表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私にとってのハッピーエンドは  作者: 神崎 今宵
7/13

彼女は策略をめぐらす



お嬢様に言われた願い――残酷な命令を胸に、ユーリは王都3番街65番地に向かっていた。

外套を深くかぶり、万が一誰かに目撃されても足が付かないようファトソン侯爵家や実家である男爵家の家紋が入ったものをすべておいてきた。

――葬る。人を、殺す。殺人は重罪である。それでも、ユーリはメアリーの命令を実行しなければならない。そうしなければ病と闘う母親も、そしてユーリ自身にも未来がない。




「神よ…お許しください」



今自分は、自分の為に見知らぬ少女を殺すのだ。

隠し持ったナイフを握りしめ、ついにユーリは65番地にたどり着き――そこに、日の光が金色の髪に反射し輝いている少女を見つけた。

あまりにも神々しいその姿にユーリは驚き、大きく足音を立ててしまい後ろを向いていた少女は物音により、人の来訪に気が付いたのかゆっくりとこちらを向く。




「あな、たは、」




美しい金色の髪に――夕日のような、燃える炎の赤い目――その少女は、この国の王族の特徴とも言える、赤い瞳を持っていた。




「…?お兄さん、だあれ?」




赤い瞳の少女は、大きな目を瞬かせてユーリを見た。

王族がこんな場所にいるわけない。赤い瞳は王族の証ともいわれる色だが、王族じゃなくても稀に赤目を持つ子が生まれることがある。何より、姫が生まれていたななんて一度も聞いたことがない。だから、彼女はただ赤い瞳を持った平民のはずだ、とユーリは心を落ち着かせようとした。

しかし、メアリーがただの平民を葬るよういうだろうか――そして、どうしてメアリーはアンリ・リリーヌを知ったのか、ユーリには検討が付かなかった。

メアリーはファトソン侯爵家の中で蝶よ花よと育てられ、まだ一度も外に出たことなどないはずなのに。













目の前で立ったまま微動だにしない人物に、今はアンリ・リリーヌと呼ばれている少女は年相応の無邪気な笑みを浮かべる。

アンリ・リリーヌは、ある日まで普通の平民の少女だった。そんな彼女がある日――アンリではない誰かが辿った未来ともいえる記憶と、この世界とは違う世界で生きていた記憶を思い出したのは、アンリではない誰かが深く愛した人の誕生日だった。

突如思い出した記憶に脳のキャパシティを超えたアンリはその日から2週間近く寝込み記憶を整理し、そしてひどく憤慨した。アンリでない誰かが、もし前世の記憶を保持していたら――あの人を助けられたのに、と。

でも、あの人を前のアンリは助けられなかったけれど、前世の記憶――ここが恋愛ゲームに非常によく似た世界で、あの人を救える最善手をアンリが保持しているという幸運に、アンリは心の底から感謝した。まるで神があの人を救えと言っているようで、アンリはその日から血反吐を吐くほどの努力をし魔法を、剣術を、体術を身に着けた。





(ユーリ・アドバーリ…あのファトソン侯爵家の子飼いか)




身に着けた魔法で、3番街中の情報をリアルタイムで取得しているアンリは、すぐにユーリが自身の家にまっすぐと向かっているのに気が付いた。

前世の記憶にあるユーリ・アドバーリ――恋愛ゲーム「ナイトメア」の悪役令嬢的ポジションであったメアリー・ファトソン侯爵令嬢の手先だと警戒していたアンリだったが、今のユーリを見て笑みをこぼした。

舞台となる学園に入学するのは10年以上先――つまり、今のユーリは「ナイトメア」に出てきたユーリより性能が劣るのだ。体つきも少年の域を出ない今のユーリではアンリにかなわない。そう判断したアンリは、ユーリにばれないように目視できないほど細い糸をユーリの体に巻き付けていく。





「君はアンリ、リリーヌ、なのか?」




混乱しているのか震える声でユーリが問う。

――魔法で見せている真っ赤な目を細め、アンリは今まで浮かべていた子供のように無邪気な笑みを辞めた。





「ええ、初めましてユーリ・アドバーリさん」


「っ?!」




ユーリが反応するより早く、アンリは魔法の糸をわざとユーリに目視させ、そして素早く周りの木々に絡みつけユーリの体を宙へと浮かせた。

そして自分の言ったことを信用させやすくするため軽く魅了魔法をユーリにかける。

「ナイトメア」に出てくるユーリはとても頭の切れる男だった。だからこそ、不意打ちを狙ってこの国の王族の証である赤い目に見える魔法をかけわざと年相応のふるまいを見せたのだ。すべては、アンリが警戒に値しない、けれども簡単に殺すことの出来ない少女だと演じるために。

「頭の切れる人は、意外と不意打ちに弱いんだよねぇ」そういって笑った彼は、あの人に腹黒だと言われていたっけと、ぼんやりとアンリは自分じゃないアンリの生きた世界で聞いた言葉を思い出した。




「メアリー・ファトソン侯爵令嬢に、あたしを殺すように言われてきたのかしら?」




突然の、それも平民は使えない人が多い魔法をいきなり展開したこと、そしてメアリーの命令をアンリが言い当てたことに頭が付いてこないユーリはいまだ状況が判断できていないようでアンリを困惑した瞳で見つめる。

頭の切れる人を相手にする場合は不意打ちを狙うこと、そしてそのまま自分が主導権を握って話すこと――頭の中で彼になりきってアンリは話す。



「なん、で、」



その回答にユーリがアンリのペースに完全に飲まれたことを確信させ、アンリは口角を上げる。

例え主人がどのような人物であっても、命令を他人に悟られるようじゃ二流もいいことだ。10年後のユーリだったら顔色一つ変えず舌を噛み切って自害していただろう。

魔法の糸を動かし、ユーリの懐にあったナイフを手に取り――殺されると顔を青ざめたユーリをよそに、アンリは腰まであった髪をナイフで切り裂いた。



「ねえ、ユーリ・アドバーリ。あたしと取引しましょう」



持っていたリボンで切り裂いた髪を一つにまとめ、魔法で自分の家の前にあらかじめ用意していた動物の血液をぶちまけ、洋服の一部を切り捨てる。

アンリの急な行動にユーリはますます混乱したのか返答はない。けれど、話の主導権を握っているのがアンリである以上、ユーリはこの交渉を飲まなければいけない。

一つ、彼は今アンリに命を握られているということ。

二つ、彼は人を殺すことに躊躇していること。

三つ、赤い目の――王族のあかしを持つ少女の正体に気が付けなかったこと。

ユーリがアンリを出合頭に殺害しなかった時点で、ユーリはアンリの交渉を飲むしかないのだ。



「とり、ひき、?」


「一つ。この髪をもって、メアリー・ファトソン侯爵令嬢にアンリ・リリーヌは死んだと伝えること」



ユーリの前に切ってまとめた髪を投げ捨てる。

アンリが家の前に動物の血液を巻き自分の衣服を切り裂いたのは、死体がなくても自分が死んだと思わせるためだ。致死量の血液、そして何者かに切り裂かれた衣服――そこからアンリが誰かに襲われたと判断するのは、当然の心理だろう。

そしてユーリが血の付いたリボンでまとめられたアンリの髪を見て、死体を始末したといえばきっとメアリーは満足に確認しないままユーリの言葉を信じるだろう。

アンリはしばらく身を隠すつもりであったし家の前がこのような状況でアンリの姿が見えないとなると、誰もがアンリは無事ではないと思うだろう。



「二つ。あなたが今ここで見たこと聞いたこと、誰にも言わないこと。

三つ。――メアリー・ファトソンの情報を私に流すこと。もし無理だというなら、今ここで貴方を殺すわ」




魔法でできた通翡翠の腕輪をユーリの右手にはめる。

裏切られた場合にアンリのことがばれないよう――ひっそりと忘却の魔法もかけておく。この腕輪はアンリが持つピアスと通信ができる優れものである。これでどんなに離れたとこにいてもアンリはユーリの様子が、その近くにいるメリーの情報が手に入る。

だから別にユーリがうなずかなくても、忘却魔法をかけて追い返せばそれでいいのだが――計画のためにも、アンリはユーリを自軍に引き入れる必要があった。

何故なら彼は、「ナイトメア」の追加された攻略対象者であるから。




「メアリー・ファトソンを裏切るか、ここで殺されるか――さあ、どうする?」





大きく目を揺らし小さくうなづいたユーリに、アンリは自身の瞳の色を本来のものに戻し笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ