リコリス・クレールスは理解できない②
時が戻っていると気が付いたあの後、いつもと様子の違う私を心配した両親によってなかなか一人にできなかったリコリスは寝る前にやっと解放され、一人深いため息をついた。
「…時を戻す…あの、本の、魔法、よね」
一人になって思い出すのは、昔――といっても今は未来のことだが――読んだ禁術がまとめられた魔法の本。
時を戻すなんて夢のような話だ。なおかつあの本を読んだのは、母が天に召されてから間もない時だったためリコリスはあの魔法を実行しようとして――そして辞めた。
禁術には禁術と言われる所以があるのだ。時を戻す魔法には多大なる代価が必要だった。
「ええと、確か…質のいい5属性特性を持つ魔石を200個。死者の国に咲く花を6輪と、天から降る光の花を6輪。エルフの目20個に、人魚の鱗50人分、ドワーフの手足10人分…竜の牙が500…そして人間族の魂…そんなもの、誰が用意したというの」
お伽噺に出てくるものや、他種族の命にかかわるようなものもあるというのに、誰が用意し術を行ったのか、リコリスには思いつけなかった。
いや、正確には思いついた。あの日、リコリスと一緒に本を読んだ人物。それがおそらく術を使ったのだと思う。が、
「ありえない話だわ」
あの日あの本を見つけて一緒に読んだ人物は複数いる。
母方の従妹であり、隣国の第一王子、エレリック様。
父方の従兄弟であり、我が国の第一王子フェリシア様。
私の婚約者候補であった親戚のギルバートにアレックス。。
その4人とともに私はあの本を読んだ。そして5人で約束した。あの本を見つけたことを秘密にして、破棄しようと。
「王族として、民を犠牲にするような魔法は使ってはいけないよ、」
そう私を諭したのは、エレリック様だったかフェリシア様だったか。
よく覚えていないけれど、あの二人ではないだろう。いくら従姉妹といえど、彼らは私欲で国民を犠牲にする魔法など使わないはずだ。
アレックスは私のことを酷く恨んでいるはずだから私の為に使うことなどないだろうし、ギルバートはそもそも魔法が使えないはずだ。
「…いったい、誰だというのよ…」
誰も、あの魔法を使う人などいなかったはずだ。
第一あの魔法が使われたとして、対価のものをすべてそろえたとして――どうして4歳のはずのリコリスが、自分の最期のことを覚えているのだろう。
過去に戻すのだ、術者以外の記憶など残らないはずなのに。
「まさか、私が術を使ったの…!?」
あの時。
あの最後に、私が術を発動させていたとしたら。私が今こうして私の最期を覚えていることも納得できる。
でも、リコリスは過去に戻りたいと思っていただろうか。たしかに嘆いてはいた。後悔していた。でも仕方ないことだと受け入れてあのまま死ぬつもりだったのだ。
そして何よりリコリスはほかの対価をそろえていない。術が発動するはずがない。
「…私が使った、のではなく、私の命と引き換えに誰かが術を発動させた、とか、?」
リコリスが故意的に発動したものではなく、リコリスを対価に誰かが術を発動させた。
対価となったため、リコリスは記憶を持ったまま過去の戻った――だとしたら、あの場にいた誰かが術を使ったということだろうか。
では、あの場に誰がいたのだろうか
「…思いだせない、わ」
――そう、考えて。リコリスはあることに気が付いた。あんなにも恋焦がれていたあの人の名前も顔すらも、思い出せないと。
よく考えればわかることだ。あの人が、あの場にいた誰よりもあの魔法を使う動機のある人間だった。
――愛している、君だけを。
熱のこもった瞳で見つめられた。
空のような綺麗な色の瞳を持つ人だった。
結ばれることのないと知っていた。それでも私の婚約者に対して不義な思いを受け止めて返してくれた。
何よりも大事だったあの人。
「…顔も、名前も、思い出せないなんて…」
空のような綺麗な色の瞳。
色すらもはっきりと思い出せないのに、そんなことばかり覚えている。
澄み渡る青色なのか、夕日の赤なのか、それとも夜空の色なのかそれすらもわからない。
あんなにも焦がれた人だったのに。