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私にとってのハッピーエンドは  作者: 神崎 今宵
4/13

彼は、彼女はそれを望む





ゆっくりと意識を覚醒し、起き上がる。

最後の記憶にある自分の手よりもかなり小さい自身の手を見つめ、あの魔法が成功したことを悟った。

遊び疲れて隣で寝ていた幼馴染を起こさないようにゆっくりとベッドから起き上がり、窓の外を見る。

――燃えるような夕日は、リコリスの瞳を思い出させる。リコリス。僕の、最愛の人。結ばれるはずだった、運命の人。






「――必ず迎えに行く、」




自身に言い聞かせるようにその言葉を吐く。

例え彼女が変わることなく破滅の道を進んだとしても。今度こそは、必ず。



















―――がしゃん、とガラスが割れる音とともに鈍器で頭を殴られたような感覚を受け、メアリー・ファトソンはその場に蹲った。

お嬢様、と焦る使用人の声をよそに、流れ込んでくる映像とともに送られる激痛に耐えながらメアリーは思い出す。




「ここ―――恋愛ゲームの、世界ですわ…」




恋愛ゲーム。

タイトルすらも思い出せない、前世にプレイしたそのゲームの情報がメアリーの頭を駆け回る。

15歳、平民の少女が国唯一の王立学園に入学し、そこから攻略対象といわれる身分の高い生徒とともに愛を育てていく、どこにでもあるようなありふれた設定のゲームだった。

ただ、前世のメアリーがこのゲームにはまっていたのは他の理由がある。

なんとその恋愛ゲームは最初こそプレイヤーが動かせるのはヒロインである平民の少女なのだが、メインストーリーを終えていくつかある条件を満たすと、プレイヤーが今まで結ばれてきた攻略対象者を主人公としてプレイすることができるという仕様だった。

攻略対象者は一番最初にプレイする平民の少女を入れて10人――女性向けだったため男性キャラのほうが多かったが男女含み10人である。

メアリーがこのゲームを恋愛ゲームと呼んだのは、初回以降の攻略では主人公を変えて自分と同じ性の攻略対象者とも恋愛をすることができるからだ。ネット上では男性同士、女性同士の恋愛でも盛り上がっていた。




「メアリー、ファトソン、」




平民の少女を主人公としてプレイするときに出てくる、ライバルキャラの名前だ。

メアリーはメインストーリーとも言える王太子との攻略に出てくる王太子の婚約者候補でありライバルキャラ——悪役令嬢ともいえる存在だった。

主人公の恋愛をあの手この手で邪魔をするけれど、王太子と結ばれることもない咬ませ犬。そして、二回目以降から解禁される攻略対象者だ。




「これは…ラノベでよくある、転生ですの…?」



痛む頭を押さえ、周りで自身を心配してくれている使用人たちには聞こえないようにつぶやく。

第二王子、クリストフ殿下。

隣国の王太子フェリシア殿下。

アガート公爵家次男アレックス。

隣国アーガス伯爵家三男ギルバート。

最初のヒロインであるアイリ。

学園の保険医を務める性別不詳のレイ。

王族騎士団団長、アーサー。

次期魔法省の長、ベアトリーチェ。

ファトソン侯爵家長子である私、メアリー。

そして全員をプレイすることによって解放される隠しキャラ、第一王子のエレリック殿下。

流れ出てくる映像を見て、メアリーは自身に言い聞かせる。今まで生きていたこの世界と、あの恋愛ゲームは別物だ――何より前世によく読んだ悪役令嬢ざまぁもので前世を思い出した乙女ゲームのヒロインは現実をゲーム感覚で過ごしていたため痛い目を見ていたのだ。だからこそ、メアリーはちゃんとこの世界が現実であると自身に言い聞かせる。

これが、メアリーが幸せになるための物語であるとは限らない。ゲームの世界に来たと浮かれて痛い目にあう可能性だってあるのだ。だからここは冷静に、自分が幸せになるように動かなければいけない。

ふと思い出すのはよく覚えてはいないけれど、決して幸せとは言えないまま終わった前世だった。





「ねえ、ユーリ」




突然蹲ったメアリーを心配していた従僕に、メアリーは心を落ち着かせてからにっこりと笑って声をかける。

先ほどまでの不調を感じさせない主人の姿に、ユーリと呼ばれた従僕は混乱したようにメアリーを見る。




「お嬢様、体調は…」


「今はそんなことどうでもいいの。ねえ、私ね、貴方にお願いがあるの」


「願い、ですか…?」




メアリーの従僕のユーリは、あのゲームでもメアリーの手足として動いていた。だからメアリーは、ユーリが絶対に自分を裏切らないと確信している。ゲーム内でメアリーがユーリをの弱点を握っていたのだ。その弱点がある限り、ユーリは絶対にメアリーを裏切らない。だから、それを使ってこの世界でもユーリを自分の下僕としてしまえばいいのだ。

自分の手はなるべく汚さず周りを使う。まるで悪役だなと思ったけれど、これも自分が幸せになるために必要なことなのだ。



「そう。貴女にしか頼めないの、ユーリ」




こちらに近づこうとしていたほかの使用人たちを目で制し、メアリーはユーリの耳元へと顔を近づける。

10歳ほど年上のユーリは蹲ったメアリーを心配してしゃがんでいたため、メアリーは難なく彼の耳元でつぶやける。

――メアリーは前世で、転生物の小説を読んで、ずっと思っていたことがある。




「王都3番街65番地。そこに住んでる平民のアンリ・リリーヌという4歳の少女を——明日までに葬ってきて」






どうして、前世でよく読んだ物語の転生した主人公たちはヒロインを最初から退場させなかったのかって。だってそうでしょう?物語の強制力なんてものが働いて、今まで頑張って築いたものが壊れるくらいなら、最初からヒロインなんて登場させなければいい。

幸いメアリーはまだ4歳で、物語が始まるまであと10年近くも時間がある。これから婚約者候補となる第二王子クリストフはゆっくりと骨抜きにしてしまえばいいとしても、起こる可能性のある不幸は最初から取り除いておくべきだ。

たしかにあのゲームの中で、メアリーはクリストフの寵愛を受けていたヒロインに対して取り返しのつかないことをし、退場となった。でも、今なら?であってもいない今、メアリーがヒロインを害しても、クリストフや他の攻略対象者たちはきっと何も思わないのだ。だって相手は平民で、自分たちとは住む世界が違うのだから。だから、ヒロインに退場してもらっても何も問題はないはずだ。

笑顔で告げた言葉の意味を理解したユーリが、ひゅっ、と息をのむ音が聞こえた。




「お嬢様、それ、は」


「私、知ってるのよ。貴女が、お母様の宝石を盗んだこと」


「っ、?!」


「お母様お怒りで…最悪、男爵家如き侯爵家の力で没落になるかもしれませんわねぇ?」




みるみると青ざめていくユーリを見て、メアリーは確信する。

彼は確実にヒロインを葬ってくるだろう。彼はご病気の母親の治療費のために、お母様の宝石を盗んでしまったのだ。飽き性であるお母様の宝石だからばれないと思ったのか。まあ事実、お母様は盗まれたことに気が付いていない。だけど、メアリーはユーリが宝石を盗むところを見ていて、ゲーム内ではそれを盾に彼を脅していた。

可哀そうに。まだ15歳の彼は、母親を想うあまり使われていない侯爵夫人の宝石を盗んでしまい、それをメアリーに利用されるのだ。

ユーリは大金が必要なのだ。ファトソン侯爵家の安くない賃金でも足りないほど、母親の治療費は高額である。ここでファトソン家から暇を出され、さらに実家をつぶされてしまえば、彼の母親は、そして彼自身も野垂れ死ぬしかない。

だから、彼は。





「わ、かり、まし…た…」




青い顔でユーリはうなずく。

目には薄い膜を張っていたが、遠巻きでこちらを見ている使用人たちがいる手前、ユーリは涙を流さなかった。ただ自分の腕を強くつかみ、何かに耐えるようにメアリーから視線をそらしうつむいた。

そんな姿を見てゲームに出てきたユーリは常に無表情だったなとメアリーは一瞬考えたか、すぐに忘れてしまった。





「お願いねユーリ――うまくできたら、ご褒美を差し上げますわ」




にっこりと、花が咲くような笑みをメアリーは浮かべる。

頭の中で、父親にねだって早急に第二王子の婚約者にしてもらう手はずを思い浮かべながら。

クリストフを主人公にした自身のルートのバッドエンドで。ユーリがメアリーを殺すという事実を忘れながら、メアリーは幸せになるはずの自分の未来を思い描き笑みを深めた。

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