彼は、許さない
※短いです。
リコリス・クレールスは、僕にとって大切な女の子だった。妹のような、親友のようなかけがえのない存在だった。
「私と、隣国の王太子との、婚約が決まりました」
そんなリコリスへの思いが恋心だと自覚したその日、僕の恋は一生誰にも言えないものになってしまった。
最近、隣国との関係が悪化しているのは知っていた。国王である父上もひどく頭を悩ませていたから。戦争になったら罪のない国民の血が流れる。それはどうしても避けたいことだった。
だから、手っ取り早く絆を強化するのに何がいちばん効果的であるのかも、ずっと前から気が付いていたのに、僕はわからないふりをした。
「お優しい、方です。母方の従兄弟ですし…きっと、私を幸せにしてくれますわ」
両国の王族の血を引く娘。
きっとそれは自分より政治的に意味のある存在であろう。だから彼女は淡々と、何事もないように僕に告げるのだ。
「お、めでとう、」
やっと絞り出せた言葉は気持ちとは全然違う言葉だった。
ありがとうございます、とリコリスは笑う。
隣国の王太子とは何度もあったことがある。人となりはよく知っていた。だから彼女を不幸にすることはないとわかっていたが――それでも、彼女を奪われるというどす黒い感情が消えなかった。
笑わなければいけない。この国の王位後継者として、自分はこの婚約を祝福しなければいけない。両国の関係のためにも、この婚約は絶対に覆らないものである。
「――幸せに、してもらってね、リース」
だからこそ、無理やり笑みを作った――リコリスの恋心を知りながら、自分の恋心とともに蓋をした。
リコリスの婚約者のことはよく知っていた。彼女の従兄弟でもあるから仲良くしてもらっていた。
きっと彼女を幸せにしてくれると思った。だから――僕たちは恋心に蓋をしたのだ。
なのに、あの男は。
「幸せになって」
リコリスの胴と首が離れたその時――目に映った彼女の最期の顔は、笑っていた。
幸せになってなんて、君がいないと無理なのに。
リコリスの頭を抱きしめ、獣のような怒号を上げる幼馴染達を見ながら僕はただひたすらに彼女の婚約者だった男を見ていた。
あの男は、そんな僕たちすら視界に入れずリコリスを処す原因となった女と寄り添い笑っていたのだ。
「どう、して」
僕たちは、国のため、平和の為に恋心に蓋をした。それは、あの男も理解していたはずだった。
なのにあの男は――自身の欲を優先し、リコリスを嵌めた。
「殺す必要なんて、ない、じゃ、ないか」
この国の王族は妻を2人までなら持っていいことになっている。
だから、リコリスを正妃にして、その女を第二婦人にすればいい。優しいリコリスのことだから、きっと許してくれたはずだ。
なのに、
「やっと邪魔な女がいなくなった。―――、俺と結婚してくれ」
「―――様っ…!もちろんですわっ!」
「ずっと―――だけを愛し、幸せにする!」
――ああ、目の前で繰り広げられるこれの、なんとくだらないことか。
幼馴染たちは気が付かない。リコリスの死が、こんな茶番じみた告白のためだけにもたらされたことに。
僕は気が付けなかった。リコリスが、最期まで何を守ろうとしていたのかも。
僕は、僕たちは――リコリスの死によって自分たちが彼女に守られていたとやっと自覚したことに、きっと一生許せないだろう。