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私にとってのハッピーエンドは  作者: 神崎 今宵
9/13

リコリス・クレールスの存在価値①



――その悪女の首を落とせ!!



「っ!!」




馬車に揺られ微睡んでいたリコリスは遠い未来に起こる自身の死の瞬間――悪夢を見て、飛び起きる。

周りを見渡し、自身の首と胴がつながっていることを確認し安堵したリコリスは、馬車の窓を見た。長い間眠っていたようで、馬車はいつの間にか隣国の王都に入っていた。先ほど見た夢の風景が頭をかすめ、リコリスは震える自身の体を抱きしめる。





「大丈夫、」




言い聞かせるようにつぶやいた言葉は、きっと自分のためだった。

記憶を思い出してから3か月。フェリシアと対面してからある程度の冷静さを取り戻したリコリスは、愛するあの人のことだけではなくいくつかのことを覚えていないことに気が付いた。

幼馴染であった4人は名前こそ憶えているがフェリシアに会うまで顔すら思い出せなかったし、未来のリコリスを死へと導いた婚約者とその恋人なんて顔も名前すらも覚えていなかった。

だからこそ、最期のあの言葉が深く印象に残っているのだろう。




「…私の、婚約者…」




リコリス・クレールスは、両国の王族の血を引く。

現ローズ王国国王を兄に持ち、後継者のいなかった祖母の生家であるクレールス公爵家に養子に入り公爵家を継いだ父と、隣国の国王が父であり第一王女である母のもとに生まれたリコリスは、生まれさえ見れば両国の中でも高位の地位を持つ。

それぞれの国の王族の証であるともいえる銀髪と赤い瞳を持ち容姿にも優れ、両国の王位継承権を保有するリコリス。

不要な争いを避けるため、おそらくリコリスは決められた婿を取るはずだった、と思う。だけれど、自身の独断でリコリスを処刑にまで持ち込めるほどの権力を保有していた貴族が婚約者だったと考えると、自ずと候補は絞れる。婚約者候補に挙がっているいまだ顔を思い出せない二人は、公爵家に当たるリコリスを処刑する権限は持てない。だから、自身の従姉妹に当たる両国の王子のうち誰かがリコリスの婚約者だった可能性が高い。

ただ、未来のリコリスが隣国で処刑されたことを考えると、自国ローズ王国の王子――フェリシア殿下ではなく、こちらの国のエレリック王子かクリストフ王子だと思う。

考えたくもないことがぐるぐると脳内を駆け巡りリコリスがため息をついたところで、侍女から隣国の王城についたことを告げられた。













――その悪女の首を落とせ!!

そう響いた声により、自身の従姉妹でもあり婚約者でもあった彼女の上に吊るされていた刃の鎖が取れ、彼女の首へと落ちていく。

それを見た俺は、満足そうに隣で笑う少女の頭をなでるのだ。なんとも言えない気持ちをもって、少女を抱きしめる――婚約者の遺体なんて目に入れず、体の自由が利かず言葉を紡ぐ俺にひどく恐怖を覚えた。




「いよいよリースが来るね」



にっこりとほほ笑む祖父――国王陛下に俺たち兄弟は、従姉妹である隣国ローズ王国クレールス公爵家令嬢であるリコリスの到着を待っていた。

リコリスの母君はこの国の第一王女であり、隣国に嫁いだことから1年に数回しか顔を見ることのできない孫であるリコリスを、祖父はひどく溺愛していた。



「今度は何をしてやるか」


「リースにお勧めの本があるので紹介したいです」



笑顔を見せる兄弟を見て、俺も笑みを作る。

――本当は、リコリスに会うのが怖い。

俺は夢でリコリスの首を落とせと叫んだ。あれは本当に夢だったのかと思うほど現実味を帯びていた。抱きしめた隣にいた少女の感触と香り、耳障りな音、真っ赤な液体で染まるリコリスと、鉄の匂い。

もしあれが夢でなく――そう、未来のことだったら。俺は、どうして大切なリコリスを殺してしまったのだろか。夢はそこまで教えてくれず、ただ俺がリコリスを殺すように仕向けたことしかわからなかった。


リコリスの乗った馬車が目の前で止まり、従僕の手を借りてリコリスは馬車からゆっくりとおり――そして、俺たちを視界に入れると赤い瞳を丸くさせた。




「国王陛下…それに、エレリック殿下とクリストフ殿下も」


「お帰り、リース。変わりはないかい?」




祖父の穏やかな声が響く。

――赤い瞳を持つ王族は特別だ。父親の言葉を思い出す。祖父もまた、リコリスと同じ瞳の色をしている。深い赤の瞳は、それだけこのムゲット王国の王族の血が強いということを意味する。

自分や兄弟、そして王太子である父親も赤色ではなくオレンジに近い瞳を持っている。どうして赤色じゃないの、と喚く女性の声が頭に響く。――赤じゃなかったら。王族の血が薄かったら、俺に意味は――そう考えたところで隣にいた兄弟の手を握る。



「顔色が優れないようですが、大丈夫、ですか?


「…大丈夫だ。リースに挨拶に行こうか」



わずかに兄弟も手が震えていることに気が付いたが、俺は何も気にしないかのようにふるまいつつ――リコリスの前へ立つ。

赤い、夕焼けよりも赤い――あの夢で視た血の色をした瞳がこちらを見る。




「エレリック様、クリストフ様――お久しぶりですわ」


「ああ、久しぶり」


「リース、お帰りなさい」




少しだけ強張った笑みを見せたリコリスは、それでも息をのむような美しいカーテシーを俺たちに披露した。



「疲れているだろう。部屋を用意したから休みなさい」


「ありがとうございます、国王陛下」


「私的な場だ。おじいさま、と呼んでくれてもいいんだよ」


「まあ…おじいさま、わざわざ私の為にありがとうございます」


「エレリック、クリストフ。私はリースを案内してくるよ」




久しぶりの孫に浮かれた祖父はそのままリコリスの手を取って王城へ進んでいく。

いつでも会える孫とたまにしか会えない――それも数年前に亡くなられた溺愛していたという王妃の血を引く孫だ、毎回俺たち兄弟を置いて王城を案内してしまう為今回もこうなるだろうと思っていたから特に驚きはない。

リコリスがいなくなったことに、そして彼女が今生きているということに安堵してか自然とため息が出た。あれはただの夢で、リコリスはちゃんと生きている。俺は、彼女を殺せと命令なんてしていない。




「兄弟」




いまだつながれていた手を引っ張られ、俺は兄弟のほうを向く――俺と同じオレンジ色をしていたはずの目は、なぜかリコリスと同じような血の色をしていた。




「今度は渡さない」




その言葉の意味を、俺は理解できなかった。


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