとは違う、完全に再現された私。今この場で私が持っている全てを持っていて、私が何をしてもそれを相殺できるもの。きっと私の考えは読まれている。残念ながら私は私の考えを全て読めていない。
「無意識下で、ということになるかな。何度もアラートを投げたのに答えは同じだった。だからこうしてちゃんと聞きたくて。消耗の繰り返しが何をもたらすか、分かっていても進むんだよね」
私は頷いた。頷くことも知っていたはず。答えを聞いた私がどんな反応をするのか、私は知らなかった。私が絶対に乗り越えられない力を持って私を止めることもできるのだ。
「私が最終防衛ラインになる。何も見えなくなる直前か、境界線が見えた時は自らの声を聴いて」
仮想箱の中だからこそできることなんだろうね、と私は言った。なんて頼りになるのだろう。オリジナルの私に私のコピーが寄り添って防御壁となる、そんなイメージが見えた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
私と私が分かれる意味を込めた挨拶だったのに、彼女はホテルマンの真似をしてお辞儀をすると「立場が逆だったらあなたもやったでしょ」と私をからかう。少し彼女のことが読めた気がした。彼女は「しっかり立っていてね」と注意を促す。彼女と私の背後に無限に続いているように見える輪郭だけの板が動いた。私と彼女のちょうど真ん中で板が離れ、距離を広げていく。
「目を閉じて、すぐに開いて」
息を呑んだ。とてつもなく巨大で、果てしなく美しい、光の渦。海にできる渦潮をどこまでも大きくして、宇宙に散りばめられた無数の恒星を混ぜ込んだような、銀河系を傍観したらこんなに神秘的な光景が見られるのだろうか、どこまでもただ圧倒されてしまう。
「見て」
彼女が指差した先でネオン色の数式が光の尾を付けて渦の流れに乗っていた。見覚えがある。初老の男性が女の子に説明していた無限演算式の一部だ。上層部の弧に沿って少しずつ加速しながら最下部中心に向かっていく。捉えきれなくなるまでそれを見送り、彼女に視線を戻した。彼女もまた目を細め、無限に深い渦の中心に視線を向けていた。渦に吸い込まれる超粒度の光の一つに焦点を合わせ、それらが何であるのかを私は感じ取った。彼女は言葉なくそれを肯定した。
「心の準備ができたら……もうできてるよね。うん、分かってる」
彼女は孤立して浮いた小さな板を私の方へ近付ける。そう言えば私の背後の板はまだどこかへ無限に伸びている。戻らないけれど。彼女は私の方へ飛び移り、私のすぐ横へ立った。手を握るのかと思ったら、「一応私はあなただから、何か妙じゃない?」と言ってみせる。決意をした彼女の視線表情は我ながら迫るものがあった。
彼女は足場から跳んだ。空中で両手を広げ、そのままレンズ型の光に変わった。一旦そのレンズへ飛び込めということだ。足元には特大の光の渦。レンズに乗ったら穴が開いて落ちるのだろうか、渦の中心へ。私が用意したのだから答えは否。レンズは跳び乗った瞬間に私を包み理想的な加速装置となる。
光の渦の中心を目がけて超粒度の光の中を緩やかに回転しながら一気に突き進んだ。